第28話 竜の落とし方

 レイナは今更ながらに恐怖する。自分が何に願ってしまったのかを。目の前の少女は次元が違う。その圧力は先ほどみた竜神の本体と同じ、あるいはそれ以上。体の奥底から恐怖心が湧き上がってくる。そんなレイナとは対照的に、ブルーは不思議そうに首を傾げる。


「あれ? ローズの魔力、前より少なくない?」

「!?」


 耳を疑うようなその言葉に、レイナは口をポカンとあけて思考停止する。


「それはそうよ。カケラひとつ分だもの。それにあまり長い時間も顕現できないわ」

「そうなんだ……」

 

 露骨に気落ちするブルー。


「大丈夫よ。あなたが心臓のカケラを集めてくれたら元に戻るわ」


 しかしその言葉でブルーにパッと笑顔が戻る。

 そんないつもと変わらないブルーを見て少しだけ恐怖心が和らいだレイナは、ローズに恐る恐る話しかける。


「あ、あの、ローズさま?」

「ローズでいいわよ」

「えっと、じゃあローズさん、その、本当に竜神様を解放していただけるのでしょうか?」


「ええ、いいわよ。そのために出てきたんですから」


「あ、ありがとうございます」


「でも私が手伝えるのは、あくまであなたの願いの範囲。つまり、上で生意気に暴れてる竜の本体を止めて解放するだけ。あの性格のひん曲がった王様兄弟の面倒は見れないわ」


 今の自分がクライス達を止められるかはわからない。それでもこれは自分達の国の問題でもある。だから自分達で決着をつけなければならない。レイナは改めて決意を固める。


「それは……大丈夫です! 私がなんとかしてみせます!」


 レイナの決意にローズは柔らかな笑顔を見せる。


「ちょっと意地悪だったわね。安心しなさい。今回はブルーがついているわ」


 この十年、何も出来なかった竜神と適合者達。しかも竜神はいない。だけど今回はブルーがいる。


「うん。ボクがみんなを守るよ。それにあの人には用事があったからね」


 心強い言葉にレイナの心に希望が宿る。


「ふふっ、楽しくなってきたわね! じゃあ、早速いきましょうか」


 楽しげにローズが指を鳴らす。そして全員が街の上空へと放り出される。心の準備など知ったことではないと魔王は転移を強制する。

 目の前には雷を纏った巨大な竜神の本体が浮いている。その下では百体近い竜神の写し身が飛び回り、多くの場所で回復の光が輝いていた。

 腰に手をやり尊大な態度で空中に浮くローズ、意味のわからない状況に白目を剥いて落下するレイナ、突然の空中散歩に驚きつつも笑顔で落下するブルー。白い竜は空を飛ぶ術を持たない後半二名を空中でキャッチし背中に乗せる。


「な、なにしてるんですかー」


 レイナが思わず叫んだ言葉を受け流して、ローズは不敵に笑う。


「文句は受け付けないわ! 特等席で私の魔法を見せてあげるんだから、逆に感謝してほしいくらいだわ」


 そして目の前の巨大な化物、竜神の本体に向かって言い放つ。


「それにさっきから気になっていたのよ。あなた、私より上を飛ぶなんて失礼だわ。だから……」


 ローズは右手の人差し指を竜神の本体に向ける。九つの目がローズをとらえた瞬間、その指先がすっと下に振られる。


「落ちなさい」


 たったそれだけの動作で最高位の魔法が発動する。それは範囲を極限に絞った超高出力の重力魔法。これを背中に受けた竜神の本体が急降下する。そして街に衝突する直前でローズが張った巨大な結界に叩きつけられる。


 竜を見下ろす格好になったローズは満足げにさらに続けて指を鳴らす。一瞬で空を覆い尽くすほどの彩どりの魔力弾が現れる。ブルーにとっては懐かしいその光景に、レイナは口を開けて固まる。


「今夜はお祭りですもの! 花火の続きをしましょうよ」


 ローズが笑顔で指を振る。異なる属性の魔力弾が、半透明の結界の上で押し潰される竜に次々打ち込まれる。色鮮やかな破壊の光が辺り一面を昼の如く照らす。

 蓄積されるダメージに竜が苦しげに呻く。


「古代魔法ニヨル攻撃……損傷率二十パーセント。敵性存在照会……該当ナシ。脅威判定ヲ上位竜ト仮定スル……」


 

 ***

 


