第四話

 事実は違ったものだったのかもしれない、ハインケルはそう感じた、今まで彼は自身の祖国を守り、再び発展させていくという使命に対して、いかなる疑問を持つことも、問いを持つことも許さなかったのである。帝国が先の大戦において崩壊していく様を見届けていた、勝利に対する信頼を裏切られたハインケル伍長にとっては自身の使命に対して疑いを持つ余地などなかったのである。彼は兵士となる前は、人生の落伍者というのが似合っていた。彼は幼少期、自分が歴史上の先人たちのように何か偉業を成し遂げると思っていたのだ。しかし、彼が挑戦して来た数々の事柄は全て失敗に終わったのである。才のなかった彼に残ったのは、傷付いた自尊心と、先の見えないような暗い日々だったのである。彼は自身の人生を呪ったのである、彼は打ち砕かれた夢を抱え続け殻にこもり、幸せの日々を、夢として見続けたのである。これは彼自身ですら気づかないうちに作り上げられてしまったものなのであるが、彼の心の内には彼の努力を否定し、その上、地獄にも思えるような、まるで人間ではないような扱いを強いてきた既存の秩序に対する憎しみがつもり続け、やがて、社会への復讐心ともいえるものが完成したのである。ある日、転機が訪れたのである。戦争が始まり、不足している兵士を補うために、志願兵を帝国は求めたのである。ハインケルは、即座にこれに応じた。彼はやっと、彼が成す偉業のための一歩を踏めるのだと思ったのだ。彼は最前線で戦う一人の帝国兵として誇りを持ち、身の危険を省みずに危険な任務も自分の意思で引き受けた。決して、戦地での生活は楽なものではなかった。味のしない保存食、固い地面での短い睡眠、過酷な任務、死への恐怖、彼ら兵士には常にこのような環境が取り巻いていた。それでも、ハインケルは戦争が起こる前の、鬱屈とした生活を送っていた時よりも、活発であった、彼は帝国の勝利を確信していたのである。彼は、通常なら彼の階級では与えられることのない勲章を授与された。彼は一般兵には成し得難い成果を出したのである。彼はそのような経験から作られた自尊心と、帝国への愛国心によって、戦争を望むのである。それに、今更回り始めた歯車をいったい誰が止められるのだろうか。


 ハインケルは壇上に立ち、両手を台の上に置き、周囲を見回した。彼の周囲には、演説のための会場の客席は、彼の演説を心待ちにしている彼の信奉者によって埋め尽くされていた。会場の観客たちは皆静かに落ち着き払いながらも全国指導者の言葉が発せられるのを心待ちにし、熱い視線を一人の男へ向けていた。帝国には、もはや共産者や敗北主義者といったような愚かで、帝国を破滅に導く、悪魔の手先は存在しなくなった。帝国に存在する全ての敵を帝国騎士団は処分したのだ。国内の憂いは全て取り除かれた。現状、先の大戦が始まったときの帝国のような準備不足という状況には当てはまらないだろう。帝国民は団結し、皆が一人の国家指導者へ忠誠を誓い、腕を組み、戦争へ踏み出していくのだ。たとえ、フランク帝国民が、最後の一人となろうとも、彼らは祖国の勝利のために戦地の中、突撃を続けるだろう。

 ハインケルによる演説が始まる。

「既存の体制に対する狂気

 資本主義に対する狂気

 共産主義に対する狂気

 狂気に対する狂気 

 全てはこれらに対する狂気により始まった

 我々の憎悪の火は数十年前の敗戦から

 今も燻り続けている、このような感情はたとえ 五十、八十、いや、復讐終えることがない限り

 千年経ったとしても残り続けるだろう

 我々はもはや誰にも止められない

 我々は一つの民族として団結し

 最後には一人の兵士しか残らなかったとしても

 それが、年端の少年であれ

 体を満足に動かすことのできないものであれ

 身も心も衰えた老人であれ

 塹壕、森林、平原、洞窟、至る所で

 戦い続けるだろう

 全ては、

 我々の永遠の繁栄を取り戻すための

 我々の誇りを取り戻すための

 我々の復讐を成すための

 大義ある、自身の民族のための、

 聖なる戦いなのである

 フランク帝国民よ、我々の愛する祖国は、

 今は亡き同胞たちは、

 我々の活躍を、英姿を、勝利を、

 期待している

 我々はこのような期待に応えなければならない

 この数十年の

 我々の苦しみは、怒りは、不幸は、

 今、この時のためにあるのである

 我々の敵は世界である、

 我々は周囲を敵に囲まれている、

 奴らは我々の土地と財産、挙げ句の果てには

 我々国民の労働力さえも奪い取ろうとしている

 もし、今戦いに負ければ我々は奴らの、

 家畜以下の存在に成り果てるだろう

 我々は我々の自由と繁栄、復讐のために

 今ここで再び、

 偉大なる戦いを始めようではないか

 フランク帝国に栄光あれ!」

 戦争の幕は開かれた、フランク帝国は先の大戦の敵対国の全てに侵攻を開始し、征服した土地を燃やし、灰の大地とするだろう。彼らが例え戦争の中で優勢、劣勢のどちらであろうと、多くの人間が死ぬだろう。例え、この戦争が終結したとしても、また、次の者が現れるだろう。次の戦争を始めようとする者が。そしてまた、多くのものが死に、また新たな戦争が始まるのである。

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帝国大戦記 かまつち @Awolf

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