疑念と真実-5

 異変を感じたのは、その二日ほど後の、昼過ぎのことだった。

 遠くから、家屋の修繕を手伝っていたシンは、何かが近付いてくるのを感じた。

 シンは手を止めて空を仰ぎ、その気配を手繰ろうと意識を集中する。これは、勾玉同士が呼び合う気配だ。

 しかし、どういうことだろう。その気配が、少しずつ近付いてくるのだ。


「あんたも気付いた?」


 いつの間にか、キズナが傍らに立っていた。


「ああ。勾玉……だよな?」

「そのはずだけど……だとしたら、誰かが運んでいる?」


 二人が訝るうちに、その気配は集落の西側の入り口――シンたちが入ってきた方とは逆側の入り口に、姿を現した。


 それは、キズナと同じように、白い着物に緋色の袴を身に着けた少女だった。キズナよりいくらか年上だろうか、落ち着いた雰囲気を纏っている。陶器のような白い肌に、すっきりと整った鼻梁、切れ長の茶色の瞳。長い漆黒の髪は、束ねずに風になびくに任せていた。


「ヒイラギ様!」

「ようこそ、おいでくださいました!」


 住人たちもそれに気付き、手を止めて駆け寄っていく。件の巫は、優しげな微笑みを浮かべて、彼らに応じていた。その姿は、キズナの作り物じみた笑顔と違って、慈愛に溢れているように見えた。


「……あんた、今何か失礼なこと考えたでしょ?」


 キズナがシンを横目でじろりと睨む。


「べ、別に……。っつーかさ、お前、最初ほど猫被ってねえよな。どうしたんだよ」


 思い返してみれば、シンと出会ってから最初に立ち寄った集落では、シンに対するそれと態度が違いすぎた。しかし、レキと出会ったからは、彼に対してはどこか距離があるものの、あからさまにシンに対する態度との違いは感じられない。

 シンがふと思いついて揶揄するように言うと、キズナは決まり悪そうに口元を歪めて、目を逸らす。


「あれはっ……人々の前では、理想的な巫として振舞わないといけないから、そうしていただけで……。普段からあんたの前で態度を繕っても、仕方ないでしょう。その、悪かったわよ……」


 つまり、あの時はそうする他なかったというだけで、外では素の彼女が出ている、ということらしい。その口ぶりからすると、シンにずっときつい態度を取っていたことも、少しは反省しているようだ。


「ま、別にいいけどさ」


 シンは軽い調子で言って、目の前で繰り広げられている光景に意識を戻す。

 件の巫は、サカキを中心とする住人たちに囲まれながら、ご神体の方へ向かうようだった。キズナの見立てでは、ここの結界はきちんと作用しているものの、その在り方を歪められているような、奇妙な違和感があったという。

 キズナは目を眇めて、じっと彼女に視線を注いでいる。やがて、何かに気付いたように目を見開いた。


「あれは……魂の入っていない人形だわ……」

「何だよ、それ」


 あのヒイラギという巫は、キズナの知り合いではないのか。相変わらず、彼女は多くを語ろうとしない。


「それにこれは、足玉たるたまの力……? 魂のない器を無理に動かして、誰が何をしようっていうの……?」

「あのさ……」


 ぶつぶつと一人で呟くキズナに、シンは苛立つ。

 これからも旅路を共にするのなら、もっと知っていることを話してくれてもいいのではないか。シンはキズナに協力するつもりでいるのに、これでは疑念ばかりが募ってしまう。


「あれは、魂の入っていない予備の器だわ。ヒイラギ本人じゃない。もう少し、様子を見ましょう。ちょっとこれは、わたしにもどうすればいいのかわからない……」


 キズナはぎりりと歯噛みして、件の巫を見据えていた。

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