残されたもの-6
こんな場所に、一体何がいるというのだ。
若干の恐怖心と共に声のした方を見上げると、ゆらりと黒い影が立ち上がった。
鬼か。シンは顔を強張らせて身構えるが、キズナとユイは驚いているのは同じのようだが、警戒している様子はない。
『おう、そなた、まだ健在であったか。こいつは重畳』
ユイは、まるで失くしていた懐かしいものに再び出会ったような、喜びを満面に湛えた表情で笑った。神様のくせに、人懐っこいしよく笑うものだ。
シンが動けないでいるのをよそに、キズナとユイはその影の元に近付いていく。シンも束の間逡巡して、その後を追った。得体の知れないものに近付く恐怖と、一人で取り残される心細さ。どちらもご免被りたいところだが、二人があの影のようなものを警戒していないのを見て、ついていっても大丈夫だろうと思った。
それの前に立つと、キズナは恭しく膝をついた。
「
これまでとはまた態度が違う。だが、ユイは飄々と立っているし、シンはどう動けばいいのかわからず、キズナの後ろで足を止めた。
『……お前は巫か』
「はい。個体名はキズナでございます」
『ああ。その名には覚えがある』
岩陰にうずくまっていた影が、緩慢な動作で顔を上げた。黒い靄のように見えたそれは、よく見ると人の姿をしていた。というより、始めは輪郭がぼんやりしていたが、目を凝らすうちにだんだんと姿がはっきりしてきように思えた。
それは、小柄な少年の姿をしていた。肩の上で切り揃えられた、青味がかった黒髪が、白い頬にさらりとかかる。ユイと同じく狩衣姿だが、その色は濃い青をしていた。動きに合わせて、夜空に瞬く星のように黄金色の光がきらめく、不思議な色合いの衣だった。シンは星を見たことはなかったが、星空というのはもしかしたらこんな感じなのだろうかと思った。
切れ長の瞳は夜の闇のような濃紺で、鼻梁の通った美しい顔立ちをしているが、顔色は青白く、表情も気だるげで生気がなかった。
その少年は、キズナの傍らに立つユイに、ついと視線を移す。
『……そこにいるのは……』
『久しいのう。いや、こうして直接見えるのは初めてだったか』
ユイは相変わらず人好きのする笑みを浮かべているが、少年のほうは自嘲するように微かに笑う。
『今やわたしがここまで落ちぶれ、あなたが力を持っているとはな。皮肉なものだ』
『なに、この瘴気の中で己の存在を保ち続けたそなたの力も、大したものよ。わしにはきっと真似できなんだ』
彼らは瘴気に巻かれながら、穏やかな雰囲気で話している。旧交を温めているようにも見えた。
「なあ、あれ、何なんだよ」
話について行けないシンがキズナにそっと尋ねる。すると、キズナは目を剥いて唇の前に人差し指を立てて、「しーっ」と眉間に皺を寄せる。
「あのお方は月読命。夜を統べる月の神。最も神格の高い神の一柱よ。ぞんざいな口を利いていい相手じゃないわ」
そうか、神様は一人、二人ではなく「柱」と数えるのか、とシンは密かに得心したが、それが聞こえたのか、月読はこちらに水を向ける。
『そう堅苦しくせずともよい。もはやわたしは、神などと呼ばれるに相応しくないほど、力も衰えてしまった。こうして存在しているだけで、やっとなのだ』
そう語る月読は見るからに辛そうで、神様でも病気になったりするのだろうかと、シンは思った。
『お前、覚えがあると思えば、アオイの連れていた
「最期の願い……?」
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