第27話 魔王降臨
「遅くなってごめんね」
いつものように優しくて、だけどいつもより少しだけ寂しそうな声。
「あれは……ブルーさん……なの?」
今流れてきた父と母の最期の記憶。
「そうだよ。ボクがレイナのお父さんとお母さんを殺した……黙っててごめんね」
言いたくなかった。そんな後悔と諦めが入り混じった感情がレイナに伝わる。
「ブルーさんは……助けようとしてくれたんだよね?」
「……うん。だけどボクはあの時、誰も助けられなかった。誰も救えなかった。だから終わらせた。大切な想いだけは分解されないように」
それは悲しい告白。レイナには詳細はわからない。だけど仕方なかったことだけはわかる、自分も何も守れなかったから。
「だから今度は……今度こそ、みんなを守るよ」
それでも前を向くブルーはレイナに手を差し伸べる。それは父と母を殺した手。同時に二人を必死に救おうとしてくれた手でもあった。そして今度は自分を、それにきっと街の人を救おうとしている。
だから、レイナはその手に縋る。
「でも、子供達も街の人も死んでしまったって……それに竜神様も奪われてしまって……しかもこれからたくさんの人を殺すって……ごめんなさい。私は何も守れなかった。もうどうしていいかわからないの」
だけど状況は絶望的。弱音を吐くレイナをブルーはそっと抱き寄せて背中をさする。それはブルーがレイナにしてもらったものと同じ。そして優しくブルーが伝える。
「誰も死んでないよ。それに誰も死なせない」
「え?」
「今はみんなに力を貸してもらって守ってる」
「みんな?」
「そう。レイナのお父さんとお母さんみたいに、この世界からボクのダンジョンに来た沢山の人達」
直後に街で大きな音が鳴る。竜神を従えたクライスの攻撃が始まった。凄まじい轟音とそれに伴う叫び声。しかし、なぜか続く悲鳴が聞こえてこない。落ち着いてレイナが心の声を拾うと、そこかしこから伝わるのは「助かった」という安堵の感情。
状況が理解できず呆然とするレイナの目の前に孤児院で作った写し身がふらふらと飛んでくる。クライスの強化によって原型を留めないほどボロボロになってしまったソレ。だけど確かに魂を、意思を感じる。レイナにはそれが誰の魂かはっきりとわかる。
「お父さん……お母さん……」
「今日は竜神祭だからね。みんなの写し身を使わせてもらったんだ」
竜神祭の今日、街に写し身があふれる今日だからこそ、ブルーが守った想い、魂のカケラが形となって帰ってくることができた。
「それにね、レイナはちゃんと守ったよ」
「……なに、を?」
「竜神様の意思のカケラ。ボクのダンジョンに来た竜神様の魂は、みんなを守るために変質しちゃったんだって。だけど、レイナに宿った分は、ほんの少しだけ、ちゃんとレイナの中に残ったんだって」
「う、うそ! だってあの時、私の中から竜神様は出ていっちゃって……それで……た、食べられちゃって、私はそれを見てることしかできなくて……」
「嘘なんかじゃないよ。レイナが最後まで抵抗してくれたから、ほんの少しだけ魂が残ったんだよ。パンくずの粉一つ分くらいだってさ」
「そ、そんな小さなカケラじゃ、どうにもならないんじゃ……現に契約は切れたって竜神様ご本人が……」
「うん。しかもそのパンくずも今は本体に吸収されちゃったみたい」
「そんなぁ……」
「だから取り返しに行こう!」
「……え?」
レイナは困惑する。ブルー曰くパンくずの一欠片ほどまで小さくなってしまった魂を取り返して今更何になるのか。そもそも取り返すことなどできるのか。だがブルーはレイナの疑問などお構いなしに話を進める。
「まずはボクたちが作った大切な写し身を治さなきゃね」
そう言ってブルーは回復魔法らしきものをボロボロの写し身にかける。レイナの知る回復魔法はあくまで生物の肉体を回復するものである。木と布で出来た張子を元に戻す魔法ではない。しかし暖かい光に包まれると次の瞬間には自分達が作った元の美しい白い竜が帰ってきた。
「うそ……」
さらにその体は花火の中を優雅に泳いでいた時と同じように滑らかに動き、まるで本当に生きているかのようであった。踏み躙られた尊厳を取り戻したことに、そして父と母の魂が躍動するかのような写し身の姿にレイナは涙が込み上げてくる。
そんなレイナにブルーは優しく微笑みながら言う。
「次は竜神様の本体をどうにかしないとね」
「うん、だけど……」
目の前で見た竜神の本体、レイナにはあれを止めるなど、どう考えても無理に思えた。
「竜神様は強いもんね。レイナやボクだとちょっと難しいよね」
レイナには一連のブルーの言動の意図が分からない。竜神の意思を取り返すと言っておきながら、その本体を止めることは出来ないと言う。しかしそこに悲壮感はない。
「というわけで、レイナ、その石の出番だよ」
なぜなら、竜を止める術なら既にレイナが持っているのだから。
「石って……まさか」
「うん。ローズの心臓。今なら声が聞こえると思うよ」
「えっ?」
するとレイナが持っていた紅い石のカケラがゆっくりと目の前に浮かび上がる。
(ふふ、待ちくたびれちゃった)
美しく妖艶で、だけど少しだけ悪戯な声。
(レイナ、初めまして……て感じでもないわね。私の名前はローズ、知ってるわよね?)
「は、はい」
ブルーの話に何度も出てきた名前。紅い石の本来の持ち主。初めて聞くローズの声にレイナが緊張しながら応える。
(簡単に説明すると、この紅い石は私の心臓とダンジョンのコアから作られた魔道具なの。ダンジョンは試練を与えるもの。そして試練を乗り越えた者に報酬を与える。おめでとう、あなたは試練を乗り越えたわ)
「試練……ですか?」
(そう。あなたは理不尽に抗ってみせた。どれだけ絶望的な状況になっても最後まで戦ってみせた。そしてほんのひとカケラとはいえ、人の身でありながら神に仕える魂を守ってみせた。それは偉業、報酬を受け取るに相応しい行いだわ。だから願いなさい、あなたが望むものを)
「報酬……私が望むもの……」
(レイナ、あなたは何を望む?)
「私は……」
思い出すのはこれまでの竜神の言葉。そして竜神に頼り続けたこの国の歪な在り方。
心が決まる。
「私は竜神様を解放したいです。契約で縛られることのない自由を願います」
(それがあなたの願い? あなた達の国は加護を失うわよ?)
「はい。加護がなくても竜神様は私達の大切な隣人であり……と、友であって欲しいと思っています」
(ふふ、素敵な願いね。でも、そのためには竜を縛るもの、神が残した枷を壊さなきゃいけないわね)
レイナはローズの言葉で自分がとんでもないことを願ってしまったことに気づき、慌てて訂正しようとする。
「で、でしたら……」
だが、もう遅い。相手は魔王なのだから。それがどれほど困難だろうと、願いを取り下げるなんて退屈な選択は許さない。
(ダメよ、もう気に入ってしまったの。だから叶えてあげる、この私が、その素敵で傲慢な願いを)
紅い石から光があふれる。紡がれるは破壊の
『私は全てを壊す者。抗う者の願いに応え、あらゆる理を打ち砕き、退屈なる終わりを覆さん』
顕現。
突風と共に吹き荒れる魔力。風が止むと凄まじい威圧感と共に真紅のドレスを着た少女が現れる。
「おかえり、ローズ」
笑顔のブルーが少女に声をかける。
「ええ、ただいま、ブルー」
最強の魔王が舞い降りた。
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