⑤僕と協力者

「逢沢くんになにしたんですか!」

 さほりんにしては珍しい剣幕で篠田先生に突っかかった。

「なにって、何考えているのよ。別になにもしてないよ。ただお喋りしてただけ」

「ふぅん」

 時計を見ると既に昼休みがはじまっていた。チャイムの音には気が付かなかった。先生との会話に集中していたからか、そもそもスピーカーが遠くて聞こえにくいのか。僕はさっきさほりんに数学準備室にいる旨を伝えていたので、彼女は昼休みがはじまって真っ先にここへ向かってきたのだろう。

 確かに、休んでいるはずのクラスメイトがなぜか学校に来ていて、しかも自分の教室ではないところにいたら、何かあったのだと思う。

 さほりんは篠田先生の体を見ながら意地の悪い表情をする。珍しい顔だった。

「でも先生。先生は何もしていないって言っても、世間はどう思いますかね?」

「む。どういうこと?」

「学校を休んでいるはずの男子生徒を鍵のかかった部屋に閉じ込めて、どエロいタートルネックのニット姿になっている。これを聞いた世間は果たして――」

 さっきも思ったけど、どエロいとか言うなよ!


 どエロいタートルネックを着た篠田先生が口をとがらせる。

「切り取り方があくどいメディアだよ!」

「逢沢くんの周りにそんなふしだらな女性を置いておくわけにはいきません」

「保護者さん? 今先生三者面談してる?」

 さほりんは真面目な顔になって言う。

「逢沢くんは今受験前で大切な時期なんですよ。先生がそれを邪魔するのは駄目だと思います」

「……」

 篠田先生は押し黙って、俯いた。

「それは……そうだね。いくら釣れた魚だからって、よくなかったかもしれない」

「釣った魚って。なに、逢沢くん。先生になにされたの」

 さほりんが僕に話を振ってきた。

 少しだけ迷う。

 僕はさっき宣言したように、篠田先生の力になりたいと思っている。そしてそれを告げたら、受験直前のこの時期にそんなことをやっている場合じゃないとさほりんは言うだろう。そうだと思う。僕だって、その考えの方が正しいとすら思う。

 でも僕は、目の前で大切な願いを失った人がいて、放っておくなんてことはできなかった。

 だからさほりんに本当のことを告げるか迷った。適当なで誤魔化したほうが話が早いんじゃないだろうか。


「……」

 いや。

 僕はすぐに首を振ってその考えを追い出して、彼女には真実を伝えることにした。


 それは、さほりんの能力の前では嘘が意味をなさないから、という理屈的な考えではなく、ただ単純に、僕が彼女に嘘をつきたくなかったからだった。

 天曳の力で同じように苦しんだ僕たちの中に、隠し事はなしだ。


「さほりん、あのね――」

 僕は篠田先生と目を合わせて、無言で合意をとる。

「篠田先生も、天曳の能力者になっちゃったみたいなんだ」

「えっ……」

 彼女の表情が驚愕の色に染まる。

 前回の初瀬まどかの一件から一か月。こんなスパンで天曳の力にかかわることになるとは思ってもみなかったのだろう。僕だってそうだ。

「篠田先生の能力は、【透明化】。文字通り自分自身の姿を消すことができる」

 そのまま、『ぬいぐるみ時計』の事件を起こしていたのが篠田先生だったということや、それは僕のような異能者を釣り上げるために行っていたということなど、先ほどの会話をありのままに伝えた。


「そっか。先生も能力を得てしまったんですね」

「そうみたいなんだ」

 僕たちが顔を見合わせながらため息をつくと、先生は「ちょっと待って。どうして落胆しているの?」と割って入ってきた。

「先生が【透明化】の能力を得たところで、あなたたちには何も関係ないわよね。二人が残念がる要素って何?」

 不思議そうな顔をする先生に、僕はまだ伝えていなかったことを伝えた。

「天曳の力って言うのは、強い願いを叶えてくれる超能力なんです。僕は『知りたい』と願った。そして『知れる』能力を得た。きっと先生も、『透明になりたい』と願ったんです。だから透明になる能力を得た」

「……先生、実験体にされたわけじゃなかったの?」

「はい。先生の記憶が飛んでいるのは、記憶を消されたからじゃありません。天曳の力を得た前後は、記憶が飛ぶんです」

「なるほど」

 先生は頷いた後、「ひとつ質問があるわ」と言った。

「どうして逢沢くんはそれを知っているの? 能力会得時に記憶が飛ぶのなら、それを知っていること自体がおかしくない?」

「僕の能力は、先生の予想通り天曳の力を【認識】する能力です。能力の発動を認識できる。それだけじゃなくて、天曳の力の基本ルールなども大体認識できたんです」

 それはきっと、僕が『天曳の力について知りたい』と願ったからだろう。

 忌々しい記憶を頭から追い出す。


「話はここからです」

 僕は改めて姿勢を正した。

 これから残酷なことを告げなければならないからだ。


「天曳の能力には代償があります。それは、強く願ったその願いの

「……それって」

 先生はたっぷりと考えてから僕と目を合わせた。


「そっか。じゃあ、逢沢くんも、失ったんだ。『知りたい』と願ったということは――とか」

 僕は無言で頷いた。

「ごめんね」

「どうして先生が謝るんです?」

「先生、君に酷いことを言ったかもしれないね。勉強の成績が落ちている件に触れたり、若者が不思議なものに興味を持てなくてどうするって言ったり。きっとそれは、君を傷つけていたと思う。謝って済むかどうかわからないけれど、ごめんなさい」

 彼女はそう言って頭を下げた。

 慌てて僕は顔をあげるようお願いする。

「いやいや、先生の言葉があったから、好奇心を失った状態でもここまで勉強頑張れたんです。感謝してますよ」

「……そう。なら、よかった」


 気持ちを切り替えて、これからの話をはじめる。

「だから僕は、先生が何を失ってしまったのか。どうして能力を得てしまったのかを調べて、空白部分を埋めたいと思っています。さっき言った、力になれるかもって言うのはそういう意味です」

「なるほどね。力になってくれるのはすごく助かる。先生も自分になにがあったのか知りたいし」

 その時、さほりんがとても大きなため息をついた。

「……さほりん?」

「逢沢くん、ちょっと表出て」

「怖っ!」

 そのまま引きずられるようにして僕たちは数学準備室の外に出た。


「どうしたのさ」

「止めても、無駄なんだよね」

 さほりんは少しだけ怒ったような声色で言った。

「今がどういう時期かわかってるよね。もうすぐ受験で、君には確実に受かるほど余裕はないはず。そんな大切な時期に、先生を助けている暇なんてあるの?」

「……でも」

「例えば試験が終わってから協力するとかじゃダメ? 篠田先生はもう能力者になってから数か月たってるんでしょう。今さら少し伸びても問題ないじゃない」

「…………それは、そうだけど」

 理屈ではそうだけど、僕にそんな判断はもうできない。

 僕はもう知ってしまったんだ。

 知ってしまった以上、動かないなんてことはあり得ない。ここで動かずに勉強に集中できるわけがない。

 だから僕は――


「ま、私がどれだけ言っても逢沢くんは先生を助けようとするんだよね。わかってる、わかってる。だからさ」

 さほりんの言葉から怒気がとれて、呆れたような声色になった。


 そしてその後に続いた言葉で、僕は今日一番の衝撃を受けることとなる。



「私が全力で逢沢くんの手伝いをすることに決めた。君に、【読心】っていうカードをあげる」

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