④僕と能力の詳細
「世界中の動き止めた天曳の力の使用者を特定するとして、具体的にはどうしていく?」
その問いかけに僕は悩みながら答える。
「そうだなあ。まずは今回の能力がなんなのかをもう少し詳しく知る必要があると思う。そうすることで、失った願いが見えてくるかもしれない。例えば【認識】の能力者なら、『知りたい』と願う気持ちを失っただろう、という具合に」
使用者の失った願いが分かれば、犯人特定の糸口となる。
ここ最近で様子や雰囲気の変わった人を探しに行けばいいのだ。
「実際、世界を停止させるって言ってもよくわからないじゃん? 少なくとも僕は『世界を止めたい』なんて思ったことはない」
僕がそういうと、さほりんは訝しむような鋭い視線を投げかけてきた。
舐めまわすように僕の顔を見た後、顎に手をやり俯く。
「……本気で能力の見当がついていないんだな、逢沢くんは」
呆れたようにさほりんは呟いた。
「え、どういうこと?」
「現象に忠実であるために、世界を停止させるって言ってたけれど、そこに天曳の力は願いを代償にするっていうファクターを加えたら能力はほぼ確定するでしょ」
「……」
「時間を止める力」
「じ……時間を止める力」
その発言はあまりにも現実離れしていたので、飲み込むのに数秒を要した。
いや、天曳の力が既に現実離れしているので今さらなのだけれど。
「能力発動中は、逢沢くんや他の人間が身体を動かせなかっただけじゃなく、音も聞こえなかったんだよね。音、つまり空気の振動すら起こっていない」
僕はゆっくりと頷いた。
「付け加えると、逢沢くん以外の全員がその現象を認識出来なかった、と言うのもキーポイント」
「それは、天曳の力が使われている以上当たり前なんじゃないの?」
「いいえ。たとえば――空を飛ぶ力や、死人を生き返らせる力があったとしたら、それって逢沢くん以外も認識出来るよね」
その通りだった。人間が空を飛んでいるんだ。誰でも見れば分かる。
「一般人と君との差は、トリックを疑うかどうかくらいじゃないかな」
改めて自分の能力のしょっぱさに肩を落とした。
「天曳の力、私はそんなに見たことがないんだけど、たぶん人間や物に干渉するものと、空間自体に干渉するものの二種類があるんだよね。たとえば私は人間に干渉するし、逢沢くんは空間内で使われた力を認識するから後者」
「そうだね」
「その例に則ると、今回は①拘束系の能力で全員の動きが止められたか、②空間ごと止まったかの二パターン。でも私には動きを止められたという感覚がなかった。つまり後者、空間ごと止まったという言い方が正しい」
さほりんには、動きが止まったという自覚がない。つまり、この力は対象の動きを止めているのではなく、空間まるごと止めているのだと言える。
「それを君は世界が停止したって表現したわけだけれど、確かに君の言うとおり『世界を止めたい』と思うことはなかなかなさそうだ。だったら他の可能性を考えましょう。すると次に考えられるのが、時間停止。空間の動きを止めたんじゃない、空間そのものの時間を止めたんだよ。そう考えると、願いもわかりやすいよね。時間を止めたい。例えば――『卒業したくないから時間よ止まれ』とか」
「なるほど、納得した」
さほりんの推測に納得した僕は、他にどんな時間を止めたくなる瞬間があるかを考えた。卒業したくない、受験当日が来てほしくない。
他にもいくらでもあるだろう。
「だめだ。卒業まであと少しだし、受験だってもうすぐだから、時間を止めたいって願いを抱えている生徒なんてごまんといる!」
かくいう僕もそのうちの一人だ。
模試の結果も悪ければまだ恋人だってできていない。受験とか関係なしに、ずっと三年七組で馬鹿やる日々を過ごしたい。
一生高校生でいることができるのならどれほどいいか。この楽しい生活を終わらせたくなんてない。
ただ、そう思うと同時に、その程度の願い方で天曳の力を手にできるとも到底思えなかった。選ばれしものとまで言うつもりはないけれど、そう簡単に人知を越えた超能力を手にされても困る。
「願い方は人それぞれだからな、受験当日になってほしくないって強く願って力を手にしていたっていいとは思う」
さほりんが興味なさそうに呟く。彼女は本当に人の気持ちには興味を持てないんだろう。
「でも、もし試験当日になって欲しくなくて時間停止の能力を得たとしたら、その人は受験に悩む気持ちを失うんだよね。私の知っている範囲では、突然受験のプレッシャーを感じなくなった生徒はいないよ」
「ああ、それは確かに」
天曳の力は能力発現の代償に願いの根源を消し去る。僕やさほりんが、知らないことや他人の気持ちを知りたいと思う想いを失ったように。
だから受験の日が来てほしくないという願いを捧げた人間は、その悩みをなくすはずだ。しかし彼女の言う通り僕の周りに突然能天気になった人間はいない。
もちろん僕やさほりんが把握出来ていないだけの可能性は大いにあるけれど。
「やっぱり動機から考えても時間の無駄だよ」
「さほりんはすぐそうやって冷たいことを言う」
「冷たくないもん、興味ないものは興味ないからしょうがない」
「……」
そこで、昼休み終了五分前を告げる予冷が鳴った。僕たちは顔を見合わせる。
「次なんだっけ」
「現国じゃなかった? 今日は文系科目が多い日だよ」
やや早足で教室へ向かいながら、今後の話をする。
「逢沢くんは早く能力者を見つけたいと思うけど、これはヒントがあまりに少なすぎるよ。もう一回能力を使ってくれる保証もないしね。だから君がどう思っていようと、待ちの姿勢になっちゃうと思うな」
「……そうだね。もう一回発動してくれるのを待つしかないか」
「もしまた時間が止まることがあったら教えてね」
そんな風に言いながら午後の授業を受け、何事もなくホームルームを終えた。
今日も僕は下校時刻まで残って勉強をする。
隣ではさほりんが勉強をしている。
彼女と一緒に教室を出て、途中で別れて一人で帰路につくいつも通りの日。
そんなあまりにも普通の一日を過ごしてしまったから気が緩んだのだろう。
翌日にいきなり、時間停止の力による実害が出るとは、僕もさほりんも全く思っていなかった。
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