第22話 廃棄ダンジョンの使い方
クライスは、フォルテに扮した悪魔と共にドラゴの街に帰った。兵が全滅するほどの強大な魔物を、兄弟の力を合わせて討伐したなどと嘯いて。その報告をきいて国中が歓喜した。竜の意思は勇敢な第二王子に継がれ、それを支える優秀な第一王子がいれば、この国は安泰だと。唯一、退位を目前にした現国王のみが、その報を聞いて険しい表情を浮かべていた。
数日経った夜、クライスとフォルテは、国王に呼び出されていた。
「陛下、お加減はいかがでしょうか?」
フォルテが頭を下げながら恭しく問う。
「これは公の場ではない。昔みたいに父と呼んでいいのだぞ…………お前が本当の息子であったのならな」
顔をあげたフォルテの顔に品のない笑みが浮かぶ。
「かっかー! まぁテメェにはわかるわな! 竜の意志が戻ったんだろ、現国王様よぉ!?」
恭しい態度が消え、軽薄な言葉を吐くフォルテの皮を被ったナニカ。そのナニカに国王が本気の殺気をぶつける。
「おぉこえぇ。貧弱なこいつの体じゃすぐにやられちまいそうだ」
体を乗っ取ったことを隠そうともしないその物言いに、国王はさらに殺気を強める。だが、まずは確認すべきことがあると、クライスに重々しく声をかける。
「……お前は、どちらだ?」
「どちら? 随分と抽象的な問いですね……父上」
その声、その響きはまぎれもなく息子のものであった。それは考え得る中で最悪な状況と言えた。
「あぁ……なんてことだ。お前はお前のままなのだな」
「何を当たり前なことを。悪魔よ、これがお前の言っていたカラクリというやつか?」
「あぁそうだ。殺しちまうと別の適合者に竜の意思は移る。それじゃあ契約はいつまで経っても破棄されねぇ」
実の息子が正気を保ったまま、悪魔と平然と会話をする、親である自分をまるで気にすることなく。それはひどく気味の悪い光景であった。
「お前たち……何の話をしている……まさか」
「少し黙っていてください、父上」
クライスは何の迷いもなく、国王に向けて拘束魔法を発動する。竜神の意思を宿すはずの国王の体から自由が奪われる。フォルテが偽物であることに気づいていた国王は、差し違えてでもこの偽物を殺すつもりでいた。そしてそれはクライスに対しても同様であった。本人であれ偽物であれ、罪を犯したのならばこの手で裁こうと。しかし実際にはこうも簡単に自由を奪われたことに驚愕する。国王はクライスの実力を完全に見誤っていた。
「お前の魔法は、俺らの領域に踏み込んでるな。人間にしとくにゃ惜しいぜ」
「ふん、さっさと先を話せ」
「へいへい。お前は不思議に思ったことはねぇか? どうやって眠ってるはずの竜が民を護ってんだってな」
「竜神の意思というやつだろ? 眠っている本体の代わりにこの地を守護しているという」
「そうだ。だがそのためには意思と本体を完全に切り離さなきゃならねぇ。じゃなきゃ安寧なる眠りは得られねぇはずだ。つまり、この竜の意思、まぁ魂のかけらみたいなもんだがな、こいつは本体と違って有限なんだわ。そんでこの魂のかけらが消えちまえばこの地と竜の契約は終了だ」
「なるほど、筋は通っているな。では父上に宿った竜神の意思を何らかの方法で消せば契約は終了か?」
「いや、そんなに簡単じゃねぇ。魂のかけらといっても人間からすりゃバカみたいにでかいエネルギーだ。国王の分を消せば、次の意志がどこかに宿る。それをまぁちまちま消していかなきゃなんねぇんだわ。そーだな、俺の見立てじゃ、ざっと百人分ってとこだな」
「殺した場合は、竜の意思は消えずに次の適合者に宿ると。竜神からすればその場合の損失はゼロということだな」
「そうだ。だから普通にしてりゃ竜の意志が消えることなんてねぇんだよ。何千年もすりゃ多少摩耗はするだろうが、それだって微々たるもんだ。そりゃあ人間からすりゃ『永劫に』だろうよ」
「理屈はわかった。が、肝心なところが抜けている。殺しても消せない竜神の魂をどうやって消す?」
