疑念と真実-3

 やがて、彼らは山に囲まれた歩くことになった。周囲の山々の結界は既に消滅しているようで、生命の気配の感じられない、黒く枯れた木々に覆われている。足元は岩場が多くなり、足を取られないよう気を付けて歩かねばならなかった。

 周囲の地面からは、ところどころ蒸気が噴出している。そのせいか、気温は他の場所より高いようだった。


「まだ地熱の活動が盛んな場所なんてあったのね……」


 キズナは感慨深そうに呟く。


「なんだこりゃ?」


 シンは周囲をきょろきょろと見渡す。カイも物珍しそうに目を輝かせ、蒸気が吹き出す地面に近寄り、手を伸ばそうとする。キズナは後ろからその肩を掴んで引き留めた。


「危ないわよ。熱いから、火傷してしまうわ」


 言われたカイは、目をぱちくりとさせ、慌てて手を引っ込める。


「へえ、こいつは……まるで大地から怒りが湧き出してるみたいだなあ」


 レキが何気なく言ったその言葉に、シンはどきりとする。結界の外には死者の呪いが渦巻いているという話と繋がっているように思えてしまったのだ。まさか、レキがそのことを知っているはずはないと思うのだが。


「それは違うわ。これは、大地がまだ生きている証拠よ。罰当たりなことを言うもんじゃないわ」


 キズナは相変わらず、事あるごとに横目でレキを睨んでいる。アサヒとヨツユは基本的にキズナの肩を持つし、カイは子供なりに彼らの空気を察して、おどおどと怯えている。その度にシンも居心地が悪くなるので、勘弁してほしいところだった。


 だが、そうこうするうちに、少し先に集落の陰が見えてきた。


 谷間の一部に、平屋建ての家が何件か軒を連ねている。結界の内側に、青々と葉を茂らせた森を内包しているので、木材が豊富なのかもしれなかった。そして、木を切り出すにも家を建てるのにも人手がいるので、人口も他より多いのかもしれない。ここまで見てきた集落の中では、珍しいことだった。

 集落に足を踏み入れると、シンは何かこれまでと違う違和感を覚えた。生ぬるいものに包まれたような、少し嫌な感じ。


「なあ……」


 シンは小声でキズナにそれを伝えようとするが、


「あんたもわかる? この集落、何か妙だわ」


 やはり彼女もそれに気付いていたようだ。しかし、それが何かはわからない。

 そうするうち、そこここで立ち働いてきた住人たちが気付いて、一斉にこちらに目を向ける。


「おや、あなた方は……」


 髪に白いものが混じった小柄な女性が、不思議そうに声をかけてくる。キズナの白い着物と緋色の袴は、巫である証なのか、どこへ行ってもそれと判別され、歓迎されたのだが、これは今までにない反応だった。


「巫を務めております、キズナと申します。この地に清めの儀式をさせていただきたく、参じました」


 住人たちに向かって礼をするキズナだが、当の住人たちは困惑したように首を傾げて、何やら囁き合ったり、目配せを交わしたりしている。

 その空気にキズナたちも奇妙なものを感じ、眉をひそめた。巫であるキズナの他に、シンたち一見無関係そうな男が同行していることを、不審に思われたのだろうか。


「少々お待ちいただけますか」


 最初に話しかけてきた女性が、そう言い置いてどこかへ立ち去る。少しして、中肉中背の、年配の男を連れて戻ってきた。


「巫様でいらっしゃいますか。わたしはこの集落の代表というか、まとめ役のようなものをさせていただいております、サカキと申します」


 サカキと名乗った男は、両の手を擦り合わせながら、へこへこと頭を下げる。しかし、その態度は一見丁低姿勢だが、ちらちらとこちらをうかがう視線には「困ったものだ」という意思が感じられて、シンもキズナも訝しくに眉をひそめた。そして、その理由はすぐに明らかになる。


「清めの儀式をしてくださるということですが、そちらは間に合っているのです。定期的に天ツ原から巫様がおいでになって、清めの儀式をしてくださっていますので……」


 暗に、邪魔だから立ち去れといわれているようだった。

 しかし、気になるのは「天ツ原」という言葉だ。レキが言っていた、この世界のどこかにあるという、鬼の脅威や、飢えることに怯えずに暮らせるという場所。まさか、それが本当に存在するというのだろうか。

 キズナの瞳が、わずかに険を帯びる。


「……初めて聞きます。その、天ツ原とは?」


 初めて聞いたなどと嘘もいいところだが、話を聞き出しやすくするための演技だろうか。


「苦しみなく暮らせる、理想の都でございます。ここから少し先に行ったところにあると、巫様はおっしゃいました。そこへ至る道は、特に信仰心の篤い者の前にだけ開かれると。ですから我々は、日々巫様と、天ツ原におわす神に、祈りを捧げているのです」


「天ツ原におわす神に? では、この地の神への祈りは、どうされているのですか?」

「それはもう必要ありません。天ツ原の巫様が、全て解決してくださるとおっしゃいました。天ツ原に祈りを捧げれば、全ては救われるのだと」


 キズナは厳しい顔をして、サカキや周囲の住人たちの様子をうかがっている。

 一体どういうことだろうと、シンも考え込む。

 結界を維持するには、日々祈りを捧げ、弱まった力を儀式で定期的に浄化する必要があると、キズナは言っていた。だが、ここではその必要がないという。そんなことがあるのだろうか。


 しかし、会話はキズナに任せてシンたちは事の成り行きを見守っている。怪しまれて追い出されでもしたら敵わないので、ここまでの集落でも、会話の主導権はキズナに任せていた。レキも空気を読んで、余計な口を挟むことはない。


「……ともかく、一度この地のご神体を見せていただけますか。状態がどのようなものかは、わたしが判断いたします」


 キズナが言うと、サカキは困ったように眉を寄せていたが、やがて観念したように言う。


「わかりました。そうおっしゃるのであれば……ご案内します」

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