5話 放課後の寄り道は避けて通れない
憂鬱な一日が明けた翌日の放課後。俺と泉は学校の最寄り駅近くにあるショッピングモールへ立ち寄っていた。館内の2階にあるフードコート、そこにあるファストフード店やコーヒーチェーン店で各々買い揃えた後、そのエリアの一席を確保する。
学生がフードコートに立ち寄って勉強を理由に数時間居座るなんて光景は珍しくないが、今回はそういう目的ではなく、単に小腹が空いたという泉の申し出でここに来ていた。因みに今回は先日の昼休みに話していたこともあって泉のおごりである。
しかしテスト期間が近づいているからか。そういう目的で来ていると思われる同じ制服の学生がちらほらと見受けられた。 ……あくまでも個人的な意見だが、公共の場を長時間占有するという行為はあまり推奨できるものではない。
人の目がある方が集中できるとか、開けた空間の方が圧迫感がないとか、言いたいことはわからなくもないのだけれど、本来の目的にそぐわない形で利用すること自体が望ましいものではないように思える。最近だと壁やテーブルに[本来の用途以外での滞在をお断りします]なんて注意書きがあるくらいだしモラル的にもグレーゾーンなことを率先して行うのは気が引けるというものだ。
「しっかし、放課後に部活がないといよいよ試験前ーって感じがするよな。まだ16時過ぎだぜ? いつもより一日が長く感じるよ」
手に持っていたトレーをテーブルに乗せ大きく体を伸ばすと、泉はあっけらかんとした様子で椅子に腰を下ろす。それに続くようにして対面の椅子に手をかけた。
「そうだな。こうやってぼーっとしているといつの間にか日が暮れていそうだ。まぁテストまでは二週間近くあるんだし、赤点回避だけが目的なら焦らなくても大丈夫だろ」
「いや流石にそれはカッコつかないって。今時はスポーツ一筋って言っても限度があるし、自分磨きは一度やめるとなかなか手が付かなくなるからなぁ。勉強なんて嫌なことならなおさら」
「いい心がけだと思うぞ。けど、そう思うならサボり癖ぐらいはなんとかした方が良いんじゃないか?」
鞄の中から取り出した数学の問題集をちらつかせると、思い当たる節があったのか泉は露骨に顔を引きつらせる。
「うげっ。 ……やっぱり、そういうのって見たらわかるもんなのか?」
「科目にもよるけど……数式が絡むパターンはまずバレると思った方がいい。昨日送られてきた写真を見せてもらったけど、最後の方は解答までの途中式が短すぎる。どうせ、解くのに疲れて途中から答え見ながらやったんじゃないか?」
そう問い詰めると、泉はバツが悪そうに視線を泳がせている。しかし誤魔化せないと悟ったのか、観念するように白旗を上げた。
「…………そうですよ、答え見ましたよ、すいませんでした! でもしょうがねぇじゃん? 無駄に数が多いだけでやること同じだと飽きてくるんだよー」
「気持ちはわかるけど、式の展開はミスしやすいからとにかく数をこなして解き方を身につかせないと、後々痛い目を見ることになるぞ?」
――――昨日渡されたわからない問題リストの大半は計算の解き方に関する質問が占めていたため、一通り解き方をまとめた後に類似する問題を抜粋したものをコネクト(日常的に使われるSNS)で送っていた。その夜には指定した問題を解いた写真が返信されてきており、行動の速さには感心したのだが……蓋を開けてみると粗い箇所が散見されたのである。
例題や確認とは違い、練習問題の回答は最低限しか記載されていないことも多く自力で解いたものとしては不自然な形をしている場合も間々ある。つまり、自力で解いたものとしてはあまりにデキすぎているのだ。そうはならんやろ、と思わずツッコミを入れたくもなる。
「暗記物は最後の追い上げでも挽回できるだろうし、それまでは嫌でもこっちに専念した方が良いと思う」
「追い上げかぁ、それはそれで結構大変なんだよなぁ……まだ覚えなきゃいけない漢字とか英単語とかわんさかあるし」
試験範囲を思い返しているのか、泉はげんなりと肩を落としている。確かに一夜漬けにしようと思うのならそういう反応になるのも無理はないだろう。
俺たちの通う公立
