⑭僕と対決
「抵抗はするなよ。オレは
廃工場の中心、開けた場所の中心で
廃工場といっても内装は既に撤去されているので、工場っぽい外見の何もない空間というのが正しい。入り口の扉の隙間から中の様子をうかがう。
「じゃあこの状況は何? 私の両手を縛った上で、複数の男の人に囲まれているこの状況は? 危害を加える気があるようにしか見えないけど」
さほりんに対面しているのは五人の男。五反田以外の四人は顔を見たことがなく、高校生には見えない人間も混じっていた。
「口の減らないやつだな。今の状況わかってんのか?」
「3Dプリンターで拳銃を作った銃刀法違反の男の人に暴行される直前ってところ? そんなあなたに私からアドバイス。罪は重ねないほうがいいんじゃない?」
拳銃を作った?
僕は思わず声をあげそうになった。確かに
「いや……!」
そんな悠長なことを考えている場合ではない。
相手は拳銃を持っている。それなのにさほりんは相手の気持ちも考えずに煽っているから、このままだとさほりんが危ない!
扉を開けようとすると、初瀬が僕を両腕で抱きかかえて止めた。
「なんで止めるんだ!」
「今出ていっても彼らの罪は
「……でも! 拳銃が出てきてからじゃ遅いかも――」
「馬鹿ね。わたしがいるじゃない」
そうだった。初瀬は時間を止めることができる。
「……お願い」
「任された」
僕たちはもう一度息をひそめて中を覗く。
「あのね、五反田くん。私は別にあなたが拳銃を作っていようが女の子を拉致していようがどうだっていいのよ。本当に興味がないの。このまま帰してくれれば警察に駆け込む気もない。お互い不可侵でいけないかな?」
「オレもそれは考えた。実際、お前は夏にハンカチを落としてからこの数か月間、警察に言わなかった」
その瞬間、僕は
さほりんだ。彼女が恐らく五反田の心を読んでいる。
「あの夏の夜、第三者の物音を聞いた時は見つかったと思った。そして追い込んだつもりだったのに姿が見つからなかったときは夢でも見てんのかと思ったよ。気のせいかと思ったが、廃工場に似合わねえこのハンカチが、第三者がいたことの証拠だ」
五反田はポケットから篠田先生の高級ハンカチを取り出した。
「でもどうやら通報はされてねえみたいだ。目撃者なんていなかったのか、拳銃にビビって見なかったことにしたのか。それはわかんねえけど、あの夜のことは一件落着かなと思って記憶の奥に封じていた。だからな、お前にハンカチを見せられた時は心底驚いたよ」
五反田はあの夜いた人が篠田先生だとは知らない。記憶を失っていたから通報されなかったなんて裏事情は知らない。
そんな彼がさほりんにハンカチを見せられた時の衝撃は大きかったはずだ。
「でも、こうして囲んでどうするつもりだったの? その作った拳銃で私を殺す? ううん、銃刀法違反で捕まることを恐れる程度の小者が人を撃つなんてできるはずないわよね」
……なんでさっきからこの子煽ってるの?
