⑨僕と絞り込み

 月曜日。

 今日は学校指定の登校日だったため、自由登校の僕たち三年生も全員登校していた。半月会っていないクラスメイトもいたのでなんだか新鮮な気持ちになる。

「おはよう、さほりん」

「ん、ななくんおはよ」

 隣の席のさほりんと挨拶を交わして席に座る。

 登校日は全校集会と学年集会があって、それ以外は基本的に自習の時間となる。

 全校集会では生徒会の後輩が壇上で喋っていたのであまり退屈をしなかったけれど、基本的には虚無の時間だった。


**


「ななくん、中庭集合」

 昼休みになった瞬間、ガラの悪い声の掛け方をされて僕は驚く。さほりんだった。

「ヤンキー? 今さら反抗期?」

「何言ってんの」

 彼女は金曜日の夜の電話なんてなかったかのように平然と僕に接している。

 でもあの夜の出来事がまったくなくなったわけじゃなかった。

 さほりんは僕のことをななくんと呼び始めた。

 それは僕にとってとても嬉しい変化で――呼ばれるたびに心臓が跳ねる。

「中庭ね、いいよ」


 桜塚北高校の中庭は校舎に囲まれていて日当たりが悪いため、基本的に人が寄り付くことがない。職員室から見下ろされる位置にあるというのも人が寄り付かない原因のひとつだろう。

