第19話 最後の日常

 昨晩、自室を訪れたブルーが帰り際に放った言葉のせいで、レイナはよく眠れなかった。謎の紅い石と共に現れた謎の人物。レイナはブルーのことを何一つわかっていないのだと思い知らされた。


「私がこの石を持っていることは、初めから気づいていたのでしょうか……」


 紅い石を手の中で転がしながら呟く。

 

(かもしれんな。そしておそらくあの者の中にも、我と同じような異なる魂が存在しておるのであろう)


 それはレイナも気づいていた。


「ローズ……さん、魔王だって以前ブルーさんが言ってました」


(あぁ、そしてあの者もまた、そのローズなる魔王と会話ができるのであろう)


「はい。よく一人で会話してるようでしたし」


(だが、我にはあの者の魂が見えないのだ。いや見えてはおる、なんの変哲もない人間の魂がな。だがそれでは理屈が通らん。つまり我が見ているものはおそらく偽物、本物の魂は高度に隠蔽されておる)


「そんなことが可能なのでしょうか?」


(わからぬ。我が知る限り、人には無理だ。それに、あの者が昨日見せた魔法もまた異常であった)


「はい、一瞬で傷が消えました」


(いや、効果も確かに優れていたが、我が異常だと感じたのはそこではない。レイナよ、あの者は最後まで傷を見なかったであろう?)


「え? たしかに……」


(普通はな、健康な状態を知り、そこからの変化、つまり傷の具合を見て、それを逆算するように魔法を構築するのだ。だから回復魔法の使い手は体の仕組みと怪我の機構を知らねばならん、そうでなければ効果は得られない。だがあの者はそんなこと一つも考えておらん)


「そ、そんなことは…………あるかもしれません」


 何も考えていないと言われたブルーがさすがに可哀想になり、援護しようと思ったレイナだったが、普段の行いを思い返すと援護のしようがなかった。


(うむ。だからあの者は、単純に自分がイメージする健康な肉体を再構築したのだ)


「さ、再構築ですか?」


 自分の体が作り直されたと聞いて、レイナは自分の体を咄嗟に抱きしめる。


(いや、もちろん一からすべてを作り直したわけではない。異常がある部分を取り除き、そこに正常な肉体を構築しておるのだ。これは一部の神薬や、最高位の神官のみに許される奇跡なのだ)


「す、すごいことをしてもらったんですね」


(だが本人に偉大なことを成したという意識はない、であろう?)


「はい。あの時ブルーさんから感じたのは、やっとできたという安堵と……後悔に似た悲しい感情でした。そこに自分の魔法を誇るような気持ちはありませんでした」


(後悔か。その力だけを見ればあまりにも得体が知れぬが、一方で非常に人間らしくもある……レイナよ、そなたはあの者が信頼に足ると思うか?)


「私は……」


 レイナはブルーと過ごしたこれまでの時間を振り返る。竜神が言うように、まるで得体が知れない。言動だっておかしくないところを探す方が難しい。でも短い時間の中で、ブルーの優しさだけは本物だと信じていた。だから力強く答える。


「ブルーさんは信頼できると思います」


(……そうか)


 竜神は、そこで何かを考え込むように黙ってしまう。仕方なくレイナは、そこで話を打ち切り街へと出る準備をする。

 今日は買い出しのついでに、ブルーを街へ案内することになっていた。本当は孤児院で子供達と写し身作りをしてもらいたかったが、ミリー達が来てくれるようになったおかげでブルーの手が空いた、というより、むしろ皆の作業の邪魔にならないように、レイナが連れ出すことにしたのだ。

 リビングで朝から子供達とはしゃいでいるブルーに、やや緊張しながら声をかける。


「おはよう、ブルーさん」

「おはよう、レイナ! 足は大丈夫!? ピンピンしてる!?」

「う、うん」


 独特の言い回しに戸惑いながらも、問題ないことを伝える。むしろ今日のレイナはブルーのせいで寝不足のはずなのに体は軽く、極めて体調が良かった。まるで古い部品が全て新品のパーツに取り替えられたような……先ほどの竜神との会話を思い出す。


