⑮僕と決着

篠田しのだ先生!」

「あら、逢沢あいざわくん。奇遇だね」

 奇遇なわけないだろ、という言葉を飲み込んで僕は昏倒した六人目の男を、他の五人の隣に並べる。

 両手両足を拘束された五人は当たり前だけれどいまだになにが起きたかわかっていないようで、虚ろな表情をしていた。

 僕は丁寧に五反田以外の口にテープを張り付けて喋れないようにする。


「や、五反田ごたんだくん」

「……し、篠田……先生?」

 ぶつぶつと何かを呟いていた五反田の顔が驚愕の色に染まった。

「なんで……ここに?」

「生徒が道を踏み外しそうになったら駆けつけて教育する。それが先生だからね。と言っても――君はもう、道を踏み外してしまったみたいだけれど。ここまで来てしまったらもう警察に引き渡すしかない、かな。悲しいけど」

 篠田先生は本当に悲しそうに言った。

 五反田は少しだけ俯いた後、顔をあげて僕の方を睨んだ。

「……逢沢、お前は何なんだ!」

「もう少し質問を具体化してくれないかな」

「お前はいったいどこから現れた。いつの間にオレたちのことを拘束した! どうやって車に追いついたんだよぉ!」

 その答えは全て、初瀬はつせが時間を止めたからなのだけれど、それを伝える義理はない。

 僕は倒れている五反田の前にしゃがんだ。

「お前らが寝てたんじゃないの?」

「――そんなわけッ!」

「五反田。お前が拳銃という武器を持っているようにね。僕にだって武器があった。それだけのことだよ」

「……」

 彼は全然納得していないような顔で歯ぎしりをした。


「篠田先生、通報ってしてます?」

「うん。警察さんがもうすぐ来ると思うよ。そうだ。拘束はどうする? この状況を警察が見たら先生たちの方が悪そうだけど」

 僕は改めて工場の中の状況を確認した。

 誘拐されたさほりんにもケガはなく、僕と初瀬は当然無傷。あとから追いついた篠田先生も無事だ。

 一方、相対した男たちは六人とも地面に寝転がっていて、一人は気絶。あとの五人も両手両足、それに口をテーピングでぐるぐる巻きにされている。


 ……僕らの方が悪いな。


「でも先生。相手は拳銃を持っているんですし、拘束を解くのは危険だと思います」

「そうね、初瀬はつせさんの言う通り。じゃあ逢沢くん、どうする?」

 先生が僕に話を振ってきた。

「決定権、僕ですか?」

「当たり前よ」

「……なんで?」

「これは、だから」

「……え?」

 僕は驚いて先生の方を見た。

 その後続けてさほりんと初瀬の方を見る。彼女たちは無言で頷いた。

 代表するようにして篠田先生が口を開く。

「逢沢くんは自分の天曳てんびきの力のことをショボいショボいって嘆いているよね。だから今回も、八嶋やじまさんや初瀬さん、それに先生の能力のお陰で解決したと思ってるんじゃない?」

「……いや、それはそうでしょう」

 さほりんのお陰で五反田に辿り着いたし、初瀬がいなかったら今回本当に何も起きていなかった。そして篠田先生の能力のお陰で最後の不意打ちを防ぐことができた。

 僕は何もやっていない。振り返っても本当に何もやっていない。

「ななくん」

「……どうしたの、さほりん」

「私はさ、んだよ。春休み、私のために奮闘してくれた君だから、協力をしているんだ。まどかだってそうでしょう?」

 話を振られた初瀬は頷いた。

 篠田先生も腕を組みながらうんうんと首を縦に振る。

「逢沢くん。先生がいいことを教えてあげましょう」

 先生が授業をするときのような優しい声色を出した。

「協力したくなる人柄って言うのは、間違いなくだよ」

「……え」

「逢沢くんは天曳の力には多少詳しいようだけれど、別にこの世界にある異能って、天曳の力だけじゃないから。ここにいるのが君じゃなかったら、先生たちもここにいない。ここにいるのが君だったから、先生もここにいるの。だからこれは、逢沢くんのチームなのよ」


