第三話

 この日はハインケルと騎士団内の幹部、そして帝国騎士団とは別に存在する国防軍の最高司令官との会議があった。

 会議の内容は今後の帝国の展望に関してのものだった。このことに関しての話は、騎士団内ではある程度まとまっており、すでに方針は固まりつつあったのだが、その内容の中には、国防軍の拡大のための重要なものもいくらかあったので、その点について国防軍との会議を行い、最終調整を行う必要があったのである。

 初めはハインケルと騎士団幹部も話は順調に進むだろうと考えていた。帝国騎士団の今後の方針は、主に外交面と軍事面に偏ったものだった。

 今後の外交方針はフランク帝国の西に位置するガリア共和国とブリタニア連合王国に対抗するためにこの二カ国と敵対するルーシ・ソビエト連邦と連携をとることであった、しかしこれは短期的なものであり、帝国騎士団の真の目的は共和国と連合王国、加えて連邦の三カ国を打倒する機会を得ることであった。

 軍事面の今後の予定ではそのような野心的と言える外交方針を現実のものとするために以前と比べ、より大胆な軍拡をしようというものであった。騎士団の計画では、今後数年の期間は軍事に注力し、帝国の敵の被害より大きなものとするための強力な兵器の研究と製造を進め、そして兵士の数を増やし、周辺の大国をまとめて相手することのできる巨大な軍事組織を作ろうとしていた。

 元来、国防軍はハインケルに好意的であり、また彼が帝国の指導者となったときも軍は彼を支持したのである。帝国指導者とその部下達が軍が今回の会議でも自分たちの考えを肯定すらだろうと考えていたのは、それが理由であった。

 しかし実際には、会議が進むにつれて、軍の態度はハインケルが想定していたものとはかけ離れたものとなっていくのを見た。その上、会議に出席していた国防軍の最高司令官たるフィル・エルドが騎士団の方針の転換を促してきたのである。

 「全国指導者閣下、ガリアとブリタニアと敵対することは私の立場としてはお勧めできません」

 フィルはそう言い、ハインケルの顔を真っ直ぐとした目線で見つめた。彼の顔は自身の考えを否定する言葉により不機嫌なものとなった。

ハインケルの考えでは共和国と連合王国の連中は、いつになるかは不明だが、現在、大いに成長しつつある帝国を脅威とみなし、その芽が芽吹かないうちに叩き潰そうとしてくるのだと考えている。もしそうなれば、帝国は完全に崩壊し、再び蘇ることはなくなってしまうのである。そして帝国がそのような危機に瀕すれば、卑劣な東方の共産主義の連中は絶好の機会を見逃すことなく、その思想を帝国内に広めようとするだろう。そのようなことは絶対にあってはならないのである。

 フィルは全国指導者のそのような感情に多少なりとも気付いたが、それでも自身の意見を述べた。

 「閣下、あなたが帝国の存続のためにこれらの国の脅威を取り除こうとしているのは理解しています、そのためには、彼らと戦うしかないというかも」

 最高司令官はハインケルに多少の理解を示しながら、言葉を発することをやめなかった。

 「ですが、現在の帝国にはそれらの国々に対抗することのできるほどの力はありません。たとえ、軍隊の拡大を続けていったとしても、経済的な面において、かの国々と比較しても未だ我が国は貧弱なのです。それに...」

ハインケルの机を叩きつける音が会議室の中に響いた。ハインケルの我慢はもはや限界に達したのである。彼は声を荒げながら言った。

 「それで?フィル君、君はただ我々に奴らが我々を出し抜いていくを指をくわえて待っていろというのかね。君がそのような敗北主義者だというのなら残念だよ、君には失望した。」

 ハインケルはやや早口で、大きな声で話した。フィルは全国指導者の怒りの矛先を向けられ、多少の動揺を見せながらもどうにか平静を保ちながら再び口を動かし始めた。

  「しかし閣下、先の大戦においても敗戦の理由は帝国の経済圏の小ささによる物資の不足からきたものです。我々がたった今から戦争を始めたとしても、たった一二年で物資は底をつくでしょう。先の大戦の半分の期間しか戦えません。」

 「しかし、私は軍部が新たな戦略を考案していると聞いたぞ。発案者によると、その戦略は敵に瞬間的な打撃を与え、敵が隙を見せた際に素早い侵攻を行い、敵の重要拠点を奪取するものだと。」

 ハインケルはフィルの考えを愚かなものとして捉え、否定的意見を述べた。彼はこのような、日和見主義的将校をどうするべきかを考えるために長い間黙っていた。周囲の人間、騎士団の幹部、国防軍の者達、そして、断罪の対象である司令官はその場に立つ者全員にかかる重圧に内心、苦しみながら耐え、ハインケルの判決を待っていた。今この場において、ハインケルは裁判長であり、規則なのである。

少しの時が経ち全国指導者の口が動いた。

「フィル君、君を解任する。」

 ハインケルの口から小さいながらも確かな、固い意志を感じられる言葉が放たれ、再び会議室には静寂が訪れた。しかし、最初のものとはまた気色の異なる、より冷酷さがにじみ出ていた。

 フィルの部下はハインケルの決定に反論しようとしたがそれをフィルは静止した。

 「全国指導者閣下の決定に私は従いましょう。我々フランク帝国の軍人は決して自らの主君、そして国家の意志に反逆を企てることはありません。」

 比較的歴代のフランク帝国の軍部のトップの中でも若く、そして、大戦が終了した後の、フランク帝国が共和制の時代出会った時代から国防軍を支えてきたフィル・エルドはこの瞬間に軍務から離れることになったのである。


 国防軍は先の大戦が終了してから長いときの間、戦勝国との取り決めによりその規模を制限されていた。よって、このことから国防軍の軍としての性質はいかにフランク国を敵対しているものから守るかであった。

 しかし、新たな国家の指導者の台頭により国防軍の性質は変わっていった。国防軍の役割はもはや、帝国の守護だけではなくなったのである。

 そのような国防軍の、変容しつつあるが、未だ消えることはなかった守護者としての伝統、もしくはそのような精神を体現していたフィルが消えたことにより、国防軍はもはや国家の野心を満たすだけの暴力装置に完全に変わってしまったのである。

 国防軍は帝国騎士団の一部として取り込まれ、やがて騎士団員達の歩みに国防軍人も参加していくだろう。ハインケルを先導役とし、フランク帝国の帝国国民は、帝国騎士団の行進にほぼ全ての者が参加しただろう。

 東の連邦の手先である共産主義者を打倒し、帝国騎士団に懐疑的であった国防軍を手懐け、敵対的な者たちの存在を全て亡きものにしたハインケルは国内の自身の理想に対して反抗する勢力を消し去ることに成功した。彼の権力に反抗する者、もしくはできる者は国内には存在しない。後は自身のキャリアの仕上げにかかるべきだ。

 ハインケルの刃は国内の反逆者を切り裂いた。彼の刃に込められた怒りはしかし消えることはなかった。

 彼の、彼自身の、長い年月をかけ蓄積された怒り、憎しみ、鬱憤は未だ晴れることはなかった。

 彼の原動力たる負の感情が彼の心から消えるときが訪れなければ、彼が自らの歩みを止めることはないだろう。

 彼は再び帝国の民に銃をもたせ、民を前線に配置し、敵の巨大な陣地、敵の堅牢な塹壕、敵の活発に働く工場、敵の豊かで肥沃な農場、敵の生活のために整えられた家屋、敵の経済の中心として構築された都市に侵攻を命じるだろう。


 フランク帝国の全国指導者は己の怒りに操られた哀れな人間であり、彼は敵の絶対的な破滅を望んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る