言い方を変えれば、課題だけやっていればどうにかなるという保証はないということだ。試験期間だからといって復習のために授業時間をを割くようなことなく、せいぜい確認の小テストを一度執り行う程度である。そこで危機感を持てなければ、まず間違いなく試験終了後に悲惨な点数が待ち受けていることになるだろう。
「確かに覚えることは多いけど、試験範囲は全員同じだ。今日の授業の合間に話していた気がするけど、クラスの中でも近々勉強会を開くんだろ? 暗記がつまらないのなら、一問一答の早押しクイズでもしたらいいんじゃないか?」
「クイズか~! 教室残ってテスト勉強するときの定番だよな。あ、それで思い出したけど、今度の勉強会に朝霧は参加すんの?」
先程購入した照り焼きチキンバーガーの包装を剥がしながら泉が尋ねてくる。それに倣って、俺も購入したハニーミルクラテに口を付けた。
「誘ってくれるのはありがたいけど、今回は遠慮させてもらう。メンツは粗方揃ってるみたいだし、そこに割って入るのも悪いからな」
「あー……確かに今んとこの参加者の中に朝霧と面識ある奴はほとんどいないなぁ。それこそ、主催者の北沢さんぐらいじゃね? まぁ、クラスメイトで北沢さんと話したことない奴なんていないだろうけどさ」
「クラスどころか、下手したら全校生徒と顔見知りかもしれないぞ。なにせ、次期生徒会長の最有力候補だし」
――――
生徒会に所属しており一年生でありながらもその手腕を大いに振るっていて、学校行事のメインともいえる体育祭でもその中心で活動していた。そんなカリスマ性に加えて文武両道を体現する優等生であることから教師を含む多くの生徒に認知されている……表層的な部分としてはこのあたりだろうか。
「この前の体育祭で盛り上がったのも北沢さんの貢献があってこそだからなぁ。普通できたばっかのクラスで、あそこまで打ち解けたりなんかしないって」
泉は引け目なく称賛の言葉を送ると、そのまま勢いよくバーガーにかぶりつく。満足げに
食事制限をしているわけじゃないが、こういう場面での油断が積み重なるとその影響はすぐに数字で現れるのだ。どれだけ言い訳を重ねても体重計は嘘をつかない、純度百パーセントの真実を突き付けてくるのである。レベルにしろステータスにしろ高くなるほど高揚感を覚えるものだが、こればかりはそうもいかないから難儀なものだ。
「――――しっかし、参加するメンツに馴染みがないからって尻込みするのはどうなんだ? この前も言ったけど、朝霧はもっとガンガン攻めていった方が勝率高いって」
「……またその話か? いったい何と戦わされているんだ、俺は」
「そりゃあおまえ、恋愛という名の魔物に決まってんだろ? 戦わずして何が青春か」
「何ちょっと上手いこと言ったみたいな顔してるんだよ。だいたい、魔物の討伐なんて勇者の専売特許じゃないか。前線は選ばれし勇者様にでも任せたらいいだろ」
「どこの世界に一人で戦う勇者がいるんだよ? 勇者ってのはみんながそう認めているからこそ勇者なんだ。旅のお供や手助けをしてくれる村人、道を示してくれる先駆者、そして志を共にする恋人が隣にいてこそだろ? 恋愛だってそこは同じだ。友人や先輩とのつながりもなしにできることなんてたかが知れてる。競争率が高い女子だと、個人の力だけじゃどうにもならないからな」
「……まぁ、それはその通りだと思う。人の印象なんて周りの意見で決まるも同然だからな。下手に動いたところで有象無象の一人に成り果てるのがオチだ」
こと円滑なコミュニケーションや人間関係において重要なポイントを考えた時、真っ先に思い浮かぶのは第一印象だろう。人は見かけで9割決まる、という言葉を誰しも一度は聞いたことがあるだろうし、身なりや仕草というのはその人がどういう人物か推し量るための有用な判断材料となりえる。
だがこれはあくまで一対一のやり取りにおける話であって、実際に印象を左右する大きな要因は他人からの評価である。背丈や体格、容姿や身だしなみ、日々の姿勢や態度、友人の多い少ない等々、具体例を出すとキリがないが一括りにいえば “良し悪しを問わず他人の興味を引くところ” ということだ。
