ああ、間違ってるって
@rabbit090
第1話
「とんちんかんだって、言ってんだろ?」
「知らない、あたし。」
やけに機嫌が良いと思っていたから、違和感はもちろんあった。が、まさか。
「何で?一体何で?」
「だから知らないってば。」
「うるせえ。」
ああ、こんな暴力野郎が旦那じゃなかったら、あたしはきっともっと、幸せになれていたのだろう。
だって、隣りの杉本さんを見てみなよ。
彼女たち、まああたしは奥さんしか知らないけど、聞くとすごく幸せそうなんだ。海外旅行に夫が連れて行ってくれるだの、そんな夢物語のようなこと、平気で語っていて、現実感が無かった。
あたしが今いるここは、一体なんだっていうのだろうか。
そんな疑問を抱き始めたのは、何と結婚してから一週間がたったころだった。
「…はあ。」
この頃はため息しか出ない。
けど、
ついに、この時がやって来た。
「まあこ、行くぞ。」
来たか、あたしは思った。
隣りの杉本さんも言っていたし、向かいの長瀬さんも言ってる。
ある時急に、夫が旅行に誘ってくるんだって。
で、その時が合図なんだって、そう言っていた。
あたしは、その言葉を聞いてかねてより計画していたことを実行に移すことにした。
「
あたしは、一目散にかけた。
約束していたから、絶対に大丈夫だって、信じていた。
そして、
その通りになった。
あたしは、かねてより懇意を深めていた男と、駆け落ちをした。
そして、夫は追ってこなかった。
あたしは、拍子抜けした。
あれ、違くない?
あたしは、なぜ満足していないのだろう。結婚する前までは、夫のことが大好きだった。そう思っていた。けど、ないが足りなかったというのだろうか。
まさか、子ども? でもそんなことではないと分かっている。
あたし達には決定的に何かが足りなかった。
なのに、
「虚しい。」
あたしは哲生が眠るそばで、そう呟く。
もう、哲生との暮らしを始めてしばらくが経つというのに、これは違う、という確信だけがそこにあった。
そして、しばらくした頃だった。
その手紙は、杉本さんからだった。
杉本さんは、何?
え?
克明に記されていた。
あたしの、元・夫は、再婚していた。
そして、その瞬間、あたしの中の何かが、崩れ去る音がした。
「あたし、あたしは。」
あたしは、何なのだろうか。
誰かに聞いてみたい気持ちになった。
そしてちょうど、その手紙は杉本さんからきていたのだ。
あたしは返信を書こうと、便箋に手をかけた。
「えっと…。」
*エピローグ*
”杉本様。ご親切に便りをありがとうございます。
ご興味は無しと思いますが、あたしは楽しく暮らしております。
さて、夫の孝明のことですが、あたしは、気にしていません。あたしは、夫があなたと結婚したことなど、どうでもいいのです。
ですから、このような手紙はもう、おやめください。
迷惑なんです。
本当に。
ねえ、あたしは別に、あいつのことなんかどうでもいいのよ。
何なの?あなた。
あなたは、あたしに手紙など書いて何がしたのでしょうか。
ぜひ、お聞かせください。
では、さようなら。”
その便せんは、強く丸められ、そして開かれたような跡を残していた。
ああ、間違ってるって @rabbit090
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