6話 フラグというのは気づかないからこそ成立するものである。
「そういえば話は変わるんだけど。テスト明けにある球技大会、朝霧はどっちかに参加するつもりなのか?」
食べ終えたバーガーを炭酸飲料で流し込み、喉の調子を整えた泉が尋ねてきた。
「球技大会? ……そんな予定あったっけ?」
「いやいやあるって。テスト明けの翌週に開催されるって
呆れながらも満更でもないといった面持ちで、泉は球技大会について話し始めた。
概要としては全学年によるクラス別のトーナメント戦で、参加項目は全部で四つ。男子の部はサッカー、女子の部はバレーボール、最後に男女それぞれにバスケットボールが割り当てられている。各種目のチームに必要な人数は女子バレーボールのみ6人で、その他は5人となる。
出場する生徒は事前に登録するが、やむを得ない事情で不参加となった場合は同じクラスメイトであれば補欠として誰を選択しても構わない。ただし、一人の生徒が2種目以上参加することは禁止とする。
見事ベスト4にまで勝ち残ったクラスには景品として図書カードがプレゼントされるらしく、加えて優勝、準優勝したクラスには、追加でクーポン券が渡されるらしい。
そして泉は男子サッカーの種目で参加するつもりのようで、他にも既に一人参加が決まっているため残る三枠を埋めるためメンバーを募っているとのこと。
……わざわざ2種目以上の参加を禁止しているあたり、複数の種目に参加する生徒が後を絶たなかったのだろう。実際、こういう強制力のないイベントに力を入れる生徒は半々といったところだと思うから仕方ないのかもしれないが。
「――――要するに、男子種目のサッカーに誰が出場するか決まっていないから参加しないかってことか?」
一通りの説明を終えた泉にそう問いかけると、彼は腕を組みながら満足げに頷いた。
「そうそう! 話が早くて助かる。一応、候補は何人か挙げてるんだけど、俺としては朝霧もチームに入れたいんだよね」
「そう言われると悪い気はしないが……こういうのって運動部の連中がこぞって参加するものなんじゃないか?」
「そうでもないんだよなぁ。部活の試合と違って、球技大会はガチで勝ちにいくような空気じゃないから、仲良しこよしで楽しめるかどうかの方が優先されやすいんだよ。極端な話、自分の得意な種目で野次を飛ばすだけで満足するような奴もいるだろうし」
「あー……確かに一人くらいいるよな、そういう奴」
残念ながら、どのような分野であっても真剣に取り組んでいる人間を嘲笑うことを生きがいにするような連中は必ずいる。付ける薬もなければ手の施しようもないというのが度し難いけれど、そのあたりは上手く目をつむらなければ自分が損をする一方という何ともはた迷惑な話だ。
「それにだ。チームに参加する生徒の内、可能な限り一人以上部活動をやっていない生徒を加えることって条件があるんだよ。でなきゃ、朝霧の言う通り運動部がはしゃいで終わるだけになっちまうからな。厳守ってわけじゃないだろうから取り締まりとかはないと思うけど、下手に負い目を作りたくはないし。そんで、顔見知りかつサッカーも上手くできそうで、部活動にも入ってないとなると……後は言わなくてもわかるだろ?」
「……その条件なら、白羽の矢が立つのも納得だな。話はわかった、俺でよければぜひ参加させてほしい」
別段断る理由もないため二つ返事で了承すると、泉は虚を突かれたように目を丸くしていた。
「何だよ? 鳩が豆鉄砲食らったような顔して。誘ってきたのは泉の方だろ?」
「あー、いや、その通りなんだけどさ。まさか直球でオーケーになるとは思ってなかったから驚いちまった。気を悪くさせてごめんな?」
「なんだそんなことか。別に気にしなくていいよ、単純に反応が気になっただけだから」
「ならよかった。けど実際、朝霧にしては随分割り切りがいいよな? てっきり俺なんかじゃ役不足だー、とか言って渋るかもって思ってたけど」
「断る理由がなかったから引き受けただけだ。それにそんな理由で断ったりなんてしない」
「んー? なんとなくわかるような、わからないような……」
どこか腑に落ちないところがあるのか、泉は顎に手を当てつつ精度の悪いメトロノームのように首を左右に傾けている。しばしその様子を眺めていようかとも思ったが、焦らすなと言わんばかりに抗議の目を向けてきたあたりで言葉を付け足すことにした。
