読めない心が読めるまで

読めない心が読めるまで・序

 最強の異能とは何だろう。


 目の前の女性に心の声をすべて読まれている最中に、僕はそんな間抜けなことを考えていた。

「最強の異能って……高校生じゃないんだから」

「高校生だよ!」

 僕がそう突っこむとさほりんはけらけらと笑った。

 つられて僕も噴き出す。


 そうやって笑い合うたびに僕は、泣きたくなるほど嬉しくなるんだ。


 この世すべての出来事に興味が持てなくなったあの日の僕は、また誰かと心の底から笑い合える日々が来るとは思っていなかった。


 半年以上前、高校二年生と三年生の間の春休みのこと。

 天曳の力を得てから数カ月が経って、それでもまだ僕は、自分が好奇心を失ったことを受け入れられず、死んだような日々を過ごしていた。

 学校の成績はみるみる落ちていって、担任だけでなく、当時お世話になっていた元生徒会長や、時々言葉を交わす程度の数学教師、篠田しのだ先生にすら心配をされていた。

逢沢あいざわくん、秋ごろから明らかに成績が落ちているよね」

「そうですね」

 成績が落ちたタイミングと、天曳の力を得たタイミングは明らかにリンクしていて、それは不思議な体験をしたゆえの心の浮つきなどではなく、好奇心を失ったからであることにも気が付いていた。


「明らかに成績が暴落していたから先生気になっちゃって、数学だけじゃなくて他の科目も調べてみたんだ。君さ。数学の単元が変わって躓いたんじゃなくて、全教科明らかに点数が下がっているんだね」

 篠田先生は担任でも何でもないただの数学教師だ。それなのにそんなことまで調べてくれているとは思ってもなくて、僕は驚いた。

「なにがあったの? 先生に話してごらん」

 優しい瞳が僕を覗き込んだ。

 その言葉に甘えて天曳の扉や力のことについて全て話してみようかなと思ったけれど、こんな現実離れした話を受け入れてくれるとは思えなかったし、それを勉強ができない言い訳にはしたくなかったので何も言わなかった。

「ちょっとモチベーションが上がらなくて」

「……逢沢くん、大学受験をする気はあるんだよね?」

「ありましよ」

「……」

 過去形の表現に気が付いた先生が無言で僕を見た。僕は言い訳をするように言葉を付け足す。

「どうなんでしょうね。まあ、進学っていう選択肢が無難なのはわかってますし、行くんじゃないですかね」

「動機がマイナスだね」

「駄目ですか?」

「駄目じゃない。全然駄目じゃないけど。でも半年前の君からは想像できない言葉だったから」

 担任でもない先生が僕の何を知っているんだ、と思ったけれど声は出さなかった。

 でも篠田先生はお見通しだったようで、「君は優秀だから。成績もよくて積極的に生徒会活動もやっている。だから学年の先生はみんな君のことをよく見ているし、心配していると思うよ」と言った。

「……」

「君に何があったか、詮索してほしくないならここでは聞かない。でも、生徒に後悔のない高校生活を送ってもらうのが私たちの仕事だし、それには進路設計も含まれている。どんなに小さいことでも、話せることがあったら話してね」

 僕は曖昧に微笑んだ。


 僕がそんな死んだような日々を送っているのと同じ時期に、八嶋紗穂やじまさほも絶望の日々を送っていて、その末に天曳の力を獲得する。


 僕がそれを知ったのは、春休みが終わる頃で、さほりんは数カ月間、ずっと一人で戦っていたのだった。


 これから語られるのは既に終わった物語。

 八嶋紗穂の物語だ。

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