⑬僕と決戦場

 止まった時の中を初瀬はつせと二人で歩く。

「それにしても初瀬の天曳の力ってこんな応用効くんだね」

「そんなに不思議なことでもないのよ。大貴と別れようとしたときのことを思い出してみて。時間が止まっているにもかかわらず、手紙とかハサミが動いていたでしょう。完全に時間が止まっているのなら、それはおかしい。つまりのよ」

「だから初瀬、さっきから僕の左腕を掴んでるんだ」

 恋人のように密着してくるから何事かと思っていた。

 初瀬は天曳の力の代償で恋心を失っているので、恋愛的な意図があるわけではないとわかっていたけれど、それでも少しだけドキドキしていた。

「でもちょっと待って。初瀬が触れているのは僕の服であって僕の生身の体じゃないけどその理屈だと僕の服だけが動けることにならない?」

「馬鹿ね。わたしは人間の来ている服を服単体で認識しないわ。として認識している。だからななくん全体が動けるんだと思うわ」

「なるほどね」

 篠田先生が服やぬいぐるみを自分の一部と思い込むことで、それらまで合わせて透明化できるように、天曳の力は自身の認識が大きくかかわってくるのだろう。


 時間が動き出す。

 さほりんを乗せた車が発進する。曲がり角に差し掛かって、初瀬が時間を止める。

「そんだけ能力を連続使用して、痛いとか苦しいとかないの?」

「今のところは特に」

 確かにさほりんが能力の過剰使用で苦しむのは、天曳の力の影響というよりも、人の心の声をダイレクトに聞き続けるせいである。

 そう思うと、時間を止めているだけの初瀬には本当に代償がないのかもしれない。

「車、結構進むね」


 まだ時間に余裕はありそうだったので、僕は気になっていることを聞くことにした。

 好奇心を失っている僕でもこと。それは人の動機だ。

「初瀬は、なんでこんなタイミングよく来てくれたの?」

 そう聞くと初瀬は少し考えるそぶりを見せた。

「――わたしが今日の昼休み、職員室の前を通っていたの覚えてる?」

「さほりんがハンカチを見せる直前だね。覚えてるよ」

「あの時、篠田しのだ先生に呼び出されていたの」

「篠田先生が?」

「個室に連れていかれて、単刀直入にこう聞かれたわ」


『初瀬さん、あなた、?』


 超能力、すなわち天曳の力。

 先生は初瀬が能力者であることを確認するために彼女を呼び出したらしい。

「…………いや、待て」

 

 篠田先生が、初瀬まどかが能力者であることを知っているはずがない。


 僕は能力を会得したせいで露骨に成績が下がったし、さほりんも人が変わったようだと学年中で噂されていた。

 先生は生徒の変化には敏感だから、僕たちが違和感を持たれていたのならわかる。

 でも初瀬はただ大貴と別れただけで、他に変化はない。

「だから先生が気が付くはず、ないんだけどな」

「……これは別にななくんが悪いわけじゃないから、責めてるわけじゃないんだけど」

「え、僕何かした?」

 そう聞くと初瀬は気まずく笑って小さく頷いた。

「あなた、篠田先生に『もし先生が時間を止めることができる人間と戦うとしたら、どうやって戦いますか?』って聞いたらしいじゃない」

「……うわ」

 聞いた記憶があった。

 あれは数学準備室で篠田先生の推理を聞いた最後。部屋を出る直前に僕はそういう質問をした。

「もしかして先生、それだけで初瀬に行きついたの?」

 僕と初瀬は互いに少し呆れた表情で見合った。


 【透明化】の天曳の力を会得した篠田先生は、この世に超常的な力があることを把握した。そしてきっと初瀬の一件を思い出した。

 当たり前だ。先生目線であの事件には僕が大きく絡んでいたんだから。

 そして僕の質問から、『時を止めることのできる天曳の能力者』=初瀬に辿り着いた。


「……ごめん、僕が口を滑らせたから」

「馬鹿ね。いいわよ」

 車に追いつく。さほりんを乗せた車はどんどん人気のないところへ進んで行った。

 確かこの先にはがある。

 立ち入り禁止だし、廃工場と言ってもただの建物なので普段そこに行くことはない。

 でも、何か悪いことをするにはうってつけの場所でもあった。

「先生がわたしの能力に行きついたおかげで、こうしてななくんと紗穂さほの力になれているんだから」

「……」

「わたしはね。それが嬉しい。金曜日に言ったように、わたしの能力は基本的にズルいわ。だからわたしは自分のこの能力が嫌いだった。恋心を失ってまで得る価値のある能力じゃないと思っていたわ。だから、今日こうやってあなたの役に立ててすっごく嬉しい。わたしの嫌いな力でも、ななくんと紗穂を助けられる、恩返しができるんだと思うと、今だけは能力を得てよかったなって思う」

「……そっか」

 それは、よかった。

 現在進行形で最悪なことが起きているのだけれど、それでもそう思ってくれていてよかった。


「昼休みはそれの確認をしてから篠田先生の身に起きたことを一通り聞いて、最後に連絡先を交換して終わったわ」

「篠田先生と連絡先の交換したの!?」

 それって先生的にやってよかったんだっけと思ったあと、恐怖心を失った篠田先生に怖いものはないんだったと思い直す。

「ええ。すぐにあなたの力が必要になると思う、その時、もしよければ力を貸してほしいって」

「……なるほど」

「それでさっき、放課後女バスの練習を覗きに行こうとしていたら電話が掛かってきたってわけ」


 その電話で、初瀬は次のようなことを言われたらしい。

 校門前でさほりんが車に攫われたこと。僕がそれを追いかけていること。

 時間を止めて、車を追いかけてほしいということ。

 最後に、目的地に着いたら先生に位置情報を送ってほしいということ。


「現状の把握がすごすぎない!? 監視でもしてたの!?」

 止まった時間の中で思わずそう叫ぶと、初瀬がこともなげに言い返した。

「だから――監視していたんでしょう。ななくんのことを」

 僕はその言葉ではっとなる。


 先生の能力は【透明化】だ。

「や、でも僕には【認識】の異能があるから」

「……あなたの異能は、天曳の力の発動を認識する力。もし、あなたの能力の有効範囲外で能力を発動した人が、能力を発動したままあなたの近くに来たらどうなると思う?」

「――認識、できないのか?」

「さあ。でも結果的にななくんは先生のことを認識できなかった。だったらそれが答えなんじゃない?」

「……でも先生は、どうして僕の監視を?」

 初瀬は無言で首を横に振った。

 さすがの初瀬もそこまではわからないらしい。

「……」

 いや、そうだ。

 僕は少しだけ考えて、篠田先生の行動の真意を理解した。

だったからだ。篠田先生はさほりんがハンカチを見せまわったことを知らない。だから、危ない事件に巻き込まれるとしたら僕だと判断して、こっそり見張っていたんだ」

 でも僕が慌ててとんぼ返りしたことで先生は狙われていたのがさほりんであることに思い至った。


「……えー」

 状況判断の鬼すぎる。


「ね、ななくん」

 初瀬の声で我に返った。

 彼女が指をさした先には、桜塚市の廃工場。

 車はそこに入っていこうとしていた。

「……あそこで紗穂に乱暴でもするつもりなのかしら」

「っ……」

 されてたまるか。

 僕の中にふつふつと怒りが沸き上がる。


 車を追って、僕と初瀬は、廃工場の中に入っていく。

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