①私と父
「春休み中の学年登校日はまたこのクラスで会えるんだよね」
「そうだよー、なあに? さほりん、寂しいの。別にクラスが変わっても喋らなくなるわけじゃないんだから」
高校二年生の三学期修了式。
先生から通知表と締めの挨拶を貰って、私たち二年三組の生徒は少しだけセンチメンタルな気持ちになっていた。
クラスが変わっても喋らなくなるわけじゃないけれど、喋る頻度は明らかに減る。クラス替えをきっかけに二度と話さなくなった友だちも多い。
三月の二十七日に学年登校日があって、そこでもう一度だけこの面々で集うけれど、その次、四月の頭からはもう直接次のクラスへ向かうこととなる。
高校二年生のクラスで同窓会をする、という話もあまり聞かないので、この四十人で集まるのはきっと学年登校日が最後だ。
「最後だし、みんなでどっかいかね?」
クラスのムードメーカーが、教卓のところで手を挙げた。
何人かがそれに群がっていく。みんな、このクラス最後の思い出を作りたいのだ。私だって、このクラスに愛着がある。離れ離れになることへの寂しさだってある。
そしてこの抱えている切なさは、新しいクラスに慣れたら消えていくものだとも知っている。
「さほりんは? くる?」
「あ、うん、行くよ!」
結局仲の良かった十人くらいでファミレスへお昼ご飯を食べに行くことになった。
なんとなく、ここで一緒に行動する面々は、たぶんクラスが離れてからも交流が続くような気がした。皮肉な話だ。
最後の日まで一緒にいたい人たちは、最後の日が終わった後も一緒にいるだろう。
ただ、私がこの会に参加する理由は、みんなと少しだけ違った。
私はこのクラスが終わるのが嫌でファミレスに行くわけではない。みんなと一緒にいたくてご飯を食べに行くわけではない。
私は、家に帰りたくなかった。
だって、家には、父親がいるから。
「……はぁ」
思わずため息が出る
これは反抗期じゃない。
もともと私は父親が大好きだった。この年齢の女子にしては珍しい気がしている。両親、おねえちゃんともども仲が良く、家族四人でどこかに出かけることもしばしばあった。
中小企業に勤める父は決して高給取りではなかったけれど、だからこそ家族との時間をきっちりと作ってくれた。
そんな父を支える、パートと主婦を掛け持ちする母と、なんでも相談できるおねえちゃん。誇らしくて幸せな私の家族。
おねえちゃんはこの四月から就職をするけれど、しばらくは実家から通うらしくて、まだこの四人で暮らせるんだと嬉しく思っていた。
――数か月前まで。
数か月前、父は会社を解雇された。
会社の不正だか何だかを指摘した結果だったらしい。そんな話はフィクションの中だけだと思っていたので、飲み込むのに時間がかかった。
きっと会社を訴えたら勝てただろう。
けれど父は、信頼していた会社から裏切られたこと、自分が会社の信頼を得られていなかったことにひどく落ち込んでしまい、ふさぎ込んでしまった。
母やおねえちゃんは会社を絶対に訴えると息巻いていたけれど、再就職に響く可能性があるという父の言葉で、結局踏みとどまった。
父の定年まで、まだ十年以上ある。裁判をするにも費用が掛かることを思えば、その判断に至ったのも納得できる。
それが昨年、十二月の出来事だった。
幸せな一家を襲った突然の不幸。しかし私が父を嫌いになったのは、それが原因ではない。
むしろその時の私は、会社の不正に声をあげた父を誇りに思った。
私の父は、間違ったことを間違っていると言える人だった。会社を恨みはしたけれど、父は誇らしかった。
なかなか再就職ができない父に失望をしたわけでもない。強い資格を持っているわけでもない五十歳手前の男の人を雇ってくれる会社を探すことが難しいなんてこと、高校生の私にでもわかる。
その疲れや失望がたまって、ここ数ヶ月は就職活動をせず、家に引きこもっているのもぎりぎり許せる。本音をいうと、はやく次の仕事を見つけて家族を安心させてほしかった。そんな本音は飲み込んで、暖かく見守るつもりだった。
――でも。
いつしか父は、家で勉強をする私の邪魔をするようになった。
リビングでタブレットや参考書を広げるたびに、「どうせ勉強したって意味がない」「いくら頭が良くても失うときは一瞬だ」と呪詛のようなものを吐くようになった。
高校二年生と三年生の間の春休みは、受験まであと一年を切った大切な時期だ。
ここできっちりと勉強をして三年生に備えるべき時期だ。
父はそれをことごとく邪魔した。
逃げるように自室で勉強をしても、扉の前でぶつぶつと呟かれる日もあった。
本当は将来の相談をしたかった。行きたい大学の話、受験への不安、なりたい職業。
隠れて母に相談しようにも、家にはいつも父がいるから、割り込んできて罵詈雑言を浴びせられる。
暖かくて正義感あふれる父は、いなくなってしまった。
これがここ数か月の間に八嶋家に起きた事件。
修了式直後、昼間に帰宅しても父親はいるし、その中で勉強などしようものならどんなことを言われるかわからない。
だから帰りたくなかった。
今なら明らかな不審者に「キャンディをあげるよ」と言われてもほいほいついていくだろう。
だってその人は、家じゃないどこかに連れて行ってくれるんでしょう?
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