残されたもの-1
翌朝、一行は再び西へ向けて旅立つ。レキはてっきり別方向に向かうと思っていたのだが、カイを連れてついて来るつもりのようだった。鶏のケコも、うっかりどこかに行ってしまわないように、足に紐を結わえられ、その先端をカイが握っている。
昨夜のこともあり、キズナ、それにアサヒとヨツユも、レキのことを警戒しているようだった。レキはそんなことはどこ吹く風といった様子で、カイの相手をしながら歩いている。この中では、レキが一番子供の扱いに慣れているようだった。カイも少しずつ立ち直ってきているのか、レキと遊んだり話したりしながらついてくる。
「……あなた、なんでついてくるのよ」
カイに聞こえないように隙を見て、キズナはレキを睨む。子供の前で、あまりぎすぎすしたところを見せたくないという配慮はあるようだった。
「なあに、旅は道連れ世は情け、って言うだろう? 俺も明確に目的地があったわけじゃないし、一人で子供の面倒を見るのも大変だ。大勢でいた方が安全だろうし、ま、この子の落ち着き先が見つかるまで、よろしく頼むぜ」
飄々と言ってのけるレキに、キズナは諦めたように溜め息を吐いて、
「……好きにすれば」
と呟いた。
気が付けば、一行の前には山がそびえていた。大半は黒く枯れた木々に覆われているが、結界に守られている場所だけは青々とした緑が茂っており、その対比がなんだか不気味だった。
道は自然と上り坂になり、体力を消耗するので休憩を多く入れざるを得なくなる。さして険しい山ではなく、子供のカイや、騾馬のハヤテでも通れる道だったことが救いだった。
小休憩を取っている間、レキが思い出したように口を開く。
「そういや、知ってるか? 西の方のどこかに、
「天ツ原?」
キズナもシンも、初めて聞く名称に首を傾げる。
「ああ。噂話程度だが、時々聞く話だ。なんでも、そこらに点在している集落とは比べ物にならない規模と人口があって、強い力を持つ神と巫が常時結界を守っているから、鬼に怯えることなく暮らせる。旧文明時代の技術も残っていて、飢えることなく幸せに暮らせる理想郷だとか」
「……何それ、胡散臭いわね。根も葉もない噂話じゃないの」
そんな場所が本当にあるのなら、人々はこぞってそこに移住しているだろう。シンもこれまで聞いたことのない話だったし、眉唾物と思うのだが。
「ここ二、三年かな、その話をよく聞くようになったのは。あんたたちは東方を旅してたなら知らないかもしれないが、西方じゃ時々聞いた話だ。ま、神様なんてものがいるのか知らないが、そこを目指してみるのも悪くないんじゃないかと思ってな。余裕のある所なら、身寄りのない子供一人くらい置いてくれるかもしれんし」
そんな話をしながら、休憩を終わりにし、再び歩き出す。
ここは自然の恵みも豊富で、懸念していた食料問題も、心配しなくてよさそうだった。食べられそうな木の実やキノコがあちこちに生えており、嬉しいことに小川の中には、
「見て! 魚がいるわ!」
清流の中を泳ぐ魚を見つけて、キズナが年相応の少女のように、はしゃいだ声を上げる。
食べ応えのあるものが見つかったというのも嬉しいが、この枯れ果てた大地の中で、自分たち以外の動物を目にすることができた喜びも大きい。
「お、こいつはいい。今晩の飯はこれで決まりだな」
レキは腰に下げていた小さな袋から小刀を取り出し、清流の中にのんびりとひれをそよがせる魚に狙いを定める。
キズナは緩ませていた頬を引き締め、レキに厳しい目を向ける。
「ここではいいけど、ご神体が見える場所での殺生は禁忌だから、くれぐれも忘れないで」
それを聞いて、レキはまた揶揄するように眉を片方上げる。
「ほう。神様が見てるってやつかい?」
「そうよ。血の穢れはご法度なの。これは絶対よ」
それが、先日鶏を絞めてはいけないと言っていた理由かと、シンは得心した。そういえば、集落でも家畜を捌くときは、ご神体からなるべく離れなければいけないと、聞いたことがある。
「へいへい」
レキは適当に相槌を打って、改めて魚に狙いを定める。キズナはその横で、「お恵みに感謝いたします」と呟いていた。
見事な腕前でレキは魚を何匹か獲った。
ちょうど日が暮れてくる頃合いだった。獲った魚は鍋に入れて運び、少し歩くとご神体も発見できたので、今夜はそこで野営することにした。
獲った魚を、木の枝に差して焚き火で焼く。味付けは塩を振っただけだが、久々に味わった新鮮な魚は、驚くほど美味だった。
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