 ――うん、これ以上は考えちゃだめ。


 そこでレイナは、怖い想像を無理やり追い払う。


「じゃ、じゃあブルーさん、準備が出来たから行こうか」


「はーい!」


 ブルーの元気のいい返事に、子供達が心配そうな顔を向ける。


「お姉ちゃんに迷惑かけちゃダメだよ」

「お姉ちゃんの言うこと聞くんだよ」

「お姉ちゃんから離れちゃダメだよ」


 なんだかここ数日ですっかり成長した子供達を、レイナは複雑そうな表情で見つめる。


「もう、みんな心配しすぎだよ! ボクも成長してるんだから。ねぇレイナ?」


 あれ? 成長してたかな? と疑問に思うレイナであったが、先ほど竜神に向かってブルーは信頼できると宣言したのは自分である。だから力強くブルーの言葉を肯定する。


「そうだね! 心配ないと思うよ」


 十分後。

 ガッシャーン。

「ごめんなさーい!」


 出発早々、破壊活動を行うブルーにレイナは白目を剥いていた。その後も繰り返される破壊と謝罪に、レイナは朝の自分の言葉を撤回したくなっていた。

 だけど、不思議といつもより、相手から伝わる感情が心地よかった。壊して、怒られて、謝って、そしてみんなで直す。そうするとなぜかみんな最後には笑顔になっていた。


「レイナちゃん、よかったらこれも持っていきな」

「レイナ、こいつはおまけだ」

「レイナちゃん……」

「レイナさん……」

「レイナ……」


 久しぶりに名前を呼んでもらえた気がした。レイナとブルーがまわったお店は昔からの馴染みで、それこそ昔はよくしてもらっていた。でも最近では必要最低限の受け答えだけで、互いに距離を置いていた。そんなどこか気まずい雰囲気を、ブルーは簡単に壊してしまった、店の何かと一緒に。


 二人は一通りの店をまわった後、水が枯れた広場の噴水の縁に腰掛けて、小休止をとった。二人とも肉体的にはほとんど疲れることはなかったが、レイナは精神的にまいっていた。おまけも沢山もらえて、街の知り合いとの距離が少し縮まり、結果的には良かったのだが、それはそれである。これだけ振り回されれば疲れもする。ただ、隣のブルーは相変わらず何が楽しいのかニコニコしていて、それを見ていると、まぁいいかという気持ちになってくる。

 


 それは穏やかで平和なひと時。


 

 二人の目の前を一組の親子が通り過ぎる。十歳くらいの女の子を連れた男女。


「今年の竜神祭は楽しみね」


 母親が優しく娘に語りかける。


「なんで?」


 娘は疑問に思う、去年も一昨年も全然面白くなかったのにと。


「今年はフォルテ様とクライス様が直々に支援してくださるんだ! だから去年よりいっぱいお店が並ぶぞ!」


 父親が自慢げに説明する。


「そうなんだ!? やっぱりあのお二人はすごいね!」


 娘が嬉しそうにはしゃぐ。


「あぁ、竜神様の意思を継ぐフォルテ様と、それを支えるクライス様がいれば、この国は大丈夫だ」


 父親が縋るように言う。


 

 毒に侵された、穏やかで平和なひと時。




 レイナは膝の上の拳を強く握りしめ、この偽りの平和がもう少しだけ続くことを願う。


 ――せめて竜神祭が終わるまでは……。


 レイナのかたく握られた拳に、ブルーはそっと自分の手を重ねる。その透き通った青い瞳の先には、娘と手を繋ぎ、幸せそうな顔を浮かべる、父と母。


「……ちゃんと返すからね」


 レイナにはブルーから零れたその言葉の意味はわからない。ただただ、深い後悔と、そして強い決意だけが伝わってくる。


 困惑するレイナに竜神が声をかける。


(レイナよ、今朝の話の続きだ。もしも、そなたがこの先迷った時、例えば、我のことが信じられなくなったとしよう…………その時は…………ブルーを頼れ。我もこの者を、ブルーを信じようと思う)




 それぞれの想いが交差する。


 

 ――――――――――

 本作をここまでお読み頂き、本当にありがとうございます。この後、過去の話(種明かし)を挟み、そこからクライマックスとなる竜神祭が始まります。少しでもお暇つぶしになれば幸いです。

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