③僕と二人きりになれる場所
僕たちは二人きりになれる場所ということで
ここは
でも僕も男の子なので、若くて美人な先生に耳元でそんなことを囁かれたら変な妄想をしてしまうのは許してほしかった。この場にさほりんがいなくてよかった。
先生は学校へ向かう道中もずっと透明なままだった。
「透明化を解く瞬間を第三者に見られたくないのなら、トイレかどっかで解除すればいいじゃないですか」
「そういう問題じゃないんだよねぇ」
その言葉で僕はもしかして、と思い当たるフシがあった。
思い出すのは
時間停止能力の対象が初瀬自身だけなのだとすれば、能力発動中に着ている洋服は動かせるのだろうか。もし洋服が動かせないのだとしたら、発動中に動く場合、全裸である必要がある。
初瀬から能力の詳細を聞いたわけではないので彼女の能力がどうだったかはわからないけれど、篠田先生の能力は、服までは透明になれない可能性がある!
「……先生、もしかして今!」
「残念ながら全裸じゃないよ。十二月に全裸で外出するわけないでしょ!」
「それもそう……ですね?」
「不服そうな顔をするな」
先生は僕の手を握りながら学校までの道のりを先導した。
「そもそも君、『ぬいぐるみ時計』がどうやって起きていたかを考えてみなよ」
「すいません、あんまり興味なくて」
「こらこら、若者が不思議なものに興味を持てなくてどうする」
先生から問題を出題されたので、改めて『ぬいぐるみ時計』がどうやって起きていたかを考えてみる。
「っていっても、透明化した先生が時計台に登ってぬいぐるみを置いただけじゃないんですか?」
「基本的にはそうだよ。ってことは、ぬいぐるみまで透明にできてるってことじゃない」
僕は間抜けに口を開けて頷いた。
目撃者の証言によると、ぬいぐるみは突然時計台の上に出現していたらしい。つまり、配置の最中は先生とぬいぐるみの両方が透明になっていた。
「任意のもの全てを透明にできるんですか?」
先生は目を閉じて首を横に振る。
「残念ながらそこまで便利じゃないかなー。先生が身につけていると認識したものしか透明にできない。だから衣服や時計、拡大解釈でぬいぐるみやカバンなんかも透明にできるけれど、例えば生物や、大きなモノ――机とかは身につけているって認識できないからさ。透明にできないんだよね」
「なるほど」
つまり先生は、ぬいぐるみと自分自身を透明化して時計台に登り、てっぺんにぬいぐるみを置いた。
そのまま時計台を降りて、トイレなどで自身の透明化を解除したんだ。
これが桜塚駅を騒がせている『ぬいぐるみ時計』の真実。知ってしまえば不思議なことは何一つ起きていなかった。
いや起きてるけどね?
「でも先生」
ここまでの事実には納得だけれど、やっぱりひとつだけ全然わからないことがある。
この僕が興味を持てる点、つまり先生の動機だ。
愉快犯にしては手が込みすぎているというか、本当に目的がわからない。
「まあ落ち着きなよ少年」
「少年呼ばわりちょっとドキッとするのでやめてください!」
「問題解決はひとつずつだよ。今は、どうして先生が透明化を解かないのか。そこから」
あ、と僕は声を出した。そういえばそうだった。
「全裸だから、以外に理由あります?」
「まだ言うか」
先生は透明なまま僕の背後に回り、両手で首を絞めてきた。ぐぎぎ。
「じゃあここで先生の仕事を思い出してみよっか」
「えっと……男子高校生の首を絞める仕事でしたっけ」
「そんなんでお金貰えるならいくらでもシメるわよ。男子高校生の漁師やったろか?」
「先生ならきっと入れ食いですね。サビキです」
「そうだよね。先生の仕事は先生だよね。だからさ、今も学校にいるべきなんだよ。授業はないけど」
「……なるほど?」
どうやら先生は本来この時間、学校内にいなければならないらしい。
「学校にいるべき先生が、学校をサボった生徒といちゃついているなんて誰かに見られてみなさいよ。おしまいよ」
生徒といちゃつくとか言うなよ。怖いものなしかよ。という言葉を飲み込んで僕は「そうですね」と言った。
先生が透明化を解除しない理由は、僕と一緒にいるところを誰にも見られるわけにはいかないから、らしい。
だから数学準備室にたどり着いてから能力を解くつもりなんだろう。
「じゃあ次は動機ですね」
「まあまあ。動機は数学準備室についてからでいいじゃないか。もともとそのつもりだったわけだし。あと十分くらいで学校だしさ」
「……」
先生がはぐらかすので、僕は今のうちに疑問点を整理することにする。
正直に言うとどうして『ぬいぐるみ時計』を引き起こしていたかなんて二の次だ。一番重要なことは、先生が一体何を失ってしまったか。
願いを叶える天曳の力には代償がある。
何が起きているか知りたいと願った僕が好奇心を失ったように、人の気持ちを知りたいと願ったさほりんが人の気持ちに興味がなくなったように、能力の会得と引き換えに何かを失わなければならない。
先生は、透明になっている。つまりどこかのタイミングで透明になりたいと願ったということで。
透明になりたいという願いの根源を今は失っているはずである。そして先生はそれに気が付いていない。
だから僕は、彼女が何を失ったのか推理し、それを教えたい。
『ぬいぐるみ時計』は夏休み明けから起きているので、先生の能力会得は遅くともそれくらいということになる。
「どうしたの
「今疑問点を整理してるんですよ。教室に着いたときに質問攻めにするために」
「意外と攻めなんだ」
「意外とって何なんですか。なんだかんだあの生徒会で一年間過ごしてきた僕を守りタイプだとでも?」
「ちょっと待って逢沢くん。攻めの反対って何?」
「え? 守りですよね」
「む」
「あ、受け?」
「いや」
そういったきり先生は黙った。
数分ほど歩くと学校が見えてきて、僕たちはまっすぐに数学準備室へと向かった。
四時間目の授業中だったことが幸いして、たどり着くまで誰ともすれ違わなかった。僕は学内では有名人なので、部屋に入った瞬間安堵のため息をついた。
数学準備室の椅子に座って、携帯を見るとさほりんからメッセージが届いていた。
ついさっき、三時間目と四時間目の間の休み時間に送ってきてくれたみたいだ。
『体調どう?』
僕は少しだけ迷って、『体調は治った。今いろいろあって数学準備室にいる』と送った。
メッセージを送った瞬間、ガチャンと音が聞こえた。鍵の締まる音。
「え、先生?」
「大丈夫、先生は中にいるよ」
そういった瞬間、ぱさっ、と布が頭に被さる感触があった。
あったのに、被さったものの姿が見えなかった。
「え、なにこれ」
布が頭を覆っている感触はあるのに、視界は塞がれず、僕に覆いかぶさっているものは視認できない。
「どういうこと? 透明な布? ……あ、これ先生の……えっ、先生の――服?」
「ふふ。じゃ、透明化解除しよっかな」
先生が少し離れた位置で艶めかしく言った。
次の瞬間、視界が暗転する。
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