 僕たちにはやましいことなどひとつもないので、二人並んでベンチに座る。

「どうしたの?」

「ほら、篠田しのだ先生の件」

 ああ、と僕は頷いた。

 【透明化】の天曳てんびきの力を得てしまった篠田先生。彼女は北高生の誰かについて行って、能力を得た。

 天曳の力の会得には強い願いが必要不可欠なので、生徒を見つけることができれば、その日になにがあったのかを知ることができる……かもしれない。

「でん……電話で、作戦があるって言ったでしょう?」

 電話の話をするときに彼女は少しだけ言い淀んだ。

 やっぱり結構な割合で記憶が残ってそうだった。可愛い。

「余計なこと考えるな!」

「えっ、今能力発動した?」

「してなくてもそのニヤついた表情を見たらだいたいわかるよ……」

 さほりんは気を取り直して、という風に「それでね!」と言った。

 そして持っていたポーチから何かを取り出す。


 見覚えのある布だった。


「――――はっ!?」


 見覚えのある、ハンカチだった。


「さっ……さほりん、そのハンカチって」


 篠田先生が事件当日に落としたという、超高級ブランドのハンカチだった。


 ウェブページをちらと見ただけだけれど、ウン万円の値段がついていた気がする。

「か……かかか、かか」

「ホラー映画の擬音?」

「買ったのぉ!?」

 間抜けな叫びをあげてしまった。

 さほりんはこともなげに頷いて、「最速で事件を解決するには、二つ目の手がかりも利用しないとだめでしょ」と言う。

「でも、能力の会得とは関係ないところで落としたかもしれないんだよ?」

「馬鹿なの? あの篠田先生だよ。理由なくモノをなくすわけがないじゃない」

「……」

 納得してしまった。

 もちろん人間である以上ミスは誰にでもあると思うのだけれど、篠田先生が落とし物をするところなんて想像ができなかった。

「だから私はこれを使おうと思う」

「どうやって?」

 僕が聞き返すと、さほりんはふと遠くを見て大きく手を振った。


「ちょうどいい、まどか~!」

 見ると、クラスメイトで同じく天曳の能力者の初瀬はつせまどかがちょうど職員室の前を通ったところだった。

 初瀬は僕たちの方を見て笑顔で手を振り返す。

 それに対してさほりんは「来て」とジェスチャーをする。初瀬は不思議そうな顔をしながら頷いた。


 数分後、「なにかしら?」と言いながら初瀬が中庭に到着した。

「ごめんね、まどか。ちょっと見せたいものがあって」

「見せたいもの?」

 さほりんはハンカチを取り出して――――


 ――――その瞬間、天曳の力の発動を認識した。


 時間が止まっている様子はない。使用者は十中八九、さほりんだ。

 さほりんは今、

 を確認している。


「このハンカチよくない~? 買ったんだ」

「あら、いいわね。いいわねっていうか、え!? こここ……こここ……こここここ」

「ホラー映画の擬音?」

「これって紗穂あなためちゃくちゃ高いやつじゃないの!?」

 初瀬はそのブランドを知っていたようだった。

 というか、僕が疎いだけで世間的にはすごく有名なのかも。

 さほりんは微笑みながら「いいでしょ。これまでのお小遣いはたいて買ったんだ」と言って、頭を抑えた。

 天曳の力が終了する。

「ごめんねまどか。ただこれを自慢したかっただけなんだ」

「そんなの教室でよかったじゃない」

「それはそうだけどね。って、あ! ごめん。まどか、ななくん。私ちょっと行くところあるから先あがるね」

 会話のさなか、突然さほりんはスッと立ち上がって、あっと言う間に校舎の中に消えていった。

「どうしたんだろう」

「ね。どうしたのかしら」

 あっけにとられた僕たちは、顔を見合わせて笑った。

「ななくんとこうやってちゃんと喋るのもあの時以来かしらね」

「あの時も中庭だったね」

 初瀬まどかが時間停止の天曳の力を会得して、如月大貴きさらぎたいきと別れようと事件を起こしたのはつい一か月前の話だ。

 あの時も僕は、僕のエゴで彼女の犯行と彼女が失ったものを暴いた。

「あれからどう? 何か変わりはない?」

 あれから初瀬が時間を止めた気配はなかった。時間停止はとても便利な能力なので、正直少しだけ意外だった。

「ないわね。力も使ってないし」

「でも、ふと時間止めたくなる瞬間とかないの? 初瀬は止まった時間の中で自由に動けるんだろ?」

 そう尋ねると初瀬は首を縦に振った。

「自分でも便利な能力だと思うわ。それこそ試験の最中とかに時間を止めてしまえば、カンニングし放題ですもの」

「そうだよね」

 僕と違って、とても使いやすい能力だと思う。

 ……時間停止も、読心も、透明化も、認識と比べたら使いやすいでしょ。

「でも、それはズルいことよ」

「……」

「わたしって、それなりに努力して生きてきたの」

 彼女は女バスのキャプテンを務めていたし、学業の成績もかなりいい。

 努力をしてきたことに疑いはなかった。

「でも最後の最後でわたしがズルをしたら、に申し訳ないわ。わたしは、ズルをして結果を得るために努力をしてきたわけじゃないもの」

「……なるほどね」

 いつか篠田先生が言っていた、『納得できる一日を過ごそう』という言葉に近いものを感じた。

 そして僕は、初瀬まどかの考えがすごく好きだった。

「うん。その考え方、好きだな」

「あはは」

 初瀬が快活に笑う。

 そして少しだけ真面目な顔になって、声を潜めた。

「わたしはそんな感じなんだけれど、ななくんはどうなのよ」

「え、僕?」

「紗穂が君のこと『ななくん』って呼ぶようになっていたわ。なにかあったのよね!」

「め……目ざとい!」


 僕が突っ込んだ瞬間――――


 ――――


 また?

 さほりんか?

 そう思うとすぐに能力の発動が終わり、三秒後にまた能力が発動した。

 能力の発動が終わり、すぐに発動する。

 それが何度も続く。

 発動。解除。発動。解除。発動。解除。発動。解除。発動。解除。発動。解除。


 ――どういうことだ?

 ……いや!

 

「いや――どういうことだもクソもないだろ!」

 僕は思わず声を荒げた。

「ど、どうしたのよ、ななくん」

「さほりんが――! 詳しくはあとで説明する。ごめん!」


 立ち上がって校舎に駆け込んだ。


 単純だ。

 さほりんは初瀬にやったように、全校生徒にハンカチを見せて回っている。

 天曳の力を発動しながら。

 もし篠田先生のハンカチに見覚えがあれば、必ず心の声が反応するだろうと予想して。

 しかし彼女の能力には代償がある。そう乱発していいものではない!


 階段を駆け上がって、廊下を走って、人の波をかき分ける。

 三年のクラスの廊下で、鼻をティッシュで押さえたさほりんが佇んでいた。

「さほりん!」

「ああ、ななくん。見つけたよ、容疑者」


 さほりんは、鼻血まみれの顔でそう笑った。

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