疑念と真実-6

 サカキに先導されて、ヒイラギは集落の中心、ご神体の元へ向かう。住人たちも、仕事の手を止めてぞろぞろとついて来ていた。

 シンとキズナは、少し遠くからそれを追う。途中で、アサヒとヨツユも合流した。


「キズナ様、あの方は……」

「わからない。少し様子を見るわ」


 囁きを交わす間に、彼らはご神体の前に出た。

 ヒイラギが何をするのか、シンたちは固唾を飲んで見守る。


 人々の中心に立った少女は、ご神体の前に立って目を閉じ、祈るように両手を胸の前で合わせて静かに佇んでいる。シンやキズナのように、舞を舞ったり、笛を吹いたりのような行為はしている様子はない。

 そして、ご神体に向かって両腕を広げる。すると、その胸から青白い光の玉が現れ、社に向かってふわりと放たれた。


 それが社の中に吸い込まれた瞬間、空気が一瞬重くなったような、嫌な感じを受けた。何かに絡め取られるような、奇妙な感覚。だが、それもほんの一瞬のことで、正体を掴もうとしても霧散して、何事もなかったようになっていた。キズナもそれを感じたのか、眉根を寄せている。

 周りの住人たちには、特に異変は見られない。あの光も、奇妙な感覚も、シンたちにだけ感じられたものだったのだろうか。


「なあ、あれ……何やってるんだ? 浄化の儀式か?」


 キズナは顎に手を当てて、じっと考え込んでいる。


「違う……。あれは、足玉たるたまの力だわ。だけど、本体はここにはない」


 古の神がこの地に残したとされる、四つの勾玉。キズナの話によると、勾玉には、それぞれ異なる力があるらしい。


 今手元にある道返玉ちがえしのたまは、魂を在るべき場所に引き戻し、道を切り開く力がある。それと、生きる活力を与える生玉いくたまに、死者を蘇らせる死返玉まかるがえしのたま。そして、目の前で力を発揮しているのは、五体満足の状態を与え、肉体を安定させる力を持つ足玉。


「あの器は魂がないけれど、足玉の力が満ちている。それで、無理矢理動いているんだわ。そして、あの器から足玉の力を分け与えられたご神体の地神も、この地に縫い留められた……?」


 キズナが一人ごちる間に、ヒイラギは人々に礼をして、微笑みを湛えながら口を開く。


「これにて、此度もこの地にしばしの安寧が約束されました。これも全て、天ツ原におわす、至上の神のお力によるもの。さあ、天ツ原の神に、感謝の祈りを」


 ヒイラギは、歌うように高らかに宣言する。住人たちは両手を胸の前に合わせて、静かに目を閉じた。


 それを聞いていたキズナは、シンが止める間もなく、すっと人垣をかき分けて彼女の前に立つ。


「ヒイラギ、少しいいかしら」


 キズナは挑むように彼女の前に立った。しかし、ヒイラギは微笑みを浮かべたまま、ちょこんと首を傾げただけだった。その動作は、儚げで愛らしい。しかし、どこか紛い物めいているようにも見えた。その証拠に、彼女の瞳は、キズナを捉えていない。焦点の合わない目をしていた。


「いくら巫のお仲間といえど、ヒイラギ様に無礼を働くことは許しませんぞ」


 彼女に射抜くような視線をぶつけていたキズナは、周囲の住人たちに引きはがされてしまった。

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