②私とカラオケ
桜塚駅近隣のファミレスはどこも激混みだった。
「みんな同じこと考えてるかあ」
客のほとんどは高校生だった。
「どうするよ」
クラスメイトたちは口々に意見を言った。みんな、ここで解散したくないという気持ちは同じらしい。
数分の議論の後、一人の男の子が言った。
「じゃあ電車乗るか!」
私たちの利用する桜塚駅は、日本有数の大都市まで電車で三十分程度だ。
そこは繁華街でもあるため、私たちは時々しか行かないけれど、専門学校に通っているお姉ちゃんは二十歳になって以降、よくそこで飲んだりしている。
「あそこなら飯にも困んないけど、せっかく遠出するんだからカラオケとか行きたい!」
誰からともなくそういう流れになり、駅についた私たちはそのまま電車に乗り込んだ。
そこまで行けば必然帰る時間が遅くなるので、家に帰りたくない私としてはむしろ好都合だった。
「あれ、わたしさほりんとカラオケ行くのもしかして初めて?」
電車の窓から移り行く景色をぼうっと眺めていた私は春香の声でわれに返る。
「あ、そうだね。そもそもあんまりカラオケ行かないからなあ」
「だよねぇ。何歌うの? 普段何聞くの?」
その質問に私は言葉を詰まらせた。
よく聞く音楽はロックソングだ。でもそれは、私の好きな歌詞を書くアーティストたちがロックバンドだからである。
私はメロディよりも歌詞を重んじるタイプで、さらに言うと自分の人生や恋愛について赤裸々な感情を吐露する歌詞が大好きだ。
そういう歌を聞くたびに、人の生々しい気持に触れたような気がして嬉しくなる。
この年齢になってくると、基本的にみんな自分の気持ちを押し殺して生きている。だから人の気持ちを知る機会なんてそうそうなくて、日々の中で抱えるこのもやもやした感情と、みんなはどう向き合っているかがとても気になってしまう。
ロックソングは、そんな友だちや家族には恥ずかしくて言えないような赤裸々な気持ちを、私の代わりに世界に発信してくれる。
昔からその傾向はあったけれど、最近は特にそういうものを聞くことが多い。
家での居心地が悪いからそこを居場所にしているわけ。
……でも、そういうアーティストが好きだって言いにくいんだよね。生々しいし、伝わらないし。
もちろん大衆向けのポップスもよく聞くので、カラオケでは困らないという確信はあった。
でも、いざ好きなアーティストを聞かれたときに嘘をつきたくなかった。
カラオケで歌わないことと、普段聞く音楽を偽ることは別の話だ。
――けれど。
この子は私の好きな音楽を知った時、どう思うのだろう。やっぱり引くのかな。
一年間同じクラスにいた友達の気持ちを知るのが怖かった。変だと思われたくなかった。
「……ゲーム音楽好きなんだよね。サントラっていうの? だからカラオケだと有名な曲ばっかり歌うよ」
にへら、と媚びたような笑顔を張り付けた私は、嘘をつかなかったかわりに、本当のことも言えなかった。
そっかー、そういえばさほりんゲーム好きだったねー、などと相槌を打たれながら、私たちはカラオケに入店し、適当なグループごとで三部屋くらいに別れた。
店側としては大迷惑だろうけど、こっそり別の部屋に乱入して歌ったり、ドリンクバーを混ぜて飲ませたりもした。
私はそういうノリが好きではないので、大人しく端っこでニコニコしている。これが私の処世術。
「てか、八嶋歌うまくない?」
「さほりん上手~。もっと早くカラオケ来てればよかったね」
私が一曲歌うたびに称賛の声が上がったことに関しては、素直にうれしかった。カラオケにはあんまりいかないけれど、大好きなロックソングを、ギター片手に家で歌う練習をしていることはまだ誰にも言っていない。
幸か不幸か、その五時間にも満たないカラオケ大会の中で、私の好きなバンドを歌ったクラスメイトは一人もいなかった。
いた時、私はどうしていただろう。
その人に声をかけられただろうか。
……まあ、いなかったからいいか。
六時を回り、空腹がいよいよドリンクバーとフライドポテトだけでは誤魔化せなくなってきた。時間になって、店員さんに延長を聞かれたけど、満場一致で店を出ることになった。
次に向かったのは繁華街のファミリーレストラン。
このタイミングで、門限の厳しい数人の女の子が帰宅することになった。私は門限が緩いし、あの家になんていたくなかったので当然晩御飯もみんなと一緒に食べる。
少しだけ春の気配があるとはいえまだ三月。六時過ぎの世界は暗い。
仕事終わりのサラリーマンが蔓延るのはもう少し後の時間で、今は頭の悪そうな大学生が道に広がって歩いている時間帯だ。ここから二時間くらい経つと、街がアルコールを帯び始め、私たちは追いだされる。
大学生になるのもお酒を飲むようになるのも楽しみだけど、あんなふうに人の気持ちを考えずに騒ぐだけの二十歳にはなりたくないなあ、と道行く人生の先輩たちを眺めながら思った。
「……カラオケもドリンクバーだったけど、ここでもドリンクバー頼むか?」
「長い時間居座るなら頼むのが礼儀じゃない?」
カラオケでタプタプになったお腹を抱えながら、結局ファミレスでもドリンクバーを注文することになった。さすがに先のカラオケよりは静かだったものの、会話は大盛り上がりを見せた。クラス替え当初に抱いたメンツの感想や、担任の先生について。文化祭や体育大会の思い出や怒られた記憶など、私たちは高校生らしく、最後の会話を楽しんだ。
八時を回り、夜とアルコールの気配が街に漂い始める。そろそろお開きの雰囲気だ。
この時間から帰宅すると、二十二時前には自宅にたどり着く。
いくら自宅に帰りたくないといっても、日付が変わるころに帰ったりだとか、無断で外泊するようなことをすれば束縛がきつくなってしまって余計家にいなければならなくなることは明白だった。
それは避けなければならない。
それに、今の父親のことは嫌いだけれど、母やおねえちゃんに迷惑や心配をかけたくはない。
じゃあ、帰りますか。と誰かが締めた。
このまま家に帰って数日過ごし、次に会うときは他のクラスの生徒同士になっている。それをわかっているみんなは、繁華街の駅までの道も楽しそうに馬鹿げた会話を続けている。
私も最後くらい馬鹿げた会話に参加しようかな、と思った瞬間、前を歩く男子たちがざわついている
ことに気付いた。
男子特有の、あの下品な感じのざわつき方だ。私はそういうのが苦手ではなかったので、軽い気持ちで「どうしたの?」と前のグループに合流した。
しかし私はすぐに合流しなければよかった、と後悔することになる。
それを見てしまうくらいなら、昼過ぎから父親と同じ家にいる方が数倍マシに思ってしまったくらい、後悔をした。
――でも、もう遅い。
「ほら。すごい後ろ姿美人とおっさんが腕組んでるぜ」
その男の子が指を刺した先では、若い女性と、くたびれた背広を着た少し髪の毛の薄い中年の男性が腕を組んで歩いていた。
どくん、と心臓が跳ねた。
パパ活。援助交際。そんな単語が頭を駆け巡る。
その後ろ姿を見間違えるはずがない。
いくら顔が見えなくたって、生まれた瞬間から私の前を歩いていたその人を、見間違えるはずがない。
大好きで、尊敬していた、おねえちゃんの後ろ姿を見た私は、思わず立ち止まった。
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