迷い人-1

 翌朝、灰色の空が薄明るくなる頃、シンはいつも通りに目を覚ました。


 毛布を畳んでハヤテの背に括りつけ、火の始末をする。まだ寝ている面々を起こして、朝食用にしてある携帯食を出そうとし、そういえばレキとカイは自分たちが食べる分は持っているのだろうかと思った時、カイが使っていたはずの毛布が、無造作に岩陰に落ちていることに気が付いた。それを使っていた本人の姿は見えない。


「おい、あの子がいない」


 シンはまだ寝息を立てていたレキを揺すって起こす。


「なんだって……?」


 レキは欠伸をしながら伸びをして身体を起こした。しかし、まだ寝ぼけ眼をこすっており、事態を把握するには至らなさそうだった。

 年上のくせに頼りない奴だとシンが胸中で悪態を吐く間に、キズナたちも目を覚ました。

 事態を察すると、彼女たちの反応は早かった。アサヒとヨツユは素早く辺りを見て回り、地面に小さな足跡を発見した。


「あの少年のもので間違いないと思われます」

「昨夜、お二人が来た方向――自分の集落があった方に戻ったのでしょうか」


 あの年頃の子供が一人で知らない場所へ向かうとは思えないし、そう考えるのが自然だろう。


「追うわよ」


 キズナの声を合図に、彼らは急いで荷物をまとめ、足跡を追って駆け出した。昨晩の、沈み切った少年の様子が頭をよぎる。近くに鬼がいるかもしれないし、他に危険がないとも限らない。何事もなければいいのだが。


「俺たちが来たのは、こっちだ」


 レキに先導を任せ、シンが続き、その後ろにアサヒとヨツユ、キズナが走る。

 しかし、少し行ったところで、


「キズナ様!」


 背後から緊迫した声が上がる。

 振り返ると、どうしたことか、キズナが苦しげに浅い呼吸を繰り返し、胸を押さえて膝を付いていた。アサヒとヨツユが緊迫した面持ちで、声をかけたり背中をさすったりしている。今まで形を潜めていた白蛇も、キズナの襟元から這い出して、沈鬱な声で呟く。


『キズナ……』

「どうした!? 大丈夫か」


 シンも駆け戻る。レキは白蛇に気付いて「うお、蛇!?」と呟いた。だが、それに構ってはいられない。

 キズナはわずかに視線を上げ、


「平気、よ……。いいから、先に行って。アサヒ、あなたも」


 言われたアサヒは、唇を引き結びながら立ち上がり、シンたちを促す。


「行きましょう」


 アサヒに促されて、後ろ髪を引かれる思いで再び駆け出した。


「なんだ? あのお嬢ちゃん、どこか悪いのか?」


 足を前に進めながら、レキがアサヒに尋ねるが、アサヒは琥珀色の瞳を伏せる。


「……あの方が大丈夫だと仰るのならば、大丈夫です。わたしたちは、あの方のお言葉に従います」


 答えになっていないような答えだった。

 偶然出会って、しかも酷い扱いをされた相手だが、あんな様子を見せられては心配になるのは人として当然だろう。しかし、アサヒはそれ以上何も言わない。

 釈然としないものを感じながらも、今はカイを探すことに集中するしかないと、シンは思い直した。

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