第4話 揺れる魂の天秤

 ――そいつは若い男だったねぇ。見た目はサラリーマン風の気が良さそうな顔立ち。電車にハネられて死んだというその男は、生前の徳を強調し生まれ変わりを要求しているが、アタシはどうにも腑に落ちなかった。

 そう。昔、アタシの周りに腐るほど居た奴ら。嘘つきの臭いがプンプン漂う、クソみたいな奴らと同じ臭いがしたのさ……。


 和室の一角に置かれた、大正ロマンの雰囲気を醸し出すモダンなテーブルに肘をつき、少し行儀が悪い格好のまま千景は青年を見つめた。


 マサは閻魔帳を一瞥すると男を睨みつける。


「確かにテメェは線路に突き落とされた被害者だ。だがな、殺された理由は詐欺被害者からの復讐だろうが!」


 青年はマサの怒気と非情の眼差しに射貫かれ凍りつく。


「だ、だったら、なんで俺はここに来たんだよ! 生き返られんじゃ無いのか?」


 ――可哀想にね、膝がガクガクと震えているよ。

 千景はテーブルに乗せられた菓子入れから煎餅を1枚取るとポリポリとかじる。


「アタシは甘いお茶請けより、しょっぱい方が好きだねぇ」

「私はどちらでもいけます」


 ひと仕事を終えて戻って来たユキも煎餅に手を伸ばした。


「いちいち、テメェとの問答に付き合ってる時間はねぇんだよ」


 その声に反応して千景が顔を上げると、

 マサが鈍色に光る古めかしい天秤を掲げるところだった。

 その天秤の片方には誰かの心臓が乗っている。

 もちろん心臓はピクリとも動かない。


「コイツはな、人間の一生のうちで積み重ねた善行と悪行、どちらが多いかを調べる秤だ。片方にはテメェの心臓。もう一方には下界の全てを見通す白鴉の羽根を乗せる。するとどうなるか?」


 ――悪行が多ければ心臓が下がり、善行なら逆って訳ね。どこかの昔話で聞いた話だわ……。


 千景が目を細める。

 マサは魂の天秤に白い羽根を乗せると、天秤は激しく傾き心臓が床に落ちた。


「と言う訳だ。テメェに一切の救いはねぇ」

「そっ、そんなのインチキだ! 羽のほうが重いなんて有り得ねぇだろ……」


 往生際悪く粘る青年。だが、その顔は血の気が引いている。

 マサは無言で長ドスを抜き放ち、切っ先を男に向けた。


「いっ、今更切られたって痛みも感じねぇし! しっ、死ぬことだってねぇ! 何も怖くねぇよ!」

「俺が伊達や酔狂でこんな長ドスを持ち歩いていると思ったか?」


 ――やる事が強引だねぇ。


 千景が訝しがった顔を見せると、何処からかアリスが現れて耳打ちする。


「あれは閻魔様が持つ刀と同じで、切った者を強制的に輪廻の輪へと送る葬送の刃。その名を六道の辻と言います。もちろん生きている人間を切ることは出来ません」


 長ドス・六道の辻で袈裟斬りにされる青年。


「テメエには欲にまみれた餓鬼道すらぬるい。四悪趣行きは確定だろうが、行き先はテメェで確かめてこい!!」


 青年の姿が薄れ、白い粒子になると上空へと消えていった。


「さてと、あの野郎がここに来た理由はアンタだな」


 ユキに付き添われて一人の若い女性が姿を現した。


「實藤千恵美、あの男と一緒に無理心中か……。結婚詐欺に遭ったとはいえ本気で愛してたんだな? だからアイツにも転生するチャンスがあった。 だが、あの野郎は自分の事ばかり並び立てて、あんたの事はこれっぽっちも言わなかった」


