第24話 竜の堕とし方

 最初に異変に気づいたのはレイナであった。優雅に飛んでいたはずの竜の飛び方がどこかぎこちなく感じる。


(あり得ん! 制御を奪おうとしているのか!?)


 竜神の焦った声がレイナに届く。


「竜神様!! なにがっ!?」


 思わず叫んでしまったレイナに子供達が驚く。


「ど、どうしたのレイナお姉ちゃん」

「竜神様がどうかしたの?」


 そこで子供達も竜神の様子がおかしい事に気付く。落ちかけては体勢を立て直すといった不自然な飛行を繰り返していた。そしてその一回が子供達の頭上ギリギリを通過する。


(レイナよ! 皆を避難させよ! 制御が奪われる! それに森からも魔物の気配が近づいてきておる! これは攻撃だ! 我らは攻撃を受けているのだ!)


「みんなっ!! 建物の影に隠れて!! はやくっ!」


 レイナは竜神の言葉を聞いて迷わず行動に移る。子供達はレイナのいつもとは違う余裕のない叫びに驚きながらも、言われた通りに退避する。続いてレイナは近隣の住民に避難を呼び掛けようとしたが、そこでブルーに手を掴まれて止まる。


「ブルーさん!? 早く避難……」


 真剣な表情のブルーにレイナが言葉を止める。


「これを持ってて。時間かかちゃったけどボクの力もこめてあるから」


「な、なにこれ」


 それは青く透き通った二枚の鱗。


(まずい、完全に奪われた!)


 竜神の焦った声が届く。


「じゃあ、ボクは行くね。レイナは子供達を守ってあげて」


「まっ――」


 その言葉を言い終わる前に写し身でできた竜が大きく羽ばたき、辺りに突風がふく。レイナは思わず腕で顔を覆う。

 風が止んだ時にはすでにブルーの姿は見当たらなかった。空を見上げると自分達が作った白い竜が旋回している。先ほどまでの優雅な飛行ではなく、どこか直線的で機械的な飛行であった。そこに次々と森からやってきたワイバーンが加わる。

 この辺りのワイバーンは竜神本体から漏れ出た魔素によって生まれた魔物であり、言わば竜神の影である。本来であれば人里離れた山や森で静かに暮らし、縄張り内の生態系と秩序を守る魔物である。

 それらが今、悪魔によって深い暗示にかけられていた。

 王宮の屋上で悪魔が嗤う。


「お前達、親である竜神の危機だ。竜神を助けるために行動を起こすのだ。いいか? 仕掛けたのは外から来た人間だ、そいつらにはワーウルフの血がついている。ワーウルフ達を殺したのもそいつらだ! 殺せっ!」


 竜神祭の今日、街の外からも沢山の人が訪れていた。彼らはブルーと同じように特殊な魔道具を持たされていた。それは本来であれば鱗の代わりに竜神が旅人に加護を与えるための魔道具であった。そこに悪魔は細工をした。加護を弱め、さらにワーウルフの子供達の血を混ぜた。

 森の調停者たるワイバーンにワーウルフの怒りが伝染する。ワイバーンが一斉に魔道具を持つ人間に突貫する。そして悪魔はこの魔道具にもう一つ仕掛けをしていた。


「に、逃げろ! ワイバーンが襲ってくるぞ!」


 魔道具を持つ者は、ワイバーンと目が合うとすぐ様走り出す、人が大勢いる方へ。「人混みへ逃げよ」それは簡単かつ効果的な暗示。久々の花火を見るために屋外、特に見晴らしのいい場所には沢山の人が集まっていた。そこに何匹ものワイバーンが襲いくる。


「ワイバーンに鱗持ちを襲わせると、流石に暗示が解けちまうからな」


「合理的だな」


 悪魔の非道な罠を合理的というクライス。


「さて、こちらもそろそろ始めるか……【強化】」


 クライスの魔法が通ると写し身である白い竜の動きが止まり、苦しそうに震え出す。そして白い布を突き破ってドス黒い肉の塊が生まれる。それはみるみる膨張し血を流しながら羽を広げる。目も鼻も口もない爛れた肉の塊に巨大な羽が生えた醜い生物が生まれた。