「紗穂はきっと時間を稼いでいるつもりなのよ」
「あれで?」
「あれで」
初瀬が真面目な顔で言った。
「彼女はななくんを信じている。あなたなら絶対駆けつけてくれるって信じているから、そのために時間を稼いでいるの。時間を稼ぐためには言葉を使う。それももしかすると、ななくんから学んだことかもね」
確かに僕はよく詭弁を吐く。いつか授業中に興奮した初瀬をなだめるために長々と言葉を紡いだこともあった。
でも僕はあんな人の神経を逆撫でしたりはしないはずなんだよな。
「それはほら。紗穂は人の気持ちに興味がないんでしょう?」
「あー、うん」
なおもさほりんの煽りは続く。
「でも殺せないならどうするの? 殺すならわかるよ。口封じになるもんね。でもそれができないなら? 私に乱暴する? でもそれって罪を重ねるだけで意味ないよな」
「……最初はな。真意を確認するだけのつもりだったんだ。どうして今さら事件を蒸し返したのか。お前の目的は何だったのか。それを聞いて警察にチクる気がないってんならそのまま解放したさ」
「じゃあ警察にチクる気はないよ」
「ふざけるなよ!」
五反田が叫ぶ。
「なあ八嶋。お前はさっき、オレたちが人を撃つなんてできないって言ったよな。でもそれは間違いだ。もともと兵器好きが高じてこんなもん作るようになったんだぜ。チャンスがあったら人を撃ちたいって、幼少の頃からずっと思っていたよ。なあ、お前ら」
五反田が周りにいる男たちの方を見る。
男たちは頷いて、全員が腰のあたりに手をやった。
「なあ、八嶋。お前が悪いんだぜ。黙っててくれればいいものを」
そう言って五反田は胸元に手を突っ込んだ後、何かを取り出した。
僕たちの角度からは何を取り出したのかが見えない。
五反田が何かを握った右手をゆっくりと壁の方に向けた瞬間、パン、と乾いた音が響いた。人の急所に当たったらまず間違いなく死ぬだろう。
「お前一人殺したところでオレは未成年。銃刀法違反で捕まるのと、そんなに変わんねえさ!」
ゆっくりとさほりんのほうに銃口が向いた。
周りの男たちも拳銃を取り出して、彼女に向ける。
「……初瀬」
「ええ」
――――瞬間、世界中の時間が停止した。
僕と初瀬は堂々と工場の中を通って、今まさに発砲しようとしている男たちの目の前まで歩く。
初瀬は五人の拳銃を奪い、鞄からテーピングを取り出して僕に渡した。
「わたしが下手にこの人たちに触ると彼ら動き出しちゃうから、色々と処理をお願いしていい?」
「ん、ああ」
僕は彼らの両手と両足をできる範囲でぐるぐるに縛った。
これで時間が動き出しても問題ないはずだ。
はずなんだけど。
「どうしたのななくん、そんな微妙そうな顔をして」
「いや……初瀬がいると、緊張感がないなと思って」
時間を止める力、ちょっと規格外すぎると思います。
そして時間が動き出す。
「……はっ!?」
いつの間にか両手両足を縛られてテンパっている五反田たちを蹴飛ばして地面に転がす。
「さほりん! 大丈夫?」
「大丈夫だよ。覗いてたならわかるでしょ?」
「え。気付いてたの?」
「気付いてたよ。私は声が聞こえるくらいの範囲だったら誰の心の声でも読めるの。疑似的な索敵に使えるのよ。お陰でななくんとまどかが来てくれているのは気付いてた。っていうか、だから相手が拳銃を取り出すように煽ったんだよ……」
「あれ性根が煽りストだからじゃなかったの!?」
「誰が煽りストよ……」
五反田たちは縛られた状態でもなんとかしようとうねうねと動いていたけれど、僕が拳銃を突き付けるとすぐに大人しくなった。
「まあともあれ無事解決してよかった」
「うん。改めてななくんとまどか、ありがとう」
「いやいや、怪我がなくて本当によか――――ッッ!」
偶然だった。
偶然よそ見をしたら、部屋の端の方で拳銃を構えている六人目の男がいた。
伏兵。
床に転がっている男たちで全員ではなかったのだ。
彼の向いている銃口の先には――さほりん。
初瀬は気付いていない。いくら時間を止められようが、止める時間すら与えてもらえなかったらその能力はないのと同じである。いつか篠田先生が言った、能力使用前に一撃で倒すという回答を思い出した。
「まずっ――!」
僕は瞬時にさほりんに覆いかぶさる。
抱き締める形になって、そのまま押し倒す。
「ちょっ」
下からの声を無視して姿勢を低くした。
痛いのは嫌だ。でもさほりんが痛いくらいなら僕が痛いほうがマシだ。
僕はそう言い聞かせて、発砲音を待った。
でも、何秒待っても発砲音はしなかった。
代わりに、ドスンという人間の倒れる音がした。
僕が恐る恐る振り返ると、銃を持った六人目の男は地面に倒れていて。
「みんな無事?」
男を昏倒させた篠田先生が、ちょうど透明化を解除したところだった。
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