第3話 アタシは大女優

 皆さん、こんにちは。ユキです。

 ひょんな事から、死後に転生の間でお手伝いをさせていただく事になりました。

 ここにはマサ様と元転生の女神アリスさん以外にも、私のような方々が逗留されています。

 最近も一人増えまして、この方が元女優さんという事でプライドも高く、てんやわんやでした……。


 ○△□○△□○△□


「ユキさん。どうだ、仕事には慣れたか?」


 背後からマサの声が聴こえる。ユキが振り返ると、マサが近づいてくるのが見えた。相変わらず長ドスを持って歩いている。ユキは最近になって日本刀ではなく長ドスだと覚えた。

 人は死ぬと生前愛用していたものを、遺品として持ってきてしまうらしい。ちなみにユキは現在着ている黒のパンツスーツがそれであった。

「あっ、はい。お陰さまでだいぶ慣れました。死者といっても、見た目がグロだったりしないので助かっています」

「そうだな。健康体というのもおかしな話だが、死んだ時点の年齢で五体満足、思考も明瞭な状態で会話も問題なし。どんな悲惨な事故でもきれいな体でここにはやって来る。良く出来たシステムだな」

 マサは感心するように呟くと、ユキも相槌をうった。

 最近のアリスはというと、仕事をマサやユキにほぼ任せて、部屋の掃除やマサの身の回りの世話ばかりやっている。この間は大工の棟梁と一緒に戸棚をしつらえていた。もう女神としてのプライドも何処かに捨ててしまったようだ。

「ここの道具類も使いやすくて仕事が捗ります」

 黒スーツに身を包んだユキも、水先案内人のスキルのお陰か、すんなりと転生の間に馴染んでいた。ユキが手にしているバインダー等の小道具も、アリスがどこからか調達してきたものだった。

 カラーンカラーン。

 遠くで鐘の音が聴こえる。

「また新しい方が到着したみたいですね」

 ユキは到着門にて新しい訪問者を出迎えの準備を始めた。

 到着門の仕様もすっかり和風に変わっていた。ユキの前に逗留していた大工の棟梁の仕事である。

 姿を表したのは一人の老婆であった。

「ここはどこ……?」

 老婆は呆然と辺りを見回している。自身が死んだことも理解していないようだった。

「ここは死者が訪れる転生の間ですよ」

 ユキがスラスラと口上を述べた。すっかり水先案内人の仕事が身に付いている。

「死者? アタシが死んだの?」

 老婆は自分のシワだらけの手を見つめ震えている。

「それに何? この手は! か、鏡……、鏡を見せて!」

 ユキは小脇に抱えたバッグから普通の手鏡を取り出すと老婆に手渡した。

 老婆は引ったくる様に手鏡を取ると覗き込み、小さく息を呑んだ。

 稀に自分の死を理解できない者がやって来る。

 そういった者を落ち着かせ理解させるのもユキの仕事のひとつであった。

 ユキは片眼鏡を右目に当て老婆の姿を覗き込む。

薊千景あざみちかげさんですね。死因は老衰となっています。ずいぶんと長く病院に入院されていたようですね」

「入院? アタシはあの男たちに呼び出されて……。それで、それで! ……そこからが思い出せない。なんでこんな婆さんの姿になっているの?」

「死んだのを認めたくねぇのは分かったが、こちとら、とっとと終わらせてぇんだ早く来な、ババァ」

「ババァ? 誰に口聞いてんだ! アタシにゃあ天下の大女優て呼ばれた、薊千景って名前があるんだよ、ヤー公!」

「俺のことを睨み返すたぁ、大した肝っ玉の持ち主だな? まぁ、こっちに来て話をしようじゃないか。茶菓子ぐらい用意してある」

「ご案内いたします、こちらへどうぞ」

 落ち着いたトーンでユキが老婆に話しかける。押さば引く引かば押す。人に合わした対応が取れるのは、水先案内人のスキルか? ブラック企業での経験の賜物か? いずれにしても、ユキは落ち着いて対応が出来ていた。

「フン。他に行きようが無いみたいだし。仕方がないわね」


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「薊千景。元新横浜歌劇団出身。バブルの時代に名前が知れ渡った国民的女優って奴だな。俺もガキの頃に見た記憶がある」

「フン。そもそもバブルの時代ってなによ? オイルショックなら知ってるけど」

「とんと名前を聞かなかったが、35歳の時に暴漢に襲われ意識不明。そのまま死ぬまで植物状態だったみたいだな。犯人も全部わかるが聞きたいか? お前と関わりのない金で雇われた男みたいだかな」

「いらないよ、どうせ命令した奴らも分かる。それで、アタシをこんな目にあわせた奴らへ仕返しでもやらせてくれるんかい?」

「残念だが、そういった事はやっていない。ここでは行き先を決めるだけだ」

「フン、あんたは閻魔さまかい?」

「成り行きで似たようなことをやらせてもらっている。まぁ、俺も人の事をとやかく言える程の真っ当な人生では無かったがな」

「まぁいいさ。それで、アタシは地獄行きかい?」

「バアさんは人生の半分以上を寝たままでで過ごしていた。だから生まれ変わって別な人生を歩むことも、別な世界に転生することも出来る。ただし、この天秤で計ってからだがな」

 マサは古めかしい天秤を目の前に差し出す。

「これは魂の天秤。そいつの心臓を片側にのせて、罪が重ければ傾き地獄へ堕ちる。動かなければ輪廻の輪へ入れる。ここの転生の間に来たという事は、そいつの人生に疑義が有る場合だけだ」


「少し時間を貰ってもいいかしら? ゆっくり考えたいわ」

「あぁ、時間ならいくらでもある。好きにしたらいい」


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 アタシがこの転生の間とやらに辿り着いてから、2日ほどの時が流れた。


 なぜ2日と分かったかって?

 本来、ここは昼も夜もない、無限の時の中にあり、無味乾燥した欲も感情も無い世界なんだとさ。

 その典型というのがアリスという不思議な女だそうだ。けどね、マサが来てから随分と変わったらしいわ。


 アタシみたいに基本的に死んでいる人間しかいないから、時間という概念どころが、食欲や性欲をはじめ欲求というモンが湧く事は無いって話さ。


 だけど「味気が無い」って理由だけで、マサが時間という概念と食事や睡眠を始めとする生活習慣を取り入れたらしい。今じゃあ料理人までがこの屋敷に住みついている始末さ。そもそも食材や道具が何処からやって来るのか? 気が付いたときには屋敷の中に用意されていた。


 ――私の生まれ故郷に伝わる「迷い家」みたいなもんかね?


 調理場で楽しそうに働く料理人を見て、私は首を傾げたよ。


 まぁ、そんなこんなで、私がユキと茶を楽しんでいると、あいつがやって来た。

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