一度は必ずやらされるであろう自己紹介シートの作成というのはまさにそれなのだが、作成するときに書くことが思いつかないと悩んだことがある人も少なからずいるだろう。好きなことだの特技だの、一見何を悩む必要があるという項目でさえ行き詰ってしまうのは、ここで問われている本質は自分が好きなこと、得意なことではないと理解しているからに他ならない。
例えば趣味としてFPSのゲームで遊ぶことが好きだと公言したとしよう。eスポーツとしても取り上げられ、昨今は動画配信等でも一定のニーズを獲得し続けていることから同年代の中でも遊んでいる層がいる可能性は十分にある。同じ趣味を持っている者同士であれば話しかけるきっかけになるし、そこから仲を深めていけるかもしれない。
けれど、もし公言した趣味がFPSのゲームではなく恋愛シミュレーションのゲームだとしたらどうだろうか? もちろん、同じ趣味の人がいないとは言い切れないが公言できるかはまた別の話だ。少なくとも、初対面の相手に振っていい話題とは言い難い。
どちらもゲームが趣味ということには変わらないというのにこのような差が生まれてしまうのは、公に共有することができないという点にある。協調や共感が重視されるコミュニケーションにおいて、それができないのは致命的な欠陥だ。
そもそもの話、赤の他人の状態で簡単に興味を引くことができるなら苦労はしない。この問題に対する有効かつ手っ取り早い手段は、相手に先入観を持ってもらうことだ。
運動神経が良い、頭が良い、顔が良い、スタイルが良い……とにもかくにも、プラスの印象を与えられるものであれば何でも構わない。それが一つでもあれば、赤の他人であっても興味を引く取っ掛かりになる。そして、先入観を与えるのは他人が下した評価に他ならない。だからこそ、人脈があるほど自分にとって有利な状況を作り出すことができるのだ。
「仮に個人でどうにかできるとしたら……そもそも、勝負する以前の話だろ。戦う前から既に勝敗が決しているときだけだ。それこそ――――」
特に含みもない言い回しを続けていた途端、……いつぞやと同じように彼女の姿が脳裏をよぎる。その姿は以前に増して鮮明なもので、朧気でしかなかった全体像が形になっていた。
鎖骨のあたりにかかった艶のある髪、マネキンのようにスラリと伸びた手足と均整の取れた顔立ち、そして――――真っ直ぐにこちらを見据える
「ん? どうしたんだ? 急に黙ったりして」
「……なんでもない。他意があるわけじゃないから、気にしないでくれ」
手にしたままのコーヒーを啜り、話に区切りをつける。不思議そうに首を傾げていたが無理に追求をするまでのことではないと判断してくれたのか軽い相槌だけで済ませると、泉は再びバーガーを食べ進めた。
……そういえば、昨日の昼休みもこうして対面で向かい合っていたんだったか。
つい先日のことだというのに妙に現実感がないのは、思いのほか衝撃を受けていたからなのかもしれない。実際、泉相手でもありのままに昨日のことを説明したら信じてもらえるかは微妙なところだ。
『おまえこそ暑さで頭がやられたんじゃねぇの?』と笑い飛ばされる展開が容易に想像できる。
――――
眉目秀麗という言葉が形を成したかのようなその姿から男女問わず注目を集めているものの、交友関係についての話題は乏しくこれといった情報がない。クラスの中でも彼女の名前はよく出てくるため榎森さんと同様に名前だけは覚えてしまっていたが、以前までこれといった面識があったわけではなかった。
強いて言えば時折利用している旧特別棟で顔を合わせることがあるものの、挨拶どころか目を合わせることもない。同じ空間にいても互いに干渉せず、自分の時間を過ごす。まさしく他人と呼ぶにふさわしい距離感である。
しかし、そんな体を為さない関係は夜宮さんの暴走としか思えない行動によって覆された。とりあえずは俺の間が悪かったということで納得はしたものの、結局のところ何が彼女をそうさせたのか、根本的な原因はわからずじまいである。全く気にならないといえば嘘になるが……無理をしてまで知りたいとは思わない。
――――誰にだって知られたくないこと、表に出したくないことというのは少なからずあるものだから。
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