 僕はそれを聞いて、少し泣きそうになってしまった。

 僕が今までやってきたことは、ただの僕のエゴだったけれど、決して意味のないことじゃなかった。


「っていうことで、彼らの拘束をどうするか考えて」

「そうですね」

 僕は泣かないよう細心の注意を払いながら、唇を触った。

 さて――。

「拘束は、解きません」

「わかった。警察が来たらなんて言う?」

「五反田たちは反省して観念した。だから拘束を受け入れた。これで行きましょう」

 僕は五反田たちを見る。

「な。聞いてただろう。お前らは反省して拘束を受け入れた。いいな? その方が罪も軽くなるだろうしさ」

 全員が苦い顔をしながら受け入れたのを確認した瞬間、遠くの方から車の音が聞こえてきた。

 警察が来たんだ。


 篠田先生の起こした『ぬいぐるみ時計』からはじまった長い事件もこれで決着だ。色々あったけれど僕たちはみんな無事。

 今日くらいはゆっくり休んで、明日から受験勉強を再開しよう。


 ――そう思った瞬間、ぶつぶつと小さな声が聞こえた。

 音の主は五反田だった。

「捕まりたくない。捕まりたくない」

 わなわなと唇を震わせて、同じ言葉を繰り返している。

 さっきは人を殺しても問題ないという勢いだったのに、その時の彼は見る影もない。

「捕まりたくない。捕まりたくない。捕まりたくない。捕まりたくない」

 ぶつぶつとした声はだんだんと大きくなっていく。

 目が虚ろで顔が青い。

「捕まりたくない。捕まりたくない。捕まりたくない。捕まりたくない。捕まりたくない。捕まりたくない。捕まりたくない。捕まりたくな――」

 そのに、僕は嫌な予感がした。

 何か、何かひとつ重要な因子を忘れている気がする。

 捕まりたくないという強い願い。

 強い……願い!


 その瞬間、


 人生で二度目の感覚。

 それはだった。


 ――嫌な記憶がフラッシュバックしかけるのを必死に抑え込み、僕は状況を確認した。

 真っ白の世界には、五反田と僕しかいない。

 きっとこの世界は現実から切り離された空間で、僕は【認識】を持っているから世界に誘われたのだろう。しかし、体は動かせない。

 まずい、まずい、まずい、まずい!

 五反田が能力を会得してしまう。この場から逃れる異能を、捕まらない異能を獲得してしまう!


 真っ白な世界がだんだんと元の色に戻っていく。

 白い光が凝縮されて、五反田の体の中に入っていった。


 天曳の力の会得だった。


「――ッッ!」

「どうしたの、ななくん」

 いちはやく僕の異変に気付いたさほりんが能力を発動して僕の心を読む。

 それと同時に僕は先生と初瀬にも伝わるように端的に状況を説明した。

「五反田が――天曳の能力を会得した!」

 そう言うと三人ともが驚いた顔をして――その後「そっか」と薄い反応をした。

「ちょっと待ってよ、聞いてた? 異能が芽生えたんだよ! 捕まらないための異能が!」

 僕がそう熱弁すると初瀬は呆れた顔になって、篠田先生は「マジか?」って顔をした。

 さほりんは「いつもはこんなバカじゃないんです……」と誰かに言い訳をしている。


 僕だけ置いていかれている。


「ちょっと、どうしてみんなそんなに落ち着いているの?」

「ま、そっか。私たちは三人とも、君に指摘されたけれど、君は自覚があったもんね」

「……」


「天曳の力を得たっていうことは」

 代表してさほりんが五反田を指差した。


「もう彼に、捕まりたくないって気持ちはないのよ」


 あ。



 警察が到着して、今度こそ無事に決着がついた。

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