⑥僕と手がかり
だから初瀬まどかや篠田先生が、何を失って今どんな気持ちになっていようがどうでもいい。
そんな彼女が協力してくれると言ってくれたことに、僕は驚いた。
さほりんは数学準備室に戻るなり篠田先生に宣言をした。
「逢沢くんも私も、受験前の大切な時期です。だから十全に協力できる保証はできません」
「もちろんだよ。先生に付き合わせたせいでうまく行かなかったら申し訳が立たないからね。ここまで教えてくれただけで十分。先生のことは気にしないで」
「はい。でも、それはそうと私たちが
天曳の力のスペシャリストと彼女は言ったが、さほりんが出会った能力者は僕とさほりん、初瀬まどかの合計三人である。スペシャリストと言うには心もとない。
彼女は先生から情報を引き出すために詭弁を吐いた。僕のように。
僕は、先生がどう言おうと独自に調査をしてしまうだろう。そしてさほりんもそれを理解している。
だから彼女は、自分が最大限に協力をすることで、最速で解決する方向に舵を切ってくれたのだ。
「……ありがとう」
小さな声で呟くと、グーで軽く腰のあたりを殴られた。
「先生は何を教えればいいのかな? 能力と時期はだいたい伝えたけど」
「先生、その日なにか特別なことしてませんか?」
「だから覚えてないのよ。あの日のことは何度も考えたわ。数ヶ月前だけど昨日の事のように思い出せる。でも、いつものように学校を出て――」
瞬間、天曳の能力の発動を感じた。
「っ!?」
僕がビクンと跳ねた瞬間、さほりんが僕に向かって小さく手のひらを向けた。落ち着け、という風に。
能力を発動したのは、さほりんだ。対象は篠田先生。
「――学校を出てからの記憶が曖昧なんだよ。その後はもう朝」
先生は残念そうに言った。しかしさほりんが頭を抑えながら問いかける。
今、彼女の頭には篠田先生の心の声という莫大な情報が流れている。
「……例えば先生、誰かを見かけて、その人に着いていったような記憶はありませんか?」
「あっ」
何かを思い出したような顔をする先生。図星だったのかもしれない。
「確かに、誰かを追いかけたような記憶が、うっすらと」
「誰か思い出せませんか」
再びさほりんの天曳の力が発動する。
さほりんの能力は、人間の心の声を聞く。それはつまり、自分でも自覚していない声まで聞こえるということ。
完全に記憶から欠落している情報はもちろん聞けないが、記憶が曖昧になっている部分ならきっと聞こえるのだ。
「駄目、思い出せない」
「そう……ですか」
どうやら誰を追いかけたかどうかは完全に欠落していた情報らしく、さほりんも残念そうに首を振った。
しかし、篠田先生は誰かを見て、それに着いていった先で能力を会得したということがわかった。
その誰かさえわかれば、篠田先生の身に起こったことがわかるかもしれない。
その時、突然先生が手を叩いた。
「忘れてた。この情報が大切かわからないんだけど先生ね、記憶がない間にハンカチをなくしている」
「ハンカチを……。落としたんですかね」
「いいハンカチだったからさぁ」
先生がタブレットを操作してWebページを開き、商品ページを見せた。
――は?
ハンカチって五桁行くの?
ひと目見て只者じゃないとわかるハンカチを見て、僕は世界の広さを知った。
「これを落としたのはダメージ大きいですね」
「そうなんだよねぇ」
結局その後も少しだけ話したけれど、それ以上の情報は出てこなかった。
昼休み終了を告げるチャイムが鳴って、僕たちは解散することにした。
「逢沢くん」
数学準備室を出る間際、先生が声をかけてきた。
「ありがとう、色々教えてくれて。でも、君たちの本分は学業だから、それが終わるまでいったん先生のことは忘れてくれると嬉しいな」
僕たちはその言葉を受け取って、廊下に出る。
「逢沢くんはこのあとどうするの?」
「今日は家に帰ろうかな。まだ病み上がりだし」
今も薬が効いているだけで、風邪自体は完治していない可能性もある。
「そっか。じゃあ作戦会議はまたあとでしよう」
先生と会話をして得られた手がかりはたった二つだけだった。
先生は誰かを追って、その先で能力を会得したということ。
そして、会得したタイミングで高級ハンカチを落としたということ。
一つ目の手がかりは、何があったかを突き止めるに役立ちそうだったけれど、二つ目の手がかりはどこにどう繋がってくるか予想できない。天曳の力とは全然関係なく落としているだけかもしれない。
この二つを持って、能力会得の夜に何があったかを解明するのは骨が折れそうだった。
「先生、何を失ったんだろうね」
僕がそう呟くとさほりんは興味なさそうに返答をした。
「透明になりたいって願ったってことは、なにか恥ずかしいことでもあったんじゃない? 先生が失ったのは、羞恥心とか」
「……ちょっとありそう」
「羞恥心失ってもないとあんなどエロいニット着れないでしょう」
「それはそんなことないと思うよ!?」
次に先生と会ったら羞恥心がなくなったかどうか聞いてみよう。
そう思いながら、僕はさほりんに別れを告げて学校を出た。
今日はこのまま家でゆっくりするつもりだった。最悪なのは風邪をこじらせることだから、しっかりここで治し切ろう。そう決意して帰宅後すぐにベッドに潜って眠る。
夜八時。完全に治った僕のもとに、一通のメッセージが届いた。
『今から電話できる?』
さほりんからだった。
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