迷い人-2
シンたちの憂慮に反して、カイの姿はほどなくして発見することができた。
カイはぼんやりと結界の境目に佇んでいる。おそらくあの先が、彼の暮らしていた集落だろう。乾いた風が砂塵を巻き上げ、枯れて縮れた葉の残骸が飛ばされていく。
その先の灰色に霞んだ景色を見つめていたかと思うと、少年はゆっくりと前へ足を踏み出そうとする。しかしその途端、少年の腕に抱えられた鶏が、怯えたように羽を広げてバタバタと暴れ出す。抜けた羽根が宙を舞い、カイの小さな身体では鶏を抱えていられなくなり、鶏はカイの腕の中から転び出る。
「あっ、ケコ!」
動物には、そちらが危険だと本能的にわかるのだろうか。鶏は恐慌状態に陥っているのか、甲高い鳴き声を上げながら、身を反転させて走り出す。
しかし、その進行方向にはシンたちがいた。駆けてきた鶏を、「おっと」とレキが危なげなく腕で掬うようにして捕まえる。
追いかけてきたシンたちに気付いたカイは、怯えたようにびくりと肩を震わせた。
「よう、少年。一人でこんなところに来たら危ないじゃないか。俺たちと一緒に行こうぜ。な?」
レキは慣れた様子で言いながら、カイに手を伸ばす。だが、カイは首を横に振って後退っていく。
「やだ。だって、お父さんとお母さんが……! 助けないと。助けてよ! ねえ!」
少年は瞳に涙を浮かべて叫ぶ。
突然家族を失った衝撃は、幼い子供にとっては相当なものだろう。母と別れた時、カイより大きかったシンだってそうだったのだから、彼が今現在感じている混乱と悲しみは計り知れない。
シンはあの後しばらく泣いて塞ぎ込み、近くで見つけた集落に一時身を置いたこともあったが、結局そこの暮らしには馴染めずに、また一人で旅をするようになった。それからだいぶ時が経ったが、あの時の痛みは今でもふとした瞬間に思い出すことがある。それでも、自分はなんとかここまで生きてきたけれど、カイにどう言葉をかけていいのかわからない。
アサヒもどうしたものか考えあぐねているようで、動くことができずにいた。レキはゆっくりとカイに近付こうとするが、カイはそれに合わせてじりじりと後退してしまう。このままでは、結界の外に出てしまう。
その時、カイの背後、結界の外側に、ずるりと黒い影のようなものが立ち上った。否、影というより、闇が形を取ったかのようなおぞましさがあった。カイもそれに気付き、振り向いて腰を抜かしたのか、その場に座り込んでしまう。
それは明確な形をなさずに蠢いて、しかし頭部と思われる場所に、血のように赤く光る二つの点が明滅していた。
シンたちは突如現れたそれから、慄きながらも目を逸らせずにいた。本能が直視してはいけないと訴えているのに、金縛りにあったかのように動くことができない。
闇は、カイに狙いを定めたようだった。ゆらりと動いた闇の塊が、結界を超えて侵入し、怯えて硬直した少年に覆い被さろうとするとする。
あれに触れてはいけない。直感的にそう思ったが、動くことができない。
その時、一陣の閃光が駆け抜けた。白い着物の袖がなびき、緋色の袴が駆けていく。キズナだった。そのはずだ。だが、旅で薄汚れている中でも艶やかな黒い輝きをまとっているはずの彼女の髪は、今は白く光って見えた。
彼女は大きく跳躍し、闇の上空に躍り出た。人間離れした脚力だった。そのまま抜き身の太刀を振りかぶり、大上段から斬りかかる。
「はっ!」
気合と共に、闇は見事に一刀両断され、苦しげに呻くような声を残して、霧のように溶けて消えていった。
キズナは露を払うように刀を一度振ると、鞘に納める。その刀も、彼女が帯に挟んでいた短刀よりも長く、彼女の身長の半分はありそうな太刀に見えたが、鞘に納まるのと同時に、元の担当の長さに戻ったようだった。
そして、ほんの一瞬、彼女の姿が陽炎のようにぼやけた。しかし、瞬きの後に、キズナは元の黒髪に戻っていた。その肩には白蛇がちょこんと乗っていたが、シンと目が合うと、しゅるりとキズナの懐に潜ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます