第二話

 大戦が始まったばかりの頃、人々がまだ戦争の早期終結を信じていた時のことである、その頃は、少なくとも、フランク帝国では、多くの者が帝国の勝利を信じていた。たとえ、帝国の東西が敵国に挟まれていたとしてもである。当時の帝国は負けなしの新興国であった。帝国内には、強力な軍隊、強大な産業、固い国民の団結があった。東の、無限の軍量を誇るルーシや、西の、高い軍質を誇る、ガリアやブリタニアの軍隊であっても、当時、世界最大とまで言われた帝国軍は止められないと思われた。しかし、現実は違ったのだ。帝国の誇る軍隊はその名声ゆえに、すでに腐敗していたのだ。そのため、かの軍は敵軍を押し返すことは出来ても前進することは出来なかった。そして、前線は停滞化し、戦争は長期化、国民は戦争による重税や、食糧を含む日常に不可欠な物の不足に悩まされた。そして、国民たちの間では、厭戦気分が蔓延し、人民はパンと平和を求めた。当時、ハインケルはただの一般兵であった。その頃の前線に出ていた兵士たちは、自身ら国の内情を知るものが少なく、帝国の勝利を疑わないものも少なくなかった。よって彼らは帝国の敗戦を迎えたあとでも、自分たちの負けを認めなかった。よって、彼らは敗戦の理由を軍事的なもの以外に見出した。つまり彼らはいわゆる腐敗を招くといわれる社会主義という思想が国家の敗北を招いたと唱えたのだ。ハインケルはそのような反社会思想に染まったのだ。彼は荒廃した祖国を目前にしながらも前進し始めたのだった。


フランク帝国 帝都ベアール 帝国官邸

国民ドームの演説から数日がたった。官邸内は官僚たちの騒々しさで満ちていた。帝国の官僚は精密な分析力と合理的な判断力を合わせ持ち、そして、理性的であり、かつ情熱的である。彼らの頭脳から考え出されるものは、現在の帝国の状況に適した政策である。彼らの仕事は新たな帝国の、現在の惨状を打開し得る指導者の誕生によって、より熱意の込められたものとなっていくだろう。官邸内の奥に位置する事務室では現在、帝国騎士団長と騎士団員により今後の帝国内で行われる政治が考えられている。

「帝国内では、共産主義者と共和派の数は未だ多く、勢力としても衰えているとは言えません。地域別に見てみれば、彼らへの支持が根強い地域も存在します。いずれ反乱分子として、彼らが我々の脅威となる可能性は高いと言えます。彼らは全国指導者閣下の統治する帝国に反抗し続けることでしょう。」

ハインケルは椅子に腰掛けたまま団員の報告を静かに聞いていた。団員の報告は彼にとって、適切な時期にやってきていた。国会ではハインケルの発言や彼の提案した政策などへの批判を、度々共産主義者と共和派は行ってくるのである。実際にハインケルの提案が速やかに可決されることが多少困難であった。彼らは帝国の発展の障害なのである。

「また、これらの勢力を排除する方法についてですが、」

「そのことについてはすでに考えがある。」

ハインケルが団員の話を遮り、言葉を発した。団員の顔には疑問の表情が浮かんでいた。

「簡単なことだ。保安警察を使い、奴らを打ち倒せばいい。」

「保安警察ですか?ですが、彼らを動かすだけの正当な理由が我々にはありません。」

騎士団員はハインケルの言葉の意味は分かっていたが、その言葉の現実味を疑っていた。

「保安警察を動かすのに相応しい正当的な理由など作り出すのにはいくらでもやりようがある。もっと柔軟に物事を考えるんだ。いいな。」

それから、騎士団長は自身の計画を話した。


この日のベアールの通りは異常であった、この通りでは、いつもは人々の活気の満ちた騒がしさが耳にすることができたが、この日は人々の声もあまり聞こえず、聞こえたとしても、その声にはいくらかの戸惑いと恐怖が含まれていた。共産主義を表す赤い腕章を身につけた男が通りの片隅に隠れているのが見えた、男は今日、国内の共産主義思想の宣伝のため、仲間たちとともにこの通りの近くで行われる演説のビラを配っていた。異変が起きたのは、日が最も高い位置に昇ろうとしたときである。突然、ビラ配りを行っていた彼らを保安警察が捕縛し始めたのである。保安警察は帝国の保安機関であるが、その公務のやり方には手荒な部分があることで有名である。彼らは保安警察の突然の行いに当然抗議した。しかし保安警察はそれらを無視した抵抗した者は暴行を受けた後に捕縛され、それを見た残りの者たちは抵抗をやめたのである。男はこの騒動にまぎれて隠れていたのである。

クソ、なんだって急に保安警察の野郎共がやってきやがったんだ。まさか保安警察が、いや、帝国騎士団が共産主義者への弾圧を始めたのか?もしそうなら、同士たちが黙っていないだろう。

帝国内の共産主義者達は一つのグループとしてまとまっており、またいくらかの武器を隠し持っているのである。彼らが有事の際にそれらは思想を同じくする彼らの同士に配られるようになっているのである。

男は武装した同士たちの助けがくるのを待ち、街の小道へと続く曲がり角にて隠れていたのだ。

しばらくして保安警察の暴力による騒動の中道端に置かれ、忘れ去られている小型ラジオから、受信された放送が流れてきた。

「本日昼頃、帝都内にて、共産主義思想を持つ者によって構成される団体がフランク帝国の一般市民に対して暴行を働いたという報告がありました。保安警察からの情報によると警官隊がこれらの暴行を働いたとされる者たちを拘束しようとしたとき、相手方は警官隊に抵抗をしたとされています。」

違う、違う。

男はつい先程まで自身の見ていた光景を脳裏に浮かべながら、たった今、ラジオから流れていた情報を否定していた。実際に、最初に警官隊が自分たちを拘束しに来たのだし、暴力を振るったのだって、彼らなのである。しかし、政府の運営する放送局の話しか流れないラジオからは奴ら、帝国騎士団にとって有益な情報しか流れないのである。実際にラジオの放送はそのような情報を流し続けた。

「また、他の共産主義者はこのような状況から、出処不明の銃器を持ち、保安警察側に発砲を開始したという情報もありましたが、政府はこれに対し、軍の出撃を命じ、軍による、制圧が開始されました。現在、このような事件を起こした共産主義の思想を持った者たちによる動きはなくなりつつあるようです。」

男は、仲間の助けの望みがなくなりつつあるのを知り絶望した。そして、自身も何とか武器を手に入れ戦わなければと思った。次の瞬間に立ち上がり、武器のある場所へ男が行こうとしたときであった。ガチャッ、男が後ろを向いたとき、そこには、小銃をこちらへ向けたまた別の男が立っていた。次の瞬間男の視界は火薬の点火されたときの音がしたと同時に、フラッシュバックし、そこで終わったのである。


今回の事件によって、国内の共産主義者のほとんどは拘束されるか、死亡するという結果になった。これにより、国会における共産主義者たちの議席は消滅し、残りの帝国騎士団に反対の立場であった共和派の人間は帝国騎士団に吸収された。生き残った共産主義者たちも捕縛された後に、過酷な環境である強制労働収容所へと送られていった。結果として帝国騎士団の反対勢力は国内から消え去り、帝国騎士団の行いを止めようとする者はいなくなったのである。例え帝国騎士団がより過激な政策を打ち出したとしても彼らはそのような政策を即座に実行できるようになったのである。




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