第2話 郷愁の森
転移魔法で訪れたのは深緑の森だった。
木々の上に家が建っていた。
セイジャはそれを不思議そうに眺めていると。
ふと家から地に降り立つ者が現れた。
「セイシャ? セイシャじゃないか。しかもあの頃の姿のままだ!」
「……俺は」
「え? セイシャ? みんなセイシャだって!」
ぞろぞろと耳長の人々が集まって来る。
「ちょ、ちょま」
「よく戻ってきてくれた! 魔王を倒したんだってな! すごいじゃないか」
「だから俺は」
「まあまあ家に上がれよ」
連れられるまま、木の上の家に飛び上がる。
家は簡素な作りだった。
木と共存して出来た家。
そんな雰囲気が感じられる。
「だから! 俺の名前は!」
「セイジャだろ、知ってるよ」
「はぁ? じゃあなんで」
「ここじゃセイシャのが都合がいいからだ」
いまいち意味が分からなかったセイジャは渋々出された水を飲む。
「うまい」
「ただの朝露だぞ?」
「生まれて初めて飲んだ」
「ああ……そうか、そうだったな」
耳長族の一人が目を細める。
セイジャはそれをこそばゆく思い、身震いする。
「これからどうするんだ。そもそもなんで此処に?」
「自分探しの旅ってやつをしてる」
「ふぅん、その自分ってのは『セイシャ』か? それとも『セイジャ』か?」
「……分からない」
すると耳長族の男はとある巻物を取り出した。
「これはエルフがセイシャと交わした約定だ」
「約定?」
「ああ、人間とエルフは不可侵であり、互いに互いを傷つけないという約束だ。昔、人間とエルフは仲が悪かった。それを魔族との戦乱の中で仲裁したのがセイシャだったんだ」
自分の原点。
それが起こした偉業。
その事実に少し顔を綻ばせるセイジャ。
エルフの男は満足そうに笑うと。
「お前はこれからとても苦労する。勇者や魔王なんて目じゃないくらい苦労する」
「それは、予言か?」
「ただの勘だ」
「勘」
エルフの男はセイジャの肩を叩くと。
「俺の名はリーグレード、またなにかあったら来るといい。相談に乗ってやる」
「……ああそうする」
リーグレードと握手を交わす。
彼はセイジャに次の行く先を問うた。
「特に決めてない」
「じゃあ次は海を渡るといい。きっといい発見になる」
「海?」
「ああ、大陸に行くんだ。かつて魔王城があった。魔族の住む大陸にな」
「……分かった。転移魔法で行けるのか?」
そこでリーグレードは顎に手を当て思案する。
「多分、無理だろうな」
「どうして?」
「魔王の結界がまだその死後も生きているからだ。だから船に揺られて行くしかない」
「なるほど」
そこまでやり取りすると、そっとリーグレードの家を出るセイジャ。
周りのエルフに気取られないように森から一番近い港に転移した。
「本当に殺さなくてよかったのリーグレード」
影から褐色肌のエルフが現れる。
「ライラ、もう戦いは終わったんだ。あいつを殺す事はそれこそサジタルの思うがままだろうよ」
「生かす事も思うがままだと思うけどね。ま、せいぜい後悔しない事だわ」
また影に消えるライラ。
リーグレードは溜め息を吐くと。
「本当にお前は死んでからも苦労するなセイシャ」
そう独りごちた。
葬列の英雄譚 亜未田久志 @abky-6102
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