第23話 勇者、育休に入る。



「そうか、無事に生まれたのだな」


 モルダーン城、謁見の間。

 子どもの誕生を見届けたその足で、ラカンはローガ王の元へ報告に来ていた。


「ということはいよいよ今日からそなたも育休に」

「まずは『おめでとう』でしょう、陛下」


 隣に座るココット王妃に指摘され、王は「わ、わかっとる! 今言おうとしてたところ!」と慌てて弁明する。

 なんだかんだ、あの一件以来ココット王妃は公務に顔を出すようになった。どうやら長年言えずにいたことを吐き出せてスッキリしたらしい。王は王でこれまでの行いを反省したのか、最近は会食を減らして夫婦での食事の時間を取るなど関係修復に努めているのだとか。


「ラカン。初めての育児は大変なことばかりでしょうけど、二人ともあまり思い詰めすぎないように。困ったら周りを頼るのですよ」

「はい、王妃殿下」


 ラカンはしかと頷く。

 退院後からが本番という彼女の助言どおり、セリアと赤ちゃんが退院する五日後にはラカンの母に手伝いに来てもらうことになっている。セリアが回復に専念するためにも、家事はしばらく母に任せ、ラカンは授乳以外の育児全般を積極的に担当するつもりだ。


「……して、そなたの育休についての公表時期だが」


 ローガ王はううむと腕を組む。

 これまで、ラカンとセリアの結婚についての情報は限られた人のあいだにとどめていた。表向きには勇者一行はまだ魔王討伐任務の最中ということになっているからである。国民の士気に影響するのはもちろんのこと、魔王軍を牽制する意味もあった。

 しかし育休に入るとなると長期間なのでさすがに伏せておくには無理があるし、ラカンが先日提言したように公表することのメリットもある。

 だからローガ王は、とある情報とセットであれば公表しても良いと考えていた。

 そのとある情報とは、勇者の剣に代わる新型魔工兵器の発表である。勇者以外にも個人の戦力が増強できる見込みがあれば、魔王軍もそう簡単には侵略してこれまい。

 だが、なかなかに難航しているという開発状況、おまけに子が生まれたのが出産予定日より早かったため、さすがに今日発表することはできない――と思っていたら。


 バタン、と力強く謁見の間の扉が開け放たれる。

 現れたのはキャリィとダルトンだ。

 しかしキャリィ、酷い見た目である。

 髪はぼさぼさ、まともに食事を摂っていないのか以前見たよりも頬がこけて痩せたように見える。足取りは酔っ払いのごとくふらふらと覚束なく、倒れそうになるのを途中でダルトンが支えてやっていた。


「へへ、へ……。できた、できたよ」


 怪しげに肩を震わせて笑う。

 色濃いくまに縁取られた瞳は睡眠不足で血走っているが、もはや眠気のピークはとうに超えて一周回ってハイになっているようである。ちょっと怖い。


「キャリィ。できたって、まさか」


 ラカンが恐る恐る尋ねると、彼女はキラリと目を輝かせた。


「そう、そのまさかさ! さあダルトン、お披露目だ!」


 キャリィの合図に合わせ、ダルトンは背負っていた大剣を鞘から引き抜く。

 つばの部分に魔石がはめ込まれた意匠の剣。魔石の周囲は剥き出しの魔導ケーブルが何本も複雑に絡み合い、その裏に設置された物々しい雰囲気の動力装置に繋がっている。いかにも試作品プロトタイプらしい未完成の見た目。

 ダルトンが僅かに柄を握る手に力を込めると、魔石が煌々と光をたたえ出した。あまりのまぶしさに目がくらむ。


「ま、待て、キャリィよ! その反応は暴発の兆候ではないのか!?」


 うろたえる王。しかしキャリィは落ち着いた様子でペロリと乾いた唇を舐める。


「まあ見ててよね――っと!」


 ギュイイイイイイイイイインッ!

 激しい駆動音がして、動力装置から勢いよく湯気が噴き出した。

 たちこめる白い煙。思わず王妃も短い悲鳴を上げるが、それでもキャリィは動じない。

 やがて大剣の剣心に血管のような軌跡を描きながら魔石の放つ光が這い上がっていく。

 かとと思いきや、切っ先にたどり着いた時点でそれは勢いよく逆流した。そう、ダルトンの腕に向かって。


「うおおおおおおおおっ……!」


 ダルトンが苦しげに顔をしかめながら大剣を振り上げる。

 そして誰もいない方角に向かって一閃。

 ズバッ!

 空気を裂く音が響いたかと思うと、謁見の間の壁に巨大な切り傷が刻まれた。とても人の手でつけたとは思えない傷だ。重厚に作られたはずの壁をいとも簡単に貫通し、向こう側の廊下が垣間見えている。


「ちょ、我が城ぉぉぉぉ!!」

「どうです、王様。これがボクの発明した新型魔工兵器エクスカリバーさ!!」

「いや、我が城ぉぉぉぉ!!」


 ふふんと得意げに鼻を鳴らすキャリィであったが、彼女の言葉は城が破壊されたショックで王の耳には入っていない。

 魔石はもう光を失っており、ダルトンはがくりと膝をついた。全身汗だくだ。


「大丈夫か、ダルトン」


 ラカンが肩を貸す。大丈夫、と返事が返ってくるも、強い魔族との連戦を経た後のように息を切らしている。ダルトンはラカンの支えでよろりと立ち上がると、鞘に収めた大剣をキャリィに差し出した。


「やっぱり実用化にはまだ無理があるぞ……。起動後は重すぎてコントロールなんかできやしない。今やったみたいに一発ぶっ放すのがやっとだ」

「そうだねえ」

「おまけに反動の疲労感も半端ないんだが……」

「うん。ダルトンじゃなきゃ増幅させた魔力の逆流に耐えれなくて腕がはち切れてたかも」

「な……はち切れ……!?」

「けど光明は見えた。なんとか間に合わせてみせた」


 彼女はラカンに向かってニカッと歯を見せて笑う。


「君がいつも言っているとおり、案外もんだね」


 グッと差し出された拳に、ラカンも拳を突きつける。

 なんとかのさせ方の規模がちょっと違う気はするのは置いておいて……仲間が自分たちのためにここまでしてくれるなんて、なんと恵まれているのだろう。

 落ち着いたら必ず恩を返そう、ラカンは胸の内に誓う。


「実用化に向けての段階はさておき……これでラカンの育休と新型魔工兵器の発表は同時にできそうですわね」


 愕然としているローガ王に代わり、王妃がこほんと咳払いして仕切り直した。

 ラカンは居住まいを正すと、改めて王と王妃に頭を下げる。

 一悶着ふた悶着はあったが、こうして勇者が育休を取ることを認めてくれたこと、そのために各所へ働きかけてくれたことに感謝を告げて。


 いよいよだ。いよいよ始まる。

 そういえば初めて勇者の剣を手にした時、仲間と共に旅を始めた時も、こんな気持ちだった。

 未知のことへの不安はあれど、きっとなんとかなる――そう思えば次第に期待へと形を変えて、胸が高鳴るこの感覚。

 ラカンはすうっと空気を吸い込むと、その場にいる皆に向けて高らかに宣言した。


「では、行って参ります! 育児という新たな戦いの場へ――!」



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