消えた姿が見えるまで

消えた姿が見えるまで・序

 最強の異能とは何だろう。


 姿、透明人間を目の前にして、僕はそんな間抜けなことを考えていた。


 その日僕は風邪を引いて学校を休んでいた。

 師走の寒い日だった。昨晩眠る前から体調が怪しく、朝起きた瞬間に「あ、駄目な日だ」と悟った。

 学校に休みの連絡を入れて、ついでにさほりんにもメッセージを送る。

 数秒も立たないうちに『寝てなさい』という簡潔な返信が返ってきた。

 その指示に従って、大人しく服を着こんでから水と薬を飲んでベッドに潜る。


 三時間くらい眠って朝十時。

 薬が効いたのか、体が汗で気持ち悪いことを除いて意識はすっきりとしていた。朝の気だるさが嘘のように体が軽い。

 シャワーを浴びる。

「お腹空いたな」

 家には誰もおらず、インスタント食品などの買い起きもなかった。

「……買い物行くか」

 体調不良の中外出をすることに一瞬葛藤をしたけれど、空腹には勝てず近くのコンビニに向かうことにした。

 歩きながら適当にSNSを見ていると、同様の内容の複数の投稿が目に飛び込んできた。


って今日だよな』


 ぬいぐるみ時計。

 ここ最近、桜塚市を少しだけ騒がせている怪事件だ。ただし、事件と言っても誰かが傷ついたり大きな迷惑を被ったりはしている類のものではない。

 内容は単純で、桜塚駅前の背の高い時計台に、定期的にぬいぐるみが置かれているというだけ。

 一見するとハートフルな出来事。しかし、誰がどのようにして時計台の上にぬいぐるみを置いたのか。そこを考えると事件は一気に不思議さを増す。

 事件はもう複数回起きているのにもかかわらず、誰一人としてを目撃した人間はいない。

 しかし、誰の目にも留まらずに4mほどある時計台の上にぬいぐるみを置くだなんて可能だろうか。

 噂レベルの証言によると、ぬいぐるみはいつの間にか出現したようにも見えるらしい。


 また、この事件にはもうひとつ世間を騒がせる要素があった。

 一か月ごとに置かれるそのぬいぐるみは、ゴリラ、シカ、サンヨウチュウ、ニシキゴイという順番で置かれている。

 その頭文字をとるとカウントダウンに見えることから(5リラ、4カ、3ヨウチュウ、2シキゴイ)カウントがゼロになった瞬間、なにが起きるのかという点にも注目が集まっていた。

 SNSによると、今日が1のぬいぐるみが置かれる日らしい。


 普段は学校に行っているから見に行けなかったけれど、せっかく休んでいるし、行こうとしているコンビニから駅までは五分程度だ。

 

 僕は駅まで足を運ぶことに決めた。


 時計台の上にぬいぐるみが出現するのは午前十一時。

 二十分前の時点で、駅前の時計台には数人が集まっていた。

 少し離れたベンチに座って様子を見る。集まっている人たちは大学生だろう。授業がないのか、サボっているのか。

 大学生。

 頭が少しだけ大学受験に引っ張られる。ちゃんとなれるのかな、という不安。

 受験まであと数週間というタイミングで風邪を引いているような僕に、合格なんて掴めるのだろうか。首を振ってそんなネガティブな考えを追い出す。


 群衆が緊張した面持ちで時計台を眺めている。カメラを向けている人もいる。


 その瞬間――


 ――僕は、


「なっ!」

 勢いよく立ち上がってあたりを見回す。

 前回のように時間が止まっているような感覚はなく、不思議な現象が起きている様子も、怪しそうな人もいない。ただ、誰かがどこで、能力を発動している。

 誰だ。

 どこだ。

 周りを見る、観る、視る。

 違和感を見逃さないよう細心の注意を払う。

 その時、背後から声をかけられた。


「……え、逢沢あいざわくん?」


 振り返っても、そこには誰もいなかった。

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