その質問に待ってましたとばかりに悪魔がニタリと笑う。それはこれまでの付き合いで悪魔に慣れてきたはずのクライスですら寒気がする笑い。
「あるんだよ、この地には。魂さえ消し去るイかれたダンジョンが――――なぁ? 国王さまぁ」
拘束された国王の顔は青褪め、額から大量の汗が流れる。その反応を見てクライスは悟る。
「なるほど、王にのみ伝わる存在か。なかなかに興味深いな」
「案内していただけますね、父上?」
国王は秘密を知る悪魔よりも、いまだ自分に対して丁寧な言葉を崩さないクライスが恐ろしかった。そして自分の意思に反して体が動き出す、王室の幾重にも隠蔽された隠し扉に向かって。拘束魔法の応用、【強制】。魔力に大きな差がなければ成立しない魔法がいとも簡単に通る。
「かっかー、やるじゃねぇか。人間でここまでできるのは素直に賞賛に値するぜ」
クライスは悪魔の賛辞を受け流し、物言わぬ国王について階段を下る。十階分ほど下った地下には大きな空間があり、古びた祭壇の奥には全てを飲み込まんとする黒いモヤが渦巻いていた。それはダンジョンの入り口。あまりに異様なその存在にクライスも悪魔も圧倒される。それによって国王の拘束が一瞬緩む。
「はぁはぁ、コレだけはだめだ! 王の座でも何でもくれてやる! だがコレだけは関わってはならん! 竜神様の力ですら見通せぬ厄災なのだ!」
「静かにしてください、父上」
冷静さを取り戻したクライスが再び国王を拘束する。逆に悪魔は目を見開き興奮する。
「こいつはすげぇ! この俺ですら、まるでわからねぇ!」
「おい、わからないだと!? そんなものが本当に使えるのか? そもそもダンジョンなのだろう? どう使うというのだ」
クライスが呆れたように問う。
「落ち着けって。こいつはなぁ、俺らの間じゃ廃棄ダンジョンて呼ばれてんだわ。ダンジョンっつーくらいだから、生きてりゃ誰でも入れる。だけど誰も出てこれねぇ。それどころかな、入った瞬間からそいつの魂が綺麗さっぱり世界から消えちまうんだよ、輪廻に戻ることなくな」
「……死とは違うということか」
「あぁ、まるで違う。肉体と魂の消滅。完全なる無だ。一説には魂ごと分解されてるとか言われてるが、中で何が起こってるかなんて誰もわからねぇ。だがな、理屈なんてどうでもいいんだよ。魂ごと消せるんなら、それだけでどれだけ価値があるかわかるってもんだろ?」
そこで悪魔はニヤリと笑う。
「こいつはな、竜の魂さえ喰らうのさ!」
そこからは実に簡単であっけなかった。最初に王が送られた。魔法で強制され、黒い渦の中に消える。たったそれだけ。国民には国王が逝去したと発表し、悪魔が扮するフォルテが国王の座につく。だが誰も疑問に思わないし、誰も悲しまない。もうここに元国王の魂はないのだから。
そして次の適合者、竜の意思を持つ者が現れれば捕らえ、廃棄ダンジョンに送る。時に強制的に、時に言葉巧みに。それは実に簡単な作業であった。彼らは竜の焦りに共鳴して何かしらの行動を起こし、そして簡単に捕まる。
竜は確かに国を外敵から守ってきた。悪意を持って近づく人間や魔物から。だが国の内側で、それも王族から、クライスという化物が生まれることを想定していなかった。適合者の体が壊れない限界まで力を分け与えても、全く届かないほどの化物が。悪魔が言うように、人間を信じすぎたが故の過ち。
そして十年。竜はこれといった抵抗もできないままにその魂を削られ続け、今では最後のひとカケラにまでなってしまった。街からは気高き魂が消え続け、民の心は虫に喰われたようにポツポツと穴が空いていた。もう何もかも手遅れ。
そのはずだった。
だが、悪魔もクライスも知らない。
自分達がゴミ箱のように使っていたダンジョンに、一匹の魔物がいたことを。
それを最強の魔王が解放したことを。
竜神祭が始まる。
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