③僕と力
「あらためて
さほりんが凜とした声で言った。
「その人が持つ強い願いを叶える超常的な力。ただし、能力発現時、代償として願いの根源となる気持ちを失う」
天曳の力というのは僕が名付けた、さほりんだけに通じる便宜上の名前だ。
強い願いが天を曳きずり降ろして、願いを叶える力になる。
しかしその代わり、元となった願いが心から天引きされる。
脳裏に忌々しい記憶が思い浮かんだ。
一年前の、思い出したくもない記憶。
狂ったように叫ぶ母親と、火柱。
何かが焦げるにおい。
僕は何が起きているのか分からず、ただひたすら知りたいと願った。
あの人に何が起きているのか、知りたい。
今この場所に何が起きているのか、知りたい。
起きている現象のことも、母親のことも、知らないといけない。
知りたい。教えてくれ。知りたい。
そう願って強く拳を握りしめた瞬間、僕の視界が真っ白に包まれる。
現実世界から切り離されたかのような空白の世界。
そして――
「逢沢くん!」
目の前でパン、と手を鳴らされて僕はわれに返った。
「あんまりよくない記憶を思い出すものじゃないよ」
「……ありがと。心配してくれてるんだ」
「いや、逢沢くんの気持ちには別に興味ない。ただここで泣かれても迷惑だしさ」
「はは」
冷たい物言いだったけれど、さほりんのお陰で嫌な回想をせずにすんだのは事実だ。僕はもう一度お礼を言った。あの事件からもうすぐ一年が経つというのに、いまだに僕の心を蝕んでいるらしい。
「……さて」
小さく息を吐いて気持ちを切り替える。
「僕はあの日、母さんの身に何が起きているか知りたい、って強く願った。その願いが天に届いて、天曳の力が発現した」
僕の言葉をさほりんが引きつぐ。
「でも実は逢沢くんのお母様がおかしくなっちゃったのは、お母様自身に天曳の力が発現してしまったからだった」
「いまお義母様って言った?」
「言ってない。だから君は、天曳の力を認識する、という力を得た」
頷く。
僕の天曳の力は、一定の範囲内で天曳の力が使用されていることを認識できる、というとても不便なものだった。
詳しい効果範囲を調べたことはないけれど、少なくとも学校の中で能力を発動していたら、発動したことを認識出来る。誰が、どこで、などは分からず、ただ頭の中にふと「力が発動しているなあ」という感覚が流れ込んでくる。
この力は力の発動を認識できるだけで、それに対応できるわけではない。
例えば体を拘束する力があったとして、僕は体を拘束されていることは認識できるが、身体を動かすことはできない。
そのまま好き放題されるしかない。
同様に、他人が突然金縛りにあったとき、僕はそれが生理現象ではなく誰かの天曳の力によるものだと認識できるけれど、使用者や対応策はわからない。
そんな微妙な力の代償に、僕は不可思議な現象、理解できない現象を知りたいという気持ちを失った。
――要するに好奇心を失った。
願いを叶える力を得られるかわりに、その願いの根源の根源を失う。
僕は、知れる能力を得られた代わりに、知りたいという気持ちを失った。
「昨日は言わなかったけどさ。逢沢くんの成績が伸びないのって勉強に対するモチベーションがないからでしょ。わからない問題を解きたい、っていう気持ちが皆無なのに勉強できるわけないよ」
相変わらずこの子は人が気にしていることをズバズバと言ってくる。
それもそのはずで、彼女、八嶋紗穂は他人の気持ちへの興味を失っている。かつて彼女も僕と同様に、強い願いの根源を失い天曳の力を得ていた。
だから僕は何かがあったらまずさほりんに相談するし、人の気持ちに興味がない彼女も、僕の悩みには付き合ってくれる。
僕が勉強に対するモチベーションがないというさほりんの発言は的を射ている。頭がいい人はみんなよく質問をする、とはよく言ったもので。あれは、頭のいい人は知りたいという気持ちが強いという意味だ。質問をするから頭が良くなるのではなく、質問をしたいという気持ちが頭を良くしているのだ。
好奇心旺盛な人間は成績も伸びやすい。
僕はそれを失ってしまっているので、いまいち勉強に身が入らないのも仕方がないのかもしれない。
――いやいや、そんなのは言い訳だよ。勉強しろ、僕。
そう自分に言い聞かせていると、さほりんが「今回の件はどうするつもりなの?」 という視線をという視線を投げかけてきた。
「そうだね。世界が停止したことでまだ実害は出ていないけれど、誰かが力を得たと言うことは、その誰かは大切な願いの根源を失ったっていうことだ」
通常、天曳の力を入手した瞬間の記憶が曖昧になるらしい。僕は【認識】できるので、発現時のことをしっかりと覚えているけれど、それは特例だ。
「抱えていたはずの大きな願いをいつの間にか失って、代わりに不思議な力を得ている。これってすごく怖いんじゃないかな」
僕がそう問いかけると、さほりんは曖昧に頷いた。
きっと彼女自身も経験があったのだろう。
「だから僕は、能力者を突き止めたい。突き止めて、その人に何が起きているかを教えてあげたいんだ」
世界が停止した瞬間は驚いていたので気が付かなかったんだけれど、確かに天曳の能力が発動されたという感覚があった。
つまり、能力者は学校の中にいる。
仲の良いクラスメイトかもしれない。お世話になっている先生かもしれない。
僕は生徒会をやっていたので、全校生徒の大半とは顔見知りだ。
顔見知りが困っているのに放っておけるだろうか。僕には無理だ。
「うん、逢沢くんならそういうと思ったよ。正直私は別にその人の気持ちには興味ないけどね。でも、世界を停止させる天曳の力はおもしろい。どんな能力で、なんで発現したのかはとっても気になるね」
さほりんは勉強が出来る。
先ほどの繰り返しになるが、勉強が出来る人の多くは好奇心が強い。さほりんは、未知の現象に相対したときわくわくするタイプである。
一方の僕は。
「……ま、まあ僕はどんな力かには興味ないんだけどね。でも、手伝ってくれるならありがたい」
どんな能力か、だなんて全く興味がなかった。
真逆のモチベーションを持っている僕たちは、顔を見合わせてため息をついた。
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