第4話 勇者、おめでたを報告する。



 モルダーン国王、ローガ・モルダーンはそれなりに名君である。

 よわい五十二。

 彼が王位に就いたのは先代の父王がやまいにてこの世を去った三十年も前。

 父の早すぎる死に加え、世の情勢は最悪であった。魔族によって次々と奪われていく人間の領土。先代の時に行われた東部領域奪還作戦は失敗に終わり、多くの兵士を失って国力も低下していた。


 ローガは政務に奔走する日々を過ごした。

 限られた資源を有効活用するための省エネ魔工具開発の推進、国力増強のための女性の社会進出支援、王都への移民受け入れ施策、軍事用魔工具の導入による戦力強化、そして彼の最大の功績とも言えるのが『勇者登用制度』である。


 モルダーン王家に伝わる秘宝・勇者のつるぎ

 いにしえの時代、人と魔族の争いが起きた際にこの剣を振るった勇者が魔王を倒したという伝承が残っている。伝承によれば、剣に認められしものは常人の百倍の膂力りょりょくを得ることができるというが、そうでないものにとっては百人がかかりでも持ち上げることすらできないであった。

 ゆえに王家の宝庫の奥底にしまい込まれたままだったのだが、ローガが魔法工学院の研究者たちに調査させたところ、この剣が「特定の魔力の型を持つもの」のみに使用できる縛りを課せられた古の魔工具であることが発覚したのだ。


 そこで、ローガは国内外からこの剣を抜くことのできるものを広く募った。

 何人もの人々が挑戦しては敗れていったが、辺境の村から農産物を売りにやってきていた一人の青年だけは、サツマイモを引っこ抜く要領でいとも簡単に剣を抜いてみせた。

 それが現在の勇者、ラカンである。


 伝承の通り、剣を手にした彼は王国軍兵士の誰よりも強く、瞬く間に魔王軍幹部を討伐していった。

 このままいけば、父王の悲願であった魔王討伐も為せるだろう。

 ローガにとって勇者ラカンは何よりの希望であった。

 家族も顧みず政務に身を賭してきた彼にとっては、もしかすると実の息子のように肩入れしている節もあったかもしれない。

 魔王討伐のあかつきには、褒美として自身の娘を嫁にやってもいいくらいに思っていた。


 だからこそ、その勇者からまさか魔王討伐の前に子ができたなんて報告を聞くとは夢にも思わず。


「お、お、おおおお……お前たち何をやっとるんだ――!!」


 と叫んでしまった。


 だいたい、彼らが姫を連れずに王都に戻ってきたという話を聞いた時から薄々嫌な予感はしていたのである。やることやらずにやることやってるとは一体どういう了見か。こんなことなら勇者一行を全員男で固めるべきだった。いや、男だけにしたとしても、戦場という命を賭けた場面では愛が育まれがちという先例が古今東西……。


 「申し訳ありませんっ! 申し訳ありませんっ!」とぺこぺこ床に頭をつけるラカンの様子を見て、ローガは深いため息とともに玉座に座り直す。

 ともかく、できてしまったものはどうしようもない。相手が聖スピカ教会の聖女である以上、教会で禁忌とされている堕胎という選択肢はないだろうし、もちろんローガ自身人として、一人の親としてそんなことを命じたくはない。


 ローガは咳払い一つして威厳と冷静さを取り戻す。


「すまぬ、取り乱した。まずは『おめでとう』と言うべきだったな」


 ラカンとセリアの二人は深々と頭を下げる。そのシンクロした動きに彼らが愛し合っていることを目の当たりにしてしまった気がして、ローガは眉間に寄りかけた皺を揉む。笑顔、笑顔だ、わし。


「して、予定日はいつなのだ」

「六ヶ月先頃、と薬師の先生には言われております」


 六ヶ月と言っても、赤ちゃんは予定より早く生まれてくることも多々ある。

 ゆえにモルダーン王国では予定日の六週前から産休に入ることを推奨し、本人から産休の申し出があった場合は雇用主側はそれを拒否してはいけないという法を定めている。

 また、妊娠報告をした女性を不当に閑職に追いやったり、自主退職を促してはならない。雇用主側は本人の意思を尊重し、健やかに職場復帰ができる環境を整えるべきである……という国の方針を定めたのはローガ自身であった。


「セリアよ、まずはそなたの考えを聞かせてくれるか」


 できるだけ穏やかな口調で問いかけると、彼女はおずおずと口を開いた。


「その、ぎりぎりまで聖女の仕事は続けるつもりです。産後もなるべく早く仕事に戻りたいと思っています。ただ、妊娠中はお腹の子への負担を考えると戦闘の場に出るのは難しく……」

「うむ。まあそれはそうであろうな。わしとて無茶は言えん」

「申し訳ございません……」

「いや、こうなったからには仕方ない。とはいえ勇者一行には戦闘に出られる代わりの聖女は必要だ。聖スピカ教会にはわしも一筆書くから、そなたから報告し代わりの人員を用意してもらうように」


 「かしこまりました」と頭を下げるセリア。声は消え入るように小さく、そのまま床に沈み込んでしまいそうなほど意気消沈している。真面目な性格の彼女のことだ、今回のことに相当責任を感じているに違いない。

 彼らに大切な娘の奪還を依頼している一人の父親としては言いたいことが山ほどあるのだが、一言でも感情的にぶつけたら彼女はそれを何十倍にも重く捉えてしまいそうで、ローガは必死に言葉を飲み込んだ。ただでさえ、昔はなんともなかった言葉がいつの間にか地雷に変わっていることも多い世の中である。油断はできない。