 女性は無言のままマサを見つめる。


「あんたは加害者であっても被害者だ。 また人間に生まれ変われるかも知れねぇな……。 どうする? 自分で行くかい?」


 マサは真っ直ぐ女性へ視線を送る。

 その眼差しは慈愛の眼差しその物であった。

 彼女は頷くと霧となり六道輪廻の環へと吸い込まれていった。


「マサ様のスキル・慈愛の眼差しは六道の辻で切られたのと同じ効果が有ります。ただし、心の底から成仏して欲しいと願った時だけですケドね」


 アリスは千景の隣に着席すると緑茶をすすった。


「私はこの緑茶とやらに合うお茶請けなら、何でも好きですね」


 ○△□○△□○△□○△□


「ふん、見事な大岡裁きってヤツかい?」


 千景はテーブルに手を付くと、ダルそうに立ち上がった。


「その天秤でアタシの罪も計ってくれないかい? アタシも詐欺の片棒を担いでいた自覚はあるんだ」


 昭和最後の巨大詐欺事件として知られた事件。当時のトップ女優として抜群の知名度を誇っていた千景は、その広告塔として起用されていた。国会議員まで巻き込んだその詐欺事件は数万人もの被害者を出し、首謀者は国外へ脱出したのち逃亡先で死亡。事件の全容は解明されないままであった。

 千景の襲撃事件もその流れでの出来事だった。


 ――アタシだって詐欺ってことは薄々勘付いていたさ。断罪されるなら甘んじて受け入れるよ。


 マサは無言のまま天秤を掲げると、両の皿に心臓と羽根を捧げた。

 マサが手を離した瞬間、天秤は……傾かない。

 天秤は鈍色の腕を揺らすこともなく、バランスを保ったまま両の皿を支えている。


「なんでさ! なんで傾かないのさ? アタシたちのせいで苦しんだ人や路頭に迷った人だって大勢居ただろうに!」

「アンタが無実って事じゃぁねえよ。事件の後、何十年もベッドの上で生き続けて来た理由を考えた事があるか?」


 マサはユキに合図を送る。ユキは頷くと、奥から背丈ほどの大きな姿見を押して来る。


「これは照魔鏡。真実の姿を映し出す鏡だ。アンタにも分かるように見せてやろう」


 鏡に映し出されたのは人工呼吸器に繋がれた女性と、その傍らに立ち心配そうに覗き込む若い女性。

 場面が変わり、人工呼吸器が外された後もベッドで眠り続ける千景とその介護を行う同じ女性。季節や年月が移ろいでも部屋の中は変わらない。


「あの子はアタシのマネージャー……」

「この女はアンタが死ぬまで介護を続けた。それこそ人生の大半を注ぎ込んでな。それだけじゃ無い。その費用は全国のファンたちが集めた募金から出ている。みな、アンタが復帰するのを願ってやまなかったそうだ。そんな奴らの願いがアンタの罪をチャラにしている」


 食い入る様に照魔鏡を見つめる千景。


 ――そっか、すまなかったね。


 千景の頬に一筋の涙が流れた。


 ○△□○△□○△□○△□


 転生の間。

 マサの和室にて改めて向き合う千景とマサ達。

 千景は正座のまま深くお辞儀をすると、マサを真っ直ぐに見据えた。


「ひとつ我儘を言ってもいいかい? 生き返らなくていいから、アタシが一番勢いのあった30歳ぐらいに若返らせてくれないかい?」

「アリス?」

「はい、マサ様。上神の承認も出ています」


 アリスが頷くと千景は淡い光に包まれた。


「わぁ、綺麗……。あっ鏡ですね。どうぞ」


 ユキが手鏡を差し出す。

 千景の姿は舞台女優として全盛期だった姿に戻っている。


「あぁ、そうね。この顔がアタシの覚えている顔。それにこの着物は……?」


 胸元が大きく開いた、派手さは無いが神秘的な輝きを纏う着物。


「これはアタシが二十歳のときに舞台で着ていた衣装。あの頃は紫一色で地味な衣装と思っていたけど、この年になって着るとしっくり来るわね」


「ここには何時まで居ても構わねぇ。ユキさんと同じで、飽きたらいつでも輪廻の輪に入りな」


 千景は姿勢を正すと三指を突いて深々と頭を下げた。

 そして、顔を上げるとこう言い放った。


「言質は取ったわよ。ここで第二の人生を謳歌させていただくわ」


 千景は口元に手を当てながら高らかに笑い上げた。


「やっぱり切るか」


 マサが六道の辻を手に取ったところで、ユキとアリスが慌てて止めに入った。


 転生の間のドタバタ劇は当分続くだろう。


 了

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パンチパーマの魔王降臨!転生の間に居座る極道マサが死者を裁く!? 〜転生の間にいたМな女神があまりにもアレなので代わりに仕事を捌いてやったら、いつの間にか転生の魔王と呼ばれていたんだが?〜 かざみ まゆみ @srveleta

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