「クラス内で部活動に所属していない、かつ泉の要望に合っている生徒に絞れば俺が一番適任ってだけだ。下手に謙遜しても嫌みにしかならないし、何よりも誘ってくれた泉に失礼だろ?」
「…………へぇー? ふーん? つまりは俺のために一肌脱ごうってわけかぁ、なるほどねぇ」
――――と、自分でも露骨に言い過ぎたかなと気づいた時には既に時は遅し。合点がいった泉は大袈裟に頬を緩ませていて、細められた目には悪戯心が宿っていた。
「おいなんだその反応は。さっきの素っ頓狂な顔はどこいったんだよ?」
「いやぁ? べっつにぃ? やっぱり、朝霧はガンガン攻めなきゃ駄目だよなぁって再認識したところ」
「だから戦わないって言ってるだろ……」
こちらの苦言など意に介さず、泉は気さくに笑い続けている。調子が狂わされたことをごまかそうと肩を落とすが、逆に調子づいてきた泉はさらに食いついてきた。
「そう邪険にするなよ。朝霧だって、一度くらい絵に描いたような青春を送ってみたいと思ったことはあるだろ? じゃなきゃ、そんな甘ったるいコーヒー飲まないだろうしな」
「飲み物くらいその時の気分で選ばせてくれ。だいだい毎回同じものしか飲まないんじゃ、いずれ飽きるだろ」
「……まさかとは思うが、朝霧って浮気性だったりしないよな? 流石にそれは男としてどうかと思うぞ?」
泉は口元に手を添えて、若干引き気味に頬を引きつらせている。真に受けているわけではないことは声のニュアンスで伝わってくるが、随分なことを言ってくれるものだ。
「おまえこそ飛躍し過ぎだ。そんな易々と女子に手を出すわけないだろ、コスパの良い日替わり定食じゃあるまいし」
「へぇ? じゃあ、値引きされていればお高いフレンチにも手を出すってことか?」
「生憎俺は貧乏舌なんだ。シャトーブリアンのステーキより、切り落としの焼肉の方が性に合ってる」
「ははっ! 相変わらず朝霧は凝った返しをするなー。そういうところはもっと出していけばいいのに」
「そんな大それたもんじゃないぞ。こんなのはただの減らず口だ」
それらしいワードをつなぎ合わせただけの言い回しばかりで、相手によっては一発で
しかし泉は違う意見なのか軽く首を横に振り、人差し指を立てながら軽く身を乗り出す。
「確かに人は選ぶだろうなぁ。けど、今どきは携帯いじって話半分にしか聞いてないとかざらだし、それに比べたらだいぶマシだと思うぜ? それに会話なんてたいてい目に付いたものとか思い付きで話してるだけなんだから、難しく考えるだけ損だぞ。会話はキャッチボールに例えられることが多いけど、どんな球を投げるかよりも相手が取れやすいかどうか、ボールを返してもらえるかの方が大事だからな」
「……まぁ一理あるとは思うけど。それ以上に、大抵は誰が投げるかの方が優先されるからな。入学初日に出会う前からクラスのコミュニティができあがっているのがその証拠だ」
今の時代、SNSで事前に連絡先を交換したり交流を深めたりするなんてことは当たり前の世界だ。より多くの人と積極的な交流を望むのならば、その道は避けて通れない。初対面であっても初めましてではない、というのも珍しいことではなくなってきているのだ。
自主的な行動を起こせる場所が増えている反面で、その影響力は目で見える形でより顕著にわかるようになってしまっている。悪用や不正、犯罪への巻き込まれなどインターネットを使う若者に対するニュースは不穏になりがちだが、コミュニケーションのツールとしてこれほどまでに有力なものはない。
誰よりも早く行動することが競争の鉄則であり、それを放棄した者との差が生まれるのは必然だ。その差は一朝一夕で埋まるものではなく、積み重ねた経験値は自然と結果として現れる。つまるところ、上手くやる方法を知っているほど立ち回りの幅が増えるということだ。担える役職が多いほど重宝されるのは現実でもフィクションでも変わらないのである。
「いやそうかもだけど、それで終わったら話は打ち止めじゃねぇかよ? うーん、どうしたもんかなぁ……あ、じゃあ、あれだ。昨日の昼休みの続きを聞かせてくれよ?」
「昨日? 昨日の昼休みは別行動だったから、あまり話してないと思うけど」
「またまたぁ、わかってるくせに。俺がわざわざ掘り返すとしたら一つしかないだろ? 気になっている女の子はいないのかーって話」
「……あぁ、あれか。確かにそんな話をしたような気がする」
