迷い人-4
そして、再び夜が訪れた。シンたちは当初の目的通り、勾玉の示す方向へ向かい、ご神体の近くで野営していた。てっきり別の方向へ行くと思っていたレキも、何故かカイと共についてきていた。
キズナの体調が気がかりだったが、聞いても「大丈夫」と言うばかりだった。そして、鬼を斬った瞬間、キズナの容姿が変化していたように見えたことについても、
「気のせいじゃない?」
とはぐらかされてしまった。しかし、カイもレキもそのことについては何も言わないので、もしかしたら白蛇の言葉のように、特定の人間にしか見聞きできないものだったのか、それとも本当に幻を見たのか、自分でも自信がなくなってしまった。
「ところで、あんたたちはこれからどっちへ向かうんだ?」
火を囲みながら、レキがキズナたちに水を向ける。
「……西へ」
キズナが焼き菓子をかじりながら簡潔に答える。
今夜の食事は、少し豪勢だった。レキが持っていた食料も合わせて、粥はきちんと中身があって塩味を利かせてあるし、とっておいた干し肉も入れた。そして、とっておきの焼き菓子も開けた。これはカイのためでもある。辛いことがあった後くらい、今できる贅沢をしてもいいだろうということになったのだ。
カイは今日一日の疲れが出たのか、食事もそこそこに、既に寝息を立てていた。ずっと泣いていたので、瞼が赤く腫れている。彼が悲しみを乗り越えて前を向く日が来ることを、願うばかりだ。
どうして、この世界はこんなにも理不尽に満ちているのだろう。シンは、母と別れた日に見た光景を思い出していた。
あの日、訪れていた集落の中心に建てられていた祠の前で、母は笛を吹いていた。しかし、突然祠が内側から爆発したように崩壊し、そこから闇が生じ、集落の上空を覆ったのだ。
そして、「結界が消えるから逃げろ」と言われ、シンはこの笛と勾玉を託され、一人逃げ延びたのだった。集落の人々は、次々と闇が伸ばした手に捕まり、その途端砂のように崩れて消えてしまった。カイの集落の人々も、同じようにして消えてしまったのだろうか。カイはその場に居合わせたわけではないようなので、それを確かめる術はない。
だけど、そうだ。あの日見たものは、今日キズナが斬った鬼に似ていた。
一体、何が起こったのだろう。キズナはおそらく、何かを知っている。その上で、何も言わない。都合よく踊らされているようで、彼女に対して疑惑が高まっていく。
シンが考え込んでいると、焼き菓子を薬草茶で流し込んだレキが口を開く。
「しっかし、あんな
今しがた思っていたことを言葉にされたようで、シンの心臓はどきりと跳ねた。それを思うことは、母が遺した言葉を疑うことでもあった。罪悪感が胸を苛むが、同時に隠されていることがあるのなら、知りたいとも思う。
レキの言葉に、キズナは目を
「おっと、巫のお嬢ちゃんには、気に障ったかな?」
レキはおどけたように眉を片方上げる。挑発しているようだった。
「言葉には魂が宿る。あなたが言ったことは、聞かれているのよ。命が惜しければ、言葉を慎むことね」
キズナは憤慨した様子で吐き捨てた。
「そんなことを言われてもなあ。お嬢ちゃん、何か隠してるだろ? ちゃんと説明してくれなきゃ、納得できるもんもできねえしな」
大の男と、まだ幼さの残る少女との言い合い。端からみればレキが大人気ないが、キズナも年相応の少女には見えないところがあるので、相手をそうさせてしまうのかもしれなかった。
「……世界には本当に神がいて、わたしたちを守ってくれている。信じようが信じまいが、これが事実よ」
キズナが低く言って、両者はしばし睨み合う。レキはキズナのことを探るようにねめつけ、キズナはレキにそれ以上言うなと、無言で圧をかけているようだった。
やがて、レキは揶揄するような笑みを浮かべると、両手を肩の上に上げてひらひらと振る。
「ま、そういうことにしておくかね。さて、寝るとしようか」
言うだけ言って、レキはさっさと自分の毛布にくるまって横になった。ちゃっかり、ハヤテの背を枕にすることを忘れない。
キズナは尚もじっとりとレキのことを睨んでいたが、諦めたように毛布を被って横になった。彼女たちの毛布は、一枚カイが使っているので、今夜も女性たちは三人固まって寝るようだ。
シンも気まずい空気を感じながら、眠ろうと目を閉じた。だが、一度心に芽生えた疑念は、消えてくれないのだった。
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