 だがラカン、そなたは別だ。

 ローガは溜め込んだ感情の矛先をラカンに向ける。


「ラカンよ。セリアとお腹の子のためにも、これまで以上に働かなくてはな」


 有無を言わさぬ笑み。首を縦に振らざるを得ない言葉。

 長年人の上に立ってきた者として、そういった能力に関してはそこの若者に比べれば何枚も上手うわてな自負がある。

 ラカンが顔を上げ、口を開こうとする。だがそれより前に、あえて空気の読めない年長者のふりをして畳み掛けるのである。


「代わりの聖女が見つかり次第、ただちに出征せよ。なあに、まだあるではないか。それまでに魔王を討伐して姫を救出すれば良い話。そうすればわしも何も言うまいよ。ハハハハハハハ……」






「なんか、思いきり圧かけられた気がするな」

「ええ……」


 モルダーン城を出たラカンとセリアは、どっと疲れが出て城下町の噴水広場にあるベンチに座り込んだ。

 魔王討伐の旅に出る前、何気なく歩いていたモルダーンの王都。

 魔工具で発展した近代的な都市。人で賑わっているのは相変わらずだが、今は少しだけ景色が違って見える。


「ねえセリア」

「はい」

「この街、こんなに子どもが多かったっけ?」


 するとセリアがぷっと吹き出した。


「今、私も同じことを考えていました」


 謁見のあいだ張り詰めていた彼女の表情が少しほぐれる。


「子どもたちのことはもともと好きですが、最近より愛おしく感じるようになりまして。すれ違うと無意識のうちに笑いかけてしまいます」

「わかるよ。きっと、自分が当事者になったからかな」


 子連れの家族を見かけるとついつい目が行ってしまう。だから人口自体はたいして変わっていないのに、以前より子どもが多いように感じるのだ。

 観察していると、いろんな形の家族がいる。

 両親と小さな子三人で仲良く手を繋いでいる人たちもいれば、母一人で下の子を脇に抱えながら「あっちに行きたい」と主張する上の子に腕を引っ張られている人もいるし、父一人でベンチに腰掛けまだふやふやの赤ちゃんに哺乳瓶でミルクをあげている人もいる。


 自分たちは一体どういう形の家族になるのだろう。

 ラカンは物心ついた頃に父を亡くしている。だから普通の家族の形を知らない。

 自分が父親になるなんてまともに想像したこともなかったが、もしそんなことがあるならばなるべく家族を大事にしたいとは思っていた。父親がいなくて他の家を羨ましく思ったことが何度もあるからだ。


 ただ……勇者という立場で、それは可能なのだろうか。


 王の言う通り、子どもが生まれるより前に魔王を討伐してしまえばいい話。

 だが、それで済むだろうか。

 たまたま勇者の剣を抜いた途端、本人の決意が固まるより先に勇者としてお偉いさん方に紹介され、高額な装備を一方的にプレゼントされ、いつの間にか外堀を埋められていたラカンである。

 ローガ王はなかなか手強い。

 魔王討伐の後も、ずるずるとモルダーン王国軍に引き入れられ、国境の警備やら仲の悪い隣国との戦いやらに駆り出される可能性が……なくはない。


「ラカン。心配しなくても大丈夫ですよ」


 ラカンの心中を見抜いたかのように、セリアは言った。


「あなたは勇者、かけがえのない存在です。育児のことは私に任せてもらえればいい」

「だけど、セリア……」

「らしくないですよ、ラカン。これだけ世の中に人の子がいるのです、育児のノウハウだってきっとたくさん蓄積されているに決まっています。陛下のおっしゃる通り、まだあるんですから。計画的に準備すればきっと乗り越えられますよ」


 セリアは意気込むように、お腹の前でぐっと拳を握ってみせた。

 なんて頼もしい。

 この人が妻になるなんて、自分は幸せ者だ。


「そうだね、セリア。オレらしくなかった。きっとなんとかなるよな」


 胸の内がすっと軽くなったラカンは立ち上がり、彼女に向かって手を差し伸べる。


「今日はダルトンとキャリィに頼んで、二人とは別のところに宿を取ったんだ」

「まあ……」


 夕陽に照らされた彼女の頬がほんの少し赤らんだ気がした。

 ストーンウォールから引き返す道中、他の二人とずっと一緒だったのでなかなか二人きりになる機会がなかったのだ。

 妊娠中だからあまり刺激的なことはできないが、安定期に入ったので多少のイチャイチャは許されるらしい。薬師にそんなことを聞くのは顔から火が噴き出るくらい恥ずかしかったが、恋人の段階をすっ飛ばして夫婦になったばかりの二人には大変重要なことであった。


 ラカンとセリアは手を繋いで仲睦まじくその場を後にする。


 なお、二人は気づいていない。

 その場にいた先輩パパママたちが二人の会話に密かに耳を傾けていたことを。

 そして皆、こう思っていたことを。


 ――計画通りになんて、そうは行かないのが育児だよ!!


 初々しい新婚夫婦を温かい眼差しで見送りながら、これから彼らが直面するであろう苦労を思い、心の中で血涙を流す。しかしそれを乗り越えてこそ家族の形は成されていくのだ。願わくば二人が望む形の家族になっていけるよう、彼らは胸の内でそっと祈るのであった。


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