意味深な笑顔を浮かべている泉に既視感を覚えて、 昨日のやり取りを思い出した。いつもの課題云々に交えて、さらっと質問されたような気がする。忘れていたというより埋もれてしまっていた、という方が合っているだろう。
「昨日ははぐらかされたけどさ、あのとき思い浮かべていたのは誰だったんだよ? この際、好き嫌いは伏せておいてくれていいから教えてくれないか?」
「物好きだな、泉は。仮に俺が意識している相手がいたとして、なんでそんなことを知りたがるんだが」
思いのほか追及してくる泉に純粋な疑問を投げかけてみる。泉は恋愛沙汰が好きであることなんてとうに知っているが、その理由については詳しく聞いたことがなかった。
こういうことを聞く場合、大抵はその場の話のネタにするか今後のコミュニケーションの中で揶揄うかの二択だ。ようするに持て余した好奇心の餌にされるだけのつまらない理由である。
もちろん泉にそういう気がないことはわかっている。泉は熱血かつ恋愛脳という暑苦しい面があるものの、それ故に高潔こそを尊び、下劣を忌避している。本気でやりたいことには真っ直ぐに走り抜けようとするのが、泉恭介という人間だ。
だからこそ、本気であるのならどんな話でも真摯に向き合う姿勢を崩さないだろう。逆に興味が持てないとモチベーションが維持できないというのが玉に瑕なのだが。
泉はきょとんとした顔をしていたが、質問の意図に気づいたのか軽い咳払いをすると、得意気な顔つきになっていた。
「そりゃあもちろん、応援したいからに決まっているだろ? 恋愛は当事者にとってかなりデリケートな問題だ。一度恋をしたら、その気持ちから目を反らすなんてできない。なのに、その気持ちのほとんどは伝えることすらできずに終わってしまうんだぜ? 気持ちのすれ違いとか先を越されたとか、覚悟が決まらなかったとか……だいたいそんなところだわな。
告白するわけでもなく、諦めるわけでもなく、自然消滅を待つだけなんて悲しすぎるだろ? 自分の気持ちくらい、自分の手でけじめをつけられなきゃ、やるせない気分にもなるってもんだ。だから、もし身近に恋している奴がいたら、最後まで力になりたいって思うんだよ。 ――――知らぬ間に何もかも手遅れになっていた、なんて後悔はしたくない。
……あー、それにほら! 応援してうまくいったなら、俺だって最高にいい気分になれるからな! 恋のキューピットってやつ? そんな感じで、俺の趣味みたいなもんなんだよ」
照れ隠しのような一言を付け足して、泉ははにかんでいた。クラスではいつも躊躇いなく熱弁している泉がこうも恥じらうというのが珍しく思えて、その驚きで言葉を失ってしまった。
「お、おいおい? 黙ってないでなんか反応してくれよ? 余計に恥ずかしいじゃねぇか!」
「……いや、なんというか、素直に感心してた。泉、おまえ本当にいい奴だな。将来悪い大人に騙されるんじゃないかって心配になるくらいだ」
「ちょ、正面から褒めてんじゃねぇよー、照れくせぇじゃねぇか。 ……って、おい!? さらっと何言ってくれてんだよ?」
派手なリアクションをしながらころころと表情を変える泉を見ていると自然に笑みが零れてくる。そんな愉快な心持ちになりつつも、頭ではどうするべきかと考えていた。
……最後にまともな相談というものをしたのはいつだっただろうか。これまでそんな選択肢は不要だったから気にしていなかったが、これからはそういう手段を取ることを優先するべきだろう。残念ながら泉が望むような色恋の悩みは抱えていないが、気がかりなことならある。
――――校内での
方針が定まったところで、今度は俺の方から泉に話を持ちかけた。
「じゃあ、せっかくだしご厚意に甘えさせてもらうけど……泉は夜宮霞さんがどういう人なのか知っているか?」
「夜宮霞……って、あの夜宮霞のことか!?」
脈絡もなく唐突に出てきた名前に泉は驚きを隠せていなかった。露骨に上がった声のボリュームを下げるように手で合図すると、泉は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
「うちの学校でその名を出せば、一人しかいないんじゃないのか」
「そりゃそうか。つっても、意外だな。朝霧の口からその名前が出てくるなんて……どっかに接点とかあったっけ?」
「残念ながらただの興味本位だ。榎森さんや北沢さんについてならさわりぐらいは知っているけど、最後の一人についてはよく知らないと思ってな」
