残されたもの-5
「神、だって……?」
各地のご神体には神が宿っていて、この世界を守っている。それがこの時代に生きている人間の常識だ。その教えをないがしろにするわけではないが、それは例えば、何か決まりを守らせるための方便のようなもので、本当に神がいるなんて思ってもみなかったというのが本音だ。ましてや、こんなふうに人の形を取って、こんな軽口を叩いているなど。
シンが呆気に取られて口をぱくぱくさせていると、キズナは深々と大袈裟に溜め息を吐いて見せる。
「だから、神様はいるって、わたしは最初から言ってるじゃない」
さも当然のように言われても、シンからすれば信じられる道理がなかったのだ。正確に言えば、人間の理解の範疇を超えた何かがあると、心のどこかでは思っているが、それがこんな姿で語りかけてくるとは、信じられなかった。
『まあ、あまりいじめてやるな、キズナ。人は、目に見えるものしか信じることができないものだからのう』
そう言って、ユイはまた楽しそうに笑い声を上げる。
どうもこの神様は、緊張感に欠ける。神様というのが本当にいるのなら、もっと威厳のある存在だと思っていたが。
『おっと、ここであまり長話をするわけにもいかんな。さっさと用事を済ませて、帰るとしよう』
「そうね。長居して気分のいい場所でもないし」
二人は踵を返して歩き出す。いや神様を人間と同じように数えるのはおかしいのかとシンは思ったが、
「いつまで呆けてるのよ。行くわよ」
キズナが一度だけ振り向いて、また前を向く。シンは慌ててその後を追った。
歩きながら、シンはここの地形に覚えがあるような気がしていた。
小高い丘の上、集落の中心部だったと思われる場所が見えてくると、それは確信に変わる。それは、この場所のご神体だったもの。その亀のような形をした大岩に、シンは見覚えがあった。母と一緒に最後に訪れ、母と別れた集落にあったものだ。
あの頃は、おそらく母と別れた衝撃で、記憶が曖昧だった。どこをどう来たのかろくに記録もせずに来てしまったため、その時の足跡を辿ることは難しいだろうと思っていたが、こんな形で再び訪れることになるとは。
「勾玉の気配は、あそこからだわ。……どうしたのよ?」
思わず物思いに耽ってご神体を見つめていたシンを、キズナとユイが訝しげに振り返る。
「……俺は、ここに来たことがある」
それを聞いて、キズナは目を見開き、ユイは興味深そうに片方の眉を上げた。
「何ですって? ちょっと、その話、詳しく聞かせて」
シンは、そういえば自分のことを彼女たちに詳しく話したことはなかったなと思いながら、その時のことをかいつまんで話した。
昔は母の笛と共に、各地を旅していたこと。この集落で、ご神体から黒い影が立ち上るのと同時に、住人たちが砂のように崩れて消えていくのを見たこと。それから、母は刀を抜いて影に向かっていき、シンは一人逃げろと、笛と勾玉を託されたこと。それから母がどうなったのかはわからず、一人で旅を続けてきたこと。
神妙な顔で話を聞いていたキズナは、口元に手をやって考え込んでいる。
「……じゃあ、その笛を勾玉は、本当にアオイからあんたが受け継いだものだっていうの……?」
「最初からそう言ってるだろ」
シンは面白くなさそうに言い返すが、キズナはまた自分の思考に没頭しているのか、シンの文句に反応しようとしない。
その時、
『誰ぞ、そこのおるのか』
ご神体の方から、ひどく物憂げな声がした。
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