第23話 竜神祭
竜神祭当日。
ブルーと子供達はたくさんの人の手を借りて、例年よりもずっと立派な写し身を作り上げた。それは木でできた頑強な骨格とミリーが提供した質の良い布で出来た美しい竜であった。羽を広げた大きさは三メートル以上もあった。白地の布にはミリーと子供達が施した刺繍があり、それが日の光に反射してキラキラと光っていた。孤児院の玄関に飾られたそれを子供達は誇らしげに見上げる。家や店が並ぶ通りには同じように沢山の写し身が飾られていた。写し身に決まった姿はないため、街には大小色とりどりの竜が並んでいた。
そして大通りには沢山の出店が並び、十年前と同じくらいの盛り上がりを見せていた。直前になって王宮からかなりの支援があったためである。
ブルーとレイナも子供達を連れて出店を周る。写し身作りの駄賃として、関わった大人達から少しずつもらっていたお金を握りしめて、どこで使うかを真剣に吟味する。
ブルーは丸い体に短い手足のついた可愛らしい竜の形をした饅頭を買った。
「こんなに可愛いのに、おいしいなんてやっぱり竜神様は最高だね」
よくわからない竜神への評価を口にしながら幸せそうに食べるブルーを見て、レイナも子供達も笑う。
店によっては福音のない子供達にいい顔をしないところもあったが、そういう店は大抵ブルーによってめちゃくちゃにされた。もちろんブルーは意図してやってる訳ではない。ただ子供達が萎縮してしまい、ブルーを止めるのがワンテンポ遅れてしまうために起こる悲劇であった。レイナはその様子を見てこっそりと笑う。
アクシデントも沢山あるが、こうやってみんなで竜神祭を楽しめる事がレイナは嬉しかった。
夕方まで目一杯祭りを楽しんだ後は全員で孤児院に戻る。今年は王宮から花火が上がるかもしれない。そんな話を街で聞いた子供達とブルーはわくわくした気持ちで帰路に着く。
孤児院では院長のアシュリーとミリーが夕食を作って待っていた。いつもより少しだけ豪華な食卓を見て子供達とブルーのテンションが上がる。
「楽しかったみたいだね、あんた達?」
院長の言葉に子供達が頷き、口々に今日の出来事を話し出す。
「はは、いっぺんに言われてもわからないよ。あとでゆっくり聞くから、まずは全員手を洗っておいで」
子供達は嬉しそう一斉に水場に向かう。残ったレイナとブルーに、ミリーが声をかける。
「レイナちゃん、それにブルーもご苦労だったね。今年は竜神様も楽しんでくれたかしらね?」
その質問に一瞬ドキッとしながらもレイナは力強く頷く。
「きっと楽しんでもらえていると思います」
「それは良かったよ。昔はね、竜神様もよくはしゃいでおられたんだよ。夜には街で一番出来のいい写し身を使って、打ち上がる花火の中を飛び回ったりしてね。本当に楽しそうだったんだよ。私はね、あんな風に楽しそうに飛び回る竜神様が好きだったんだ。守ってもらえるのは本当にありがたいけどね……それだけじゃ竜神様が疲れちまうんじゃないかってね、そんな事思うんだよ」
「ミリーさん……?」
「なんだか嫌な予感がするんだよ。あの時……うちの旦那が死んじまったときと同じ感じ。竜神様がどこかに行っちまうような気がするんだよ」
「そ、そんなことは……」
「大丈夫だよ」
慌てて否定しようとするレイナの言葉を遮ってブルーが断言する。
「今度は大丈夫。竜神様も街の人もみんな守るから」
ポカンとするレイナとミリー。しばらくしてミリーが笑い出す。
「はは、竜神様を守るってかい!? 確かにあんたならできそうな気がしてくるから不思議だよ。じゃあ任せたよ、ブルー」
「任せてよ!」
「あぁそれと、ウチの店に飾った写し身は見たかい? あんたがしつこく言うから余った材料で作ってみたよ」
ミリーが思い出したように言う。ブルーはミリーにせっかくだからお店にも写し身を飾って欲しいとお願いしていた。ミリーは渋々ながらも、ブルーのお願いに押し切られる形で、簡単なものを作っていた。孤児院で作ったものよりもずっと小さくてシンプルな写し身だったが、その羽にはブルーがしてもらったものとお揃いの刺繍が施されていた。
「うん、とっても素敵だった……」
***
夜ご飯を食べた後は皆で玄関に出て自分達が作った写し身を通して最後のお祈りをする。皆の祈りが終わり、顔をあげたタイミングで王宮から花火が上がり、子供達から大きな歓声があげる。
(沢山の者に、心配をかけてしまっておるのだな……)
花火の音に混じって竜神の悲しそうな声がレイナに届く。
竜神に届いた祈りには、今の生活をなんとかしてほしいという悲痛な願いだけでなく、ミリーと同じように竜神を心配する声も沢山混じっていた。
(レイナよ……少しだけ力を貸してはくれぬか?)
皆の前で声を出せないレイナはこくりと小さく頷く。
(そなたらが作ってくれた写し身に触れてくれ)
花火に夢中の子供達の輪から抜け出してレイナは写し身に触れる。そこから竜神の力が僅かに流れ込むと、白い布に施された刺繍が金色の光を放ち、羽がゆっくりと動き出す。作り物の竜に意思を写し仮初の命を与える。
(よい出来だ……本当に)
皆の思いがつまった写し身に命が吹き込まれる。物音に気づいた子供達が振り返り目を丸くする。自分達が作った竜が今まさに羽ばたこうしていた。
(見ておれ)
その声と共に白い竜が空に舞い上がる。金色の糸を引き美しい軌道を描きながら花火の中を優雅に飛行する。
皆がそれを見て歓喜する。興奮して叫ぶ者や涙を流す者もいた。もう大丈夫だ。竜神様が元気ならきっとまた上手くいく。民の心に希望が宿る。
それが悪魔によって演出された希望である事を知らずに。
「クライス、見ろよ? 花火あげたらマジで飛んできやがった! あるいはそういう事もあるかもしれねぇとは思ったが、マジで信じられねぇくらい間抜けだな!」
王宮の屋上で花火の中を泳ぐ竜を見て国王が下品に笑う。
「……なぜこのような非合理的な行動をとるのか全く理解に苦しむ。竜神の本体がこのような愚かな存在でないことを願うばかりだ」
民の希望を愚かと言い捨てるクライス。
「かっかー! ひでえ言いようだな! だがまぁそいつは大丈夫だ。あれはただの兵器だ。本体の意思なんてあってないようなもんだ。それに向こうから出てきてくれたんだから楽させて貰おうぜ!」
「そうだな。ではそろそろいくぞ」
「あぁ始めよう」
「「狩りの時間だ」」
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