怪訝そうな顔で尋ねてくる泉に対してそれらしい理由を述べる。同学年で人気者という共通点を出せば、そこまでおかしな話でもないだろう。面識があることを伏せたのは、その情報を出すことに必要性が感じられないというのもあるが……それ以上に、どうして夜宮霞のことが気にかかるのか、上手く言葉で伝えられる気がしなかったのだ。
『そう……それなら、もう一つだけ追加させて。確かに朝霧君は変な人だけど――――やっぱり、強い人だと思うよ』
他愛のないやり取りの中で垣間見た一幕。付け足されたその言葉には意味なんてないのかもしれないけれど、それを発した彼女の姿を目にしてからやけに胸騒ぎがする。
貼り付けたような柔らかな微笑み、温もりを感じない虚ろな瞳、終わりを告げる鐘を思わせる悄然とした声色――――彼女が、夜宮霞が見せたその表情が、いつまでも脳裏に焼き付いていた。
闇雲な行動をした理由も傍若無人な振る舞いも、自分なりに落とし込んで納得したつもりだ。あれは突発的な事故に遭ったようなもので、なぜ起きてしまったのかはその時に解を出し終えている。しかし、整理できたのはあくまでも実際に起きたことに限っての話だ。当人のマインドに影響を与えていた要因までは、どうにも推測のしようがない。
つまりは腑に落ちない点があるから払拭したいというだけの自己満足なのだが、何がそこまで気になるのか、自分でも上手く言語化できていない。ただ、そうするべきだと思ってしまったのなら、まずは行動に起こすべきだ。その行いの是非によって答えを得られるということもあるだろう。
「そっかー。ま、一年生の間で当たり障りのないところだとそうなるよなぁ。俺もそうだったけど、男子の間じゃ入学初日はその三人の話で持ち切りだったし。朝霧は食いつき悪かったけどなー」
「それについては弁明のしようもないけど……あのときは、見世物にでもしているような空気が気に入らなかったんだよ」
「恋愛なんて最初はそんなもんだろ? 朝霧は意外と繊細というか、尖ってるところあるからなぁ。そういう意味でなら、夜宮さんも似たような感じかもしれないけど」
「……誰が誰と似ているって?」
聞き間違いであってほしいと浅い期待をしつつも、そんなことはないのだろうなという諦めの境地で聞き返す。こういうときはいつも都合のいい耳になってくれないかなと思ってしまうが、幻聴なんて生まれてこのかた経験したことがないのである。いつも健康を維持してくれているこの体には感謝のあまり涙が出てきそうだ。
「朝霧と夜宮さんだよ。といっても似てると思ったのは性格じゃなくて、学校での過ごし方だけどな。物静かで近寄りがたいとか、特定の誰かと話しているところはあまり見かけないとか、そういうところ。けど、似てるだけで朝霧とは全然違うけどな」
「そりゃそうだ。黙っているだけでも絵になるような美少女とつり合いなんてとれるわけないだろ」
呆れながら手首を下に振ってみせると泉は素っ頓狂な顔をした後、ヘマをしたと思ったのかバツが悪そうに頬を引きつらせる。
「あー、ごめん、今のは俺の言い方が悪かった。違うって言っても、朝霧の方が断然マシだから。正直、あれがまかり通るのは夜宮さんだからだよ。他の女子が同じことしたら真っ先にクラスから迫害されるって。それはそれで、美男美女なら何してもいいみたいな感じで嫌になるけど」
「……まさか、泉がそこまで辛辣なことを言うなんてな。そんなに日頃から態度が悪いのか?」
「態度が悪いというか……夜宮さんは何に対しても反応なんか示さないんだよ。雑談も遊びの誘いもお断り、朝の挨拶はおろか、帰り際のさよならにも目配せ一つしない。ディスコミュニケーションここに極まれりって感じだよ。あの人に社交性を求めるのは諦めた方がいいと思う」
げんなりした様子で途方に暮れている泉の声音には実感がこもっていて、もしかしたら実際に何度か試してみたのかもしれない。七転び八起きがモットーな泉ですら撃沈したとなると、正攻法ではまず手が付けられなさそうだ。
しかし、入学初日から榎森さんに一目惚れしていた泉が他の女子に下心を見せるとは思えない。それでも他の男子と同じ対応をされたということは分別など初めからしていないということだろうか。泉なら話くらいは通じるものかと思ったが、そう簡単にはいかなかったらしい。そうなると、やはり彼女が俺に声をかけたのは、拒絶という前提を無視するだけの何かがあったということになる。
