④僕と真意

 先生が透明化を解除した瞬間、僕の頭に覆いかぶさっていた透明の洋服も一緒に不透明になって、視界が真っ暗になった。


 先生の洋服は今僕にかかっている。

 つまりこの洋服の目隠しを外せば、そこには服を着ていない先生が――


「まあ、そりゃそうですよね」


 ――いるわけがなかった。


 先生はタートルネック姿になっていて、僕の顔に覆いかぶさっていたのは上に羽織るジャケットだった。当たり前である。

「なんか先生、今日いつもと違くないですか? テンション高いですか?」

 桜塚駅前で会ってからの先生は、完全無欠の教師というよりは近所のお姉ちゃんって感じだったので、僕は我慢しきれずに突っ込んだ。

 先生は可愛く首をかしげて「何かおかしいところがあるかな、少年」と言った。

 そう言うところだよ。


「でも、今は機嫌がいいからテンションが高くなっちゃっているのはあると思う」

「機嫌がいいって、何かいいことでもあったんですか?」

 先生は僕をビシっと指差して、君だよと言った。

「今日は君に出会えた。だから機嫌がいいんだー」

「え、そ……それって」

 それってどういう意味? 僕は混乱する。

 先生は僕に会えたから機嫌がいい? それはまるで、僕に何か特別な思いを寄せているみたいじゃないか。

 確かに先生は美人だ。それに性格もいい人格者。だけれど、僕にはさほりんがいる。

 だから先生の想いには答えられない。

「ごめんなさい! 僕、先生の想いには答えられません」

「は?」

 頭を下げると、先生は地獄みたいな目で僕を見た。

「なんで先生が告白したみたいになってるのよ」

「いや、だって僕に会えて機嫌がいいって言うから……」

「ふと時計を見たら4:44だった時程度の機嫌の良さだよ」

「それで機嫌よくなる人珍しくないですか!?」

「4:43とか見ちゃうとちょっと待つもんね」

「ああいうのはたまたま見るからいいのに……。ってかデジタル時計って16:44表記じゃないですか?」

「朝だから。4:44を見てから寝る」

「生活リズムがカス側の人だった!」

 先生は一回大きなあくびをして数学準備室の椅子に座った。

 僕たちは机を挟んで向き合う体勢になる。


「じゃ、逢沢くんの質問に答える時間としましょうか」

 先生はいつもの先生の顔になって、優しい目で僕を見た。わからない問題を聞きに行った時の表情だ。僕はいくつか思い浮かんでいる質問から、一つ目を蹴り出した。

「先生が『ぬいぐるみ時計』を行っていた理由ってなんだったんですか? あのカウントダウンとか」

 桜塚駅前の時計台の上に置かれていたぬいぐるみは、ゴリラ(5)、シカ(4)という風にカウントダウンを刻んでいた。犯行方法はわかったけれど、動機や目的は全く見えていない。

 先生は少しだけ考えて、「さっきも言ったんだけど」と口を開く。

「君のような人間を見つけるため」

「僕のような、ってどういう人間ですか?」

「先生と同じような超能力を持っている人間」

 天曳の能力者のことだ。

 先生の言葉の真意をわからずにいると、彼女はゆっくりと言葉を付け足した。


「先生がこの超能力を得たのは数か月前、夏が終わるころだった。でも、超能力を得るより先に、先生は不思議な体験をしたの」

 篠田先生の能力会得は初瀬まどかのそれよりも早かったらしい。先生の変化に全然気が付かなかった僕は少しだけ自分を恥じた。先生は僕やさほりんの変化にばっちり気が付いていたのに。

「不思議な体験って?」

「記憶が――消されたんだよね」

「……」

「ある晩の記憶が全くなくなっていてね。気がついたら朝だった日があったの。でも晩ご飯を食べた形跡やソシャゲにログインしていたログは残っていた。そして、それから少しして自分に超能力が芽生えていることに気が付いたの」

「……」

 それは、天曳の力を得た時の記憶の混濁だ。

 能力を得た前後の記憶はなくなってしまう。初瀬まどかがキスをした記憶を失ったように。

 先生の言葉は続いていく。

「不自然に記憶が消えて、超能力が芽生えた。ここから類推できることってさ、ひとつだよね。本当はこんなこと言いたくないし、馬鹿らしいんじゃないかって何度も自問自答したんだけれど」

 彼女は少しだけ恥ずかしそうに顔を引きつらせながら自分の推測を口に出した。


「先生、超能力を得る実験体にされたんだと思う。改造人間みたいに」


 惜しい~~~~~!

 すごく惜しい~~~~~!


「ということで、私はか、同じようにを探したかった。だからできるだけ目立った事件を引き起こす必要があったの」

 ここで話は『ぬいぐるみ時計』に戻ってきた。

 先生は、自身の能力の関係者をおびき寄せるために、変な事件を引き起こしていたんだ。

「でも、時計台の上にぬいぐるみを置くって……なんというか、ショボくないですか?」

「ばか。ショボくないといけないんだよ。先生って、先生なんだよ? 犯罪を犯すわけにはいかないじゃない」

「はぁ」

「先生の能力は【透明化】よ。でも与えられた課題は、できるだけ派手な事件を起こして人をおびき寄せること。透明になる能力と真逆なんだよ!」

 熱弁する彼女を見て思わず笑った。

 確かに、目立たなければならないのに透明になることしかできないのはきつそうだ。

「いつの間にかモノが壊れていたり、みたいなのも考えたんだけれど、器物損壊罪になっちゃう。ぬいぐるみを置くのだって先生の感覚では結構ギリギリ。というわけで、犯罪にならない範囲でできるだけ話題性を呼ぶために、『ぬいぐるみ時計』を起こしていたんだ」

「なるほど、大体納得しました。実際こうして魚は釣れていますしね。ちなみにカウントダウンを刻んでいたのは?」

「話題性と、重要な日をわからせるためかな。実際には『1』の時点で逢沢くんが釣れてしまったんだけど、カウントダウン形式にすることで『0』の日に人を集めやすくなると思った」


 こうして先生は見事僕を釣り上げたのだった。


「『ぬいぐるみ時計』事件に関しては大体わかりました、ありがとうございます」

「いえいえ~。君に会えて機嫌がいいって言うのもそういうことだよ。狙っていた相手が釣れたんだ。まさかそれが教え子だとは思わなかったけれど」

「そうですね。その点で言えば僕も釣られてよかったです」

「……どうして?」

 僕は先生の目をまっすぐに見て言った。


「僕なら、先生の力になれるかもしれません」


 そう宣言した瞬間、僕たちのいる数学準備室の扉がガタガタと揺れて、「なんで鍵締まってるんだよ」という女の子の声と共に、ドンドンとノックがされた。

 来客のようだった。

 僕は先生と顔を見合わせて、ゆっくりと扉の方へ向かい、鍵を開けた。

 ガチャン、と音がした瞬間、勢いよく扉が開いて、よく知った顔が入ってきた。

「逢沢くん!」

「さ……さほりん!?」

 さほりんは部屋に入るなり篠田先生を睨みつけて、叫んだ。


「どエロいタートルネック姿の先生、鍵のかかった部屋。先生! いったい逢沢くんになにしてるんですか!」

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