7日目

テーマ:「髪を結う」

モチーフ:「踊り子」「なびく髪」「薔薇」


「ど? 似合ってる?」


 開演の直前、ステージサイドの照明調整室にやって来た羽奈は、人形のように可愛かった。肩ほどの高さまで伸ばした黒髪は艶やかに輝いており、メイクのせいか普段よりも垢ぬけて見える。


「……控室から抜けてくるなよ」


 内心を気取られたくなくて、思わずぶっきらぼうな態度を取ってしまう。


「いいでしょちょっとくらい。本番前はみんなピリピリしてるから、緊張ほぐしたくて君と話に来たんだよ」


 しかし羽奈は気にする様子もなく、壁に立てかけてあったパイプ椅子を広げて腰を下ろした。

 羽奈が所属しているアイドルグループの衣装は各メンバーの体形にぴったりと合うように作られており、肩や太ももなど露出も多い。気を抜くと視線が吸い寄せられそうになるので、俺は忙しいフリをして機材のマニュアルに目を落とした。


「それにしても、まさか君のバイト先で公演することになるなんてね」

「本当にな。俺も驚いたよ。主任に知り合いがいるグループだって言ったら無理矢理シフト入れられたし」

「あはは」


 パイプ椅子の上で左右に揺れながら、羽奈は面白そうに笑った。


「でも、よかったじゃん。おかげで私たちのステージを見れるんだからさ」

「それは……どうだかな。ここからだと頭しか見えないよ」


 照明調整室はステージ上手側の二階部分にあるため、位置的にステージで踊るアイドルたちの顔を拝むことはできない。

 そりゃ俺だって羽奈のパフォーマンスを見てみたいが、仕事となれば話は別だ。こればっかりは仕方がない。

 

「そっか、それは残念だな~。今日は君に私が輝いてる姿をたくさん見せてやろうと思ったのに」

「まぁ、機会があったら別のライブに行くよ」

「それ絶対来ないやつでしょ」


 俺の返答を聞いて、羽奈は不機嫌そうに頬を膨らませた。

 ……否定はできない。だってクラスメイトの女子のライブとか恥ずかしくて行けないだろ。


「…………まったく、仕方ないな。今日だけ特別だよ」

「え?」


 そう言うと、羽奈はどこからかヘアゴムを取り出し、自分の髪を後ろで一つに結び始めた。


「髪型って勝手に変えていいものなのか?」

「だから特別だってば。本当は相談した方がいいんだけどね」


 曲がらないように何度か位置を調整してから、慣れない手つきで探るように髪を結う。


「今日のセトリはダンスの時に髪がなびいた方が見栄えがいい曲が多いから、みんな髪を下ろしてたんだけど、私だけは特別に」


 パチン、というゴムの音が小さく響いた後、羽奈がゆっくりと髪から手を放す。


「どう、かな?」


 ポニーテールが揺れる。羽奈は先ほどよりも小さな声でそう聞いてきた。自信がないのだろうか、顔がやや俯いており、上目遣いでこちらの様子を伺っている。

 その頬が少しだけ赤く染まっているのを見て、思わずドキリと心臓が跳ねる。


「これなら、上からでも私がどこにいるかわかると思うからさ――」


 太ももに両手を挟み、椅子の上でもじもじとしながら、羽奈は照れたような笑みを浮かべてこう言った。


「——ちゃんと見ててね」


 その笑顔を前にして、頷く以外に、俺に取れる行動は何もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一週間短編執筆生活 ~2023年11月~ 宝場 巧 @TakaraBox

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