⑧私と天曳の力
「
新しいクラスでの顔合わせと、残りの春休みでやってくるべき追加課題の発表が終わって、私と逢沢くんは駅前のカフェに来ていた。
お母さんには少しだけ遅くなるという連絡を入れている。
「たぶん、そう。まだまどかと逢沢くんの心しか読んでないけど」
「なるほどね。発動条件は、目を合わせたら?」
「そうだと思う」
私は、逢沢くんがどうして力のことを知っているのかが気になったので、率直に聞いてみた。
「うーん、簡単に言えば、僕も天曳の力の能力者」
そこは予想していた。
「どんな力を得たの?」
「――聞くね。そうだなあ。僕はさ、母親が天曳の力を得たせいでおかしくなっちゃったんだよね。でもその当時一般人だった僕には何が起きているのかすらわからなくて。だから願ったんだ、母親に一体何が起きているのかを認識させてくれって」
そしたら、その根本にあった、未知の現象を知りたいという気持ちをなくした代わりに、天曳の力を認識するっていう特殊能力を得たんだ。と彼は自嘲的に笑った。
「好奇心って、人間が生きる目的だと思ってたんだ。知らないものを知りたいっていう気持ちがないと人間の化学はここまで発展しなかっただろうし、勉強がこんなに社会の中で重要な地位を占めていないはず」
「確かに、好奇心がないと人類はとっくに滅びていたかもしれないね」
彼はひとつ頷いて言葉を続ける。
「そんな大きなものを失って得られたのは、誰かが使った天曳の力を認識できる、ってだけの能力だったんだ。笑えるでしょ?」
能力を認識する能力。一見すると強そうに感じたけれど、その実かなり残念なものだった。
誰かが能力を発動していることはわかるけど、誰が発動しているかも、どんな能力かもわからないし、対応も反撃もできないらしい。
一応、自分が能力の対象になっている時だけは、誰がなにをしているかはわかるそうだ。
だから、私が逢沢くんの心を読んだとしたら、私に心を読まれていることはわかるけれど、だからと言って心の声を消したりはできない。
本人の言う通り何とも微妙な能力だ。
「大体納得。もうひとつ質問。どうしてそれを私は知らないの? 能力を得た時の記憶、逢沢くんほど鮮明にないんだけど」
「ああ、普通は天曳の力を得る前後のことは忘れちゃうらしいんだ。僕だけは認識能力があるから特別。これは八嶋さんに記憶がないのがむしろ普通で、僕の方がおかしいパターンだね」
「そういうこと」
じゃあ次は私が一体何を失ったか、だけど。
「それについてはだいたい目星がついているんじゃない?」
「……そうね」
ここまで言われて目星がつかない方が嘘だ。
私が失ったもの。
それは人の気持ちを知りたいという想いだろう。
小説がつまらなかったのだってそのせいに違いない。
「あんまりプライベートに立ち入るのも好きじゃないんだけどさ、なにかあったの?」
逢沢くんは遠慮がちに聞いてきた。
遠慮する意味も必要もなかったので私はストレートに答える。
「父親が無職になって荒れて、そのせいで家に居づらくなった。その後、姉が援助交際して得た資金で急遽家を出るとか言い始めて、一人だけ居心地の悪い家から逃げたの。でも、結局父親の再就職先が姉の引っ越し先の近所になって、父親と姉が一緒に暮らすことになった。姉の計画は失敗したんだ。だけど姉は全然悔しそうじゃなかったりして、なんかもう家族の思惑とかがぐちゃぐちゃになったんだよ」
一気にまくしたてると、逢沢くんは面食らった顔をした。
当り前だろう。私でもたぶんそうなる。
でも彼は数秒後に平静を取り戻して、なんてことないように言った。
「そっか。引っ越しってことはお姉ちゃんは実家住みの大学生?」
「市内の専門学校だからこの春から就職。福祉系だから三月にもまだ職があったんだって」
「市内の専門学校に行ったってことは……もしかして僕たちと同じ北高生?」
「そうね。三つ上だからぎりぎり被っていないけど姉もここに通ってたよ」
「で、その姉が原因っていうわけか。僕の身に起きた問題も家族関係だったから、わかるよなんて軽々しくは言えないけど、親近感は沸くね」
彼は小さく笑った。重苦しい雰囲気になってほしくなかったので彼の気遣いに感謝だ。
「そういえばこの前図書館で話した小説、なかなかよかったよ。ミステリなんだけど人間ドラマメインだったから僕もすごく楽しかったし、ミステリもしっかり組まれていたから八嶋さんも楽しめると思う」
「それは何より。また図書館に行ったときに借りておく」
じゃあ出よっか、家でお昼ご飯が待っているよと逢沢くんはお盆に私の分のゴミも載せて持って行ってくれた。
優しい。
それにしても、なんか変なことになっちゃったな、と私は頭を抱えた。
もう迂闊に人の目を見られないってことらしい。それは少しだけ不便そうだ。
逢沢さくんと別れてすぐに、自分の能力の詳細を知った。
どうやら、人の目を見たら勝手に心を読んでしまうだけでなく、目が合っていなくても、私が見ている人ならば心を読もうと思うだけで読めてしまう。
人の心を覗くのはこの十七年間で培ってきた倫理観に反するので、できるだけ使わないようにしようと心に誓った。
幸い、私が誰かの心を読みたいと思うことはほとんどないので、目を見てしまうことを極力避ければ大丈夫そうだ。
人の気持ちに興味がなくなった私は、去年よりも相手を慮った嫌われないための発言が減り、みんなも最初は戸惑ったものの、すぐに受け入れてくれた。
いまは言いたいことをドストレートに言う幸の薄そうな人間、という評価に落ち着いている。
まあそんな評価も別にどうだっていい。
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