第一話

 日のよく出た雲ひとつも見当たらない心地よい天気だった。首都では、新たな国家の指導者の誕生を祝う民衆が、路上や家屋の窓、様々な場所から、騎士団員によって作られた列の行進とともにやってくる、自分たちの新しい指導者となる男の顔を一目見るために顔をのぞかせていた。   今日この日、フランク帝国騎士団は、フランク帝国の唯一の正当なる党となり、帝国全国指導者がフランク帝国の正当なる指導者となるのだ。しかし、全国指導者ハインケルの表情は決して、現状に満足したものではなかった。当然である、今このとき、ハインケルがフランク帝国の国家元首という彼自身の長年の夢を叶えたときでさえ、帝国は敵に囲まれているのだ。帝国の指導者の地位につくことは、彼の夢の終着を意味するものではない、むしろこれからが始まりなのだ。彼は帝国の内外に存在する敵を排除しなければならないのだ。

 

 ハインケルは騎士団のために作られた、国民ドームの、壇上に立ち上がった。そして、目の前に存在する大量のそれぞれが異なる放送局のものである、マイクに一度目をやり、その後、自身の前方にある観客席全体を見た。観客席には、まだ二十代前半ほどの若者や頭髪が全体的に白くなっている者、女性や子連れの者もいた。彼らは全員、新たに帝国が生まれ変わる瞬間を、帝国を新たに生まれ変わらせる指導者の誕生を見に来ているのだ。観客席は最初こそ騒がしかったが、全国指導者の長い沈黙により、観客たちはむしろ全国指導者の様子が気になり、自然と静かになり、気づけば皆がハインケルに注目していた。

「今回の国民選挙において、私は全フランク国民の信任を得てフランク帝国の正式な国家指導者となった。このときを私はどれほど待ち望んでいただろか。」

落ち着いた声でハインケルは言った。

「これもひとえに諸君ら、フランク国民の、私への信頼のおかげだ。しかし、これで満足してはならない。」

少しだけ声が大きくなった。

「帝国のこの長年の間積み重なってきた問題は、まだ何一つ解決できていないのだ。帝国は数々の問題を抱え、今まさに崩れかかっている。なぜこのような事態になってしまったのだろうか。」

全国指導者の声はより大きくなり、その手は、今話していることの大きさを表すかのように、動かされ始めた。

「それは、以前のこの帝国を運営してきた政治家達による失策によるものなのだろうか。確かにそれもあるだろう。先の戦争が終結してから早くも長い年月がたった。周辺の国々はすでに復興し、新たな繁栄と安定を得ている。それなのに我々が今もなお、貧困や産業の停滞、つまり不況を経験しているのは、以前までの無能な政治家たちのせいなのだ。」

ドーム全体の空気は段々と熱気を帯びてきていた。観衆の目線からもそれはよく感じられた。「我々フランク帝国騎士団に求められているのは、うわべだけの格好でもなければ曖昧な行動でもない。帝国の復興とさらなる繁栄を我々は追求しなければならないのだ。さあ、フランク帝国民よ、今こそ団結し、我々の祖国のために立ち上がるのだ!」

 その瞬間数多の拍手がドームの中で鳴り響いた。二つの手から鳴らされるその音は、段々とたの拍手の音と重なり合い、より大きく、より大きく音を鳴り響かせた。今この瞬間に、長年、苦しみにもだえ、耐えてきた、帝国の運命は一人の指導者と彼の率いる帝国騎士団によって導かれることが決定したのだ。帝国民の多くは、新たな強い指導者の誕生に歓喜し、中には、自分たちが、長い間味わってきた辛苦から解放されると信じ、涙を流している者もいた。帝国騎士団団長たるハインケルは壇場からそれらの様子をまじまじと眺め、そして、次の言葉を発する時が来るのを待っていた。



 ドームでの演説の後、帝国騎士団は自身らが団の活動の拠点していた通称、狼の家と呼ばれていたビアホールで祝賀会を開いていた、祝賀会では、帝国騎士団員たちによる様々な催しが行われた、ビアホールの中の広場では、流れる音楽とともに、踊りをする者もいた。祝賀会は団員の高い士気をより良いものとした。ハインケルは、ビアホールの二階にあるバルコニー席から一階のそのような様子を見ていた。そして、祝賀会の様子に満足した。ハインケルは祝賀会の様子を見届けた後、自身の使っている事務室に戻った、室内は、もともと部屋にあったものの大半がなくなっている。自身の新たな活動の拠点となる帝国官邸の方へ移されたのだ。残っていたのは騎士団のシンボルである黒の鉤十字を中心に、白い円が鉤十字を囲み、残った部分は赤く塗られた旗ぐらいであった、それは部屋の奥の壁に両端を固定され、吊るされていた。ハインケルにとって、そのシンボルは、敵対者を畏怖させ、同志を鼓舞する力を秘めているように感じられる。そのシンボルの短い歴史は、彼自身の政治的活動の期間とほぼ時間である。そのシンボルは現在、帝国内において、あちらこちらで見られるものとなっていた。たとえ、帝国騎士団長がこの世から消え去ってしまうような事態になったとしても、このシンボルだけは残り続けるだろう。そして、それからも、この鉤十字の描かれた帝国騎士団の旗は、人の行き交う街道で、薄暗くしまった路地裏で、あるいは、人々の心の中で、永久にはためき続けるのだ。それはまるで、狂気的とも言える呪縛であった。

 それから、騎士団長自身の今までの政治活動の成果とも言えるシンボルの思索に耽っていた。そして、自身の成功に対して喜びを噛み締めていた。しかし、ハインケルは、机上に置いてあった地図に、不意に目をやった。地図上では、自分の国家以外にまるで自国を取り囲むのように諸外国が存在した。今度は、彼はその地図をしばらくの間見つめていた。地図の国境線は現在のものとしては、ひどく正しいものとなっていた。少なくとも、フランク帝国の現在の国境を示すものとしては、だが、その地図は将来的には誤りとなるだろう。ハインケルの瞳には、熱がこもっていた。その目に見つめられた者の体を焼き焦がしてしまいそうだと勘違いをしてしまうほどの熱がこもった瞳だった。先の大戦を経て、フランク帝国の国民の多くは帝国の領土内にとどまることができた。だが、帝国の割譲させられた、決して狭くはない領土の多くには、いまだ多数のフランク系の国民が取り残されている。帝国と帝国民は早急にこれらの分断された国民、取り上げられてしまった国家の最大の財産とも言える領土を取り戻さなければ帝国に未来はなく、いずれ周辺の国々に帝国の全てを食い尽くされてしまうだろう。それが帝国騎士団長の絶対的な考えであった。

 そのような不幸な帝国の未来の回避のために今、ハインケルはここに立っているのだった。現在の帝国を再び再興させ、すべての領土と人民を取り戻すために。そして、フランク帝国が今後、永久的なものとなるようにするために、より多くの、フランク帝国の最盛期を超える、広大な領土を得なければならないのである。

 世界中の各国が、大戦の敗戦国であったフランク帝国の野心的であり、凶暴性を持った新たな帝国の指導者の今後の行動に注目することになるだろう。世界には、帝国騎士団長の戦勝国への復讐の主張がただの威勢のいいだけの、戯言であることを祈る者も少なくはないだろう。様々な民族の存在する、分け隔たれた世界が、再び帝国から身を守るためには、他民族同士による団結が必要となるだろう。はたして赤い血の洪水は食い止められるのだろうか?

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