 ローズが竜を撃ち落とす少し前。

 屋上に出たクライスと悪魔は目の前の光景に困惑していた。街には破壊の跡がある。しかし街を破壊するために放ったワイバーンがいつの間にか消えていた。代わりに百体近い竜神の写し身が空を舞っている。そして至る所で回復魔法らしき光が輝いていた。何よりも魂が彷徨っていない。つまり誰一人死んでいない。


「何が起こってやがる……」


 フォルテの皮を被った悪魔からいつもの軽薄な態度が消える。


「存外しぶといではないか。だが、力を試すにはちょうどよいな」


 力に溺れるクライスは事態を甘く見る。


「クライス、油断するな。嫌な予感がする……」


「ふん、随分と弱気ではないか。まぁどうでもよい、早速神の兵器を試そうではないか。そうだな……属性は何でも構わん、一割程度の力で魔法を放て」


「承知シタ。複合魔法……雷撃」


 風、土、水を高度に組み合わせた複合魔法。雷を操る竜の御技。雷鳴が鳴り響き街に幾重もの稲妻が落ちる。建物が崩れ、木が燃え上がる。一瞬にして街が破壊される。その威力にクライスは満足する。


「ふはははは! たかだか一割でこれほどとはな! 既に民の大半が死んだのではないか」


 雷鳴が轟いた一瞬、確かに上がった悲鳴が、今は止んでいる。その静けさに想定以上の死者が出たとクライスは分析する。だが……。


「目標破壊率大幅下方修正。障害ヲ検知。詳細不明。高度ナ回復魔法ト推定」


「なんだと……」


 相変わらず街では写し身が舞い、回復の光があちこちで灯る。


 クライスが状況を飲み込めないうちに事態は推移する。濃密な魔の気配と共に三人の少女と白い竜が空中に現れる。


 そのうちの真紅のドレスを着た少女を見て、悪魔が動揺する。


「……なんで超越者が居るんだよ」


「超越者だと?」


「あぁ。魔王、勇者、賢者……その業によって呼び方は違うが、要は人を逸脱した奴らの事だ」


 悪魔は説明を端折ったが、ローズを見た瞬間にその異常性に気づいていた。何しろ目にする瞬間までその存在を感知することが出来なかったのだから。


 ――認識を阻害されていた……この俺が!? あり得ねぇだろ。


 既に自分が相手の影響下にあることに悪魔は衝撃を受ける。


「クライス……よく聞け。これはイレギュラーだ。報酬の支払いは多少遅れても構わねぇ。だからここは退け」


 悪魔は撤退を促す。


「ふざけるなっ! なにが超越者だっ! 竜神を従えたこの私が退くなどあってたまるか!」


「落ち着け。アレはおそらく魔王だ……それもかなり上位のな。信じたくねぇが俺でも梃子摺る可能性がある。それにさっきから街で発生している異常な回復魔法の起点は別だ。つまりイレギュラーはアレだけじゃない」


「だからなんだと……」


 クライスが言い終わる前に巨大な衝撃音と共に竜が降って来る。見えない力に押しつぶされる竜はさらに空に浮かぶ色鮮やかな魔力弾によって滅多撃ちにされる。


「なっ……」

 

 言葉を失うクライスであったが、沸々と怒りが込み上げてくる。


「ふざけるなっ! コイツを手に入れるためにどれだけ苦労したと思ってるんだ! 許さんっ! おい、竜よ! 何を寝ているのだ! その女を殺せっ! 生まれてきたことを後悔させろっ!」


 唾を飛ばしながら喚き散らすクライスを悪魔は冷めた目で見つめる。


 ――力に溺れたか。いや……これさえ操られている可能性があるか。


 普段のクライスであれば力に酔っていたとしても合理的な判断を下すはずである。それを考えればこの状況こそが魔王によって演出されたものだと理解できる。

 悪魔は撤退を決意する。


「忠告はした。あとは好きにしろ。契約不履行の場合は、お前の魂と竜の力を回収する。じゃあな、せいぜい頑張んな!」


 最後にいつもの軽薄な笑みを浮かべてフォルテの体から悪魔が消える。残されたのはフォルテの死体と怒りで我を忘れるクライスのみ。


「ちっ! 最後までふざけた奴だ。だがもう悪魔など必要ない! 私は力を手に入れたのだ! 何もかも壊してやる!」


 そのクライスの前に二人の少女と白い竜が降り立つ。


「さ、させません!」

「させませんだよ!」


 レイナの緊張した声に続いて、やや緊張感の欠けた声が響く。


 クライスのこめかみに青筋が走る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る