本人は自棄になっているだけだと言っていたが……そんな理由だけで見ず知らずの相手に話しかけようなどと思うだろうか? それも普段から他者と関わることを拒絶しているとなると、なおさら不自然な行動だ。
これまでに旧特別棟を訪れた際の夜宮さんの様子を思い返すが、少なくともポジティブな心境の変化が合ったようには思えなかった。その状態で自ら率先して拒絶していることに近づくなんて道理が合わない。
とはいえ、取っ掛かりも掴めないとなるとどうしたものか……と考えている矢先に泉はさらに付け加えていく。
「ただ、あれはなんというか……性格云々というより、もうどうしようもないような気がするけど。完全に心を閉ざしてるから、終わってるというよりもう手遅れ、って感じ? もしも夜宮さんに幼馴染とかいれば、どうにかできたのかもしれないけど……たらればを持ち出してもしょうがないわな」
「……手遅れ、ね。その通りだとしたら、確かにどうしようもないな」
「これがおとぎ話の中なら、白馬の王子様に期待するのも最後の手段としてはありだけどさ。夜宮さんがいるクラスって4組だろ? 紗也加が同じクラスだけど、ほとんど話したことないって言ってたし。それにあの
「
久しぶりにその名前が出てきたことから念のため確認すると、泉はうんうんと首肯する。
「そうそう、現在進行形で女子の人気を総取りしてるイケメンだよ。スポーツ万能でたぶん学業のほうも優秀。いつも爽やかな笑顔を崩さず誰にでも優しい、女子がなんとなく思い浮かべる好きな男子の理想像をそのまま形にしたようなやつだよ」
あまり神崎翔に好印象を抱いていないのか、泉は苦々しい口調でそっぽを向いてしまった。
神崎の名前が出るパターンは何度も経験しているため、泉がこのような反応をしめす理由については聞かなくても予想できる。
神崎翔は榎森さんと同じクラスであり、部活動もバスケットボール部に所属しているため共通点が多いのだ。必然的に関わる機会が増え、同学年の生徒からの人気も高い二人はお似合いだと揶揄されることも少なくはなかっただろう。
当たり前の話だが、内輪ノリというのは内輪にいる者だけが楽しいのであって外にいる者からすれば往々にしてつまらないものだ。それも自分にとって望ましくない風潮を招くようであるのなら不愉快でしかないのである。
榎森さんに想いを寄せている泉にとって、そういうノリはまさしく逆鱗に触れるような行為だ。本人にその気があろうがなかろうが、内輪に居る時点で拒否反応を示したくなる気持ちもわからなくはない。自分が好きな女子と距離が近い男子に敵対心を抱くのは何もおかしなことではないだろう。
「それだけを聞くと、白馬の王子様を演じるにふさわしい役者に思えてくるな」
「だろ? けど、現実は非情ってやつかね。同じクラスだからそれらしく気にかけてはいるみたいだけど、全部空回りしてるらしいぜ。王子様でそれなんだから、どうやっても詰んでるよ、あれは。
……ところで、ここまで言っておいてなんだけどさ。朝霧は夜宮さんとお近づきになりたいって思ってるわけ?」
こちらを覗き見るように尋ねる泉は恐々とした面持ちをしていた。
それもそうだろう。泉の主義主張に則れば、ここで俺がイエスと返答しようものならできる限りの支援をする方法を模索することになる。懇切丁寧に打つ手がないことを説明した相手に対して、負け戦を仕掛けることに気乗りするわけがない。
当然ながら俺もそんな命知らずになった覚えはないため、その気がないとわかりやすく伝わるよう馬鹿馬鹿しいと鼻で笑ってみせた。
「まさか。言っただろ、ただの興味本位だって。自ら死地に赴くような真似はしないよ」
「流石にこればかりはなぁ。勝ちの目がないんじゃ、サイコロ振っても勝負にすらならないって。それにもし夜宮さんに挑む気概があるなら、既に接点がある北沢さんを狙いに引く方がまだ可能性あると思うぜ?」
「それこそ負け戦もいいところだろ。 ……まぁ、概ね知りたいことはわかった。教えてくれてありがとう」
「いいってことよ。次は本命の恋バナを期待して待ってるからな!」
泉は快活な笑みと共に人差し指を立ててみせる。今後も不定期にこの手の話題を振られそうだなと観念しつつ、それを飲み下すように残っていたラテを一息に呷った。
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