「イカしてるゼェ! クライス、お前、芸術の才能があるんじゃねぇ?」


 どこまでも軽い悪魔の声が囃し立てる。


「やかましい奴だ。だが堕ちた竜には相応しい姿かもしれんな。さぁ仕上げだ……【強制】」


 写し身から生まれた肉の塊は苦しそうに声を上げると、頭部が裂けそこから黒い炎のブレスを放つ。


 人々は襲われ、建物は崩れ、街が燃える。


 レイナは呆然とその様子を見ていた。ほんの数分前まで希望に満ちていたはずの祭りが一瞬で地獄に変わってしまった。


(我のせいで……こんな……やめてくれ……たのむ……)


 竜神の悲痛な声が聞こえる。


「助けて! 誰かっ!」


 街からは絶え間なく悲鳴が聞こえる。子供達を守るためには、レイナはここから離れられない。誰かを守るために、誰かを犠牲にしなくてはならない現状に歯噛みする。竜神の力を継いでも、守るべきものが手からこぼれ落ちる。


——なんて無力なんだろう……


 自分の弱さが情けない。

 上を見上げれば、自分達の写し身から生まれた化物がこちらに向かってきていた。

 クライス達の目的は、はじめから福音のない子供達であった。竜神の最後の意思がレイナに宿っていることを知ったクライスと悪魔は、彼女の生い立ち、性格、周囲との関係を徹底的に調べ上げた。その上で彼女と竜神の最大の弱点である子供達に目をつけた、竜神の心を完膚なきまでに折るために。

 福音のない子供達とは、一つの竜神の意思が廃棄ダンジョンに棄てられ、次の適合者に新たな意思が宿るまでの僅かなタイムラグの間に生まれた子供達である。言ってしまえば完全にタイミングの問題であり、もちろん子供達にもその親にも罪はない。

 それ故に、なんの咎もなく不幸な目にあってきた子供達を竜神は常に気にかけていた。そしてなるべく自分の手が届く範囲に置こうとしていた。しかしそれはあまりにも分かりやすい弱点。


――狙いは子供達……


 高速で落ちてくる不快な肉の塊が子供達を目指していることにレイナが気づく。自分だけなら避けることが出来る。しかし子供達は無理だ。であれば自分が受け止めなければならない。レイナは覚悟を決める。


(レイナ! 結界を張れ!)


 竜神の言葉を聞いてレイナが集中する。


「守護の翼!」


 竜の意思を継ぐ者には、その力を得た時に基本的な使い方も同時に理解する。翼は守り。広範囲を守る強力な結界。


 しかし何人もの適合者を相手にしてきたクライスには見飽きた技である。落下の途中、ただの体当たりだと考えていた肉の塊から無数の触手が伸びる。


(まずいっ!)


 触手はまるで毛細血管のように結界に張り付いて侵食する。その結果一秒にも満たない僅かな時間で結界があっけなく割れる。


「あがあぁぁ」


 さらに侵食が術者であるレイナにも及び、体の自由を奪われる。そして肉の塊は速度を落とすことなく子供達へと落下する。それをレイナは見ていることしかできない。

 

 恐怖で動くことができない子供達から最後に伝わるのは諦念の感情。


(あぁ、死んじゃうんだ)

(痛いのは嫌だなぁ)

(でも仕方ないよね)

 

(((だって私達には福音がないんだから)))


 そんな事はないと言ってあげられない自分が情けなくてたまらない。


(もう、やめてくれ……)


 竜神の心が折れる。


 大きな衝撃と共に子供達が肉の塊に潰される。それを見せつけられたレイナもまた触手によって意識を刈られる。


 意識が途絶える直前、ブルーにもらった鱗が一瞬光った気がした。

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