第18話 ブルーの秘密
その日の夜、レイナは自室で今日のことを振り返っていた。ブルーの雰囲気が変わったと思ったら、一瞬だけ何かを思い出した。思い出したというより、白黒だった記憶に色がついたような、経験したことのない感覚を味わった。そして今はもうそれが何の記憶だったのかうまく意識できない。
「なんだったのでしょうか……」
レイナの独り言のような問いに、竜神が答える。
(……魂だ)
その重々しい響きにレイナが戸惑う。
「……た、魂ですか?」
(そうだ……人はたとえ死んでも、遺された者の心に残り続けるであろう? それは魂が共鳴しているからなのだ。そしてゆっくりと輪廻に戻っていく。だが魂ごと消え去ると、その存在が世界から消える。その場合、遺された者の記憶には残るが、魂が共鳴することはない。つまり心に残らないのだ。そしてそのうち記憶からもこぼれ落ちていく。それが魂の消滅だ)
「……魂の消滅」
レイナにはそれはあまりにも寂しい結末に思えた。
(おそらくミリーなる者の身内が魂ごと消滅したのだ。そしてその者はおそらく……いや間違いなく、我が意志を宿していたはずだ。つまりレイナ、そなたの前任者だ)
「……」
レイナは言葉を失う。自分もまたそのような結末を迎えるかもしれない。そのことに思い至りどうしようもなく怖くなる。それでもその恐怖をどうにか抑えて、竜神に訊ねる。
「で、でも、ならなぜあの一瞬、記憶が……」
(そうだ、あの一瞬確かにその者とそなたらの魂が共鳴した。それは、本来あり得ないことなのだ。そして一瞬だが、あの者、ブルーから僅かに我が意思のカケラの存在を感じた)
「ブルーさんが竜神様の意思を?」
(そうだ。そんなことはあり得ないのだ。なんなのだアレは……)
ブルーのことをアレと呼ぶ竜神にレイナが少しだけ語気を強める。
「ぶ、ブルーさんが竜神様に何かしたとは考えられません」
(……そうだな。すまない、我も混乱しておるのかもしれん。だがな、警戒だけはしておいてくれ。そなたのことが心配なのだ)
「はい……私の方こそ申し訳ありません」
気まずい沈黙によって二人の会話が途絶える。ややあって部屋をノックする音がその沈黙を破る。
「レイナ?」
今まさに話題にしていたブルーの声にレイナの心拍数が上がる。
「ブルーさん? ど、どうしたのこんな時間に?」
レイナは動揺を隠すように笑顔を作り、ブルーを部屋に招き入れる。
「ここがレイナの部屋かぁ、玉座はどこ? これ?」
「玉座? 椅子ならこれだけど……」
「おぉ! ちょっと座ってみてよ!」
「う、うん、いいけど」
いつもと変わらないブルーの様子に、レイナは自分が緊張していたのがバカらしくなってきた。
「ん〜、レイナはあんまり魔王っぽくないね……」
少し残念そうなブルーの声にレイナが突っ込みを入れる。
「当たり前だよっ! 魔王じゃないもん! 街娘だもん!」
「ふふ、いつものレイナだ」
その言葉と共に伝わる安堵の心から、どうやら自分が心配されていたことに気づいたレイナは、少しだけ顔を紅くする。
「ねぇレイナ、足はもう大丈夫? 少し引きずってたみたいだけど」
竜神の意思を継ぐレイナの回復力は凄まじく、昨日魔物に対処した際に怪我した傷は、もうほとんど残っていなかった。ただし、深く切った太ももの傷だけはまだ残っており、それは膝丈の短パンで隠していた。だがどうやらブルーは歩き方でレイナの怪我に気づいていたらしい。
「全然大したことはないの、心配かけてしまってごめんなさい」
妙な洞察力に驚きながらも、レイナは心配ないことを伝える。
「そうなの? ちょっと見せてよ」
が、なぜかしつこく傷を見せろと言ってくるブルーに、レイナは胡乱な目を向ける。
「いくらブルーさんに常識がないからって、乙女の肌を見ようとするのは感心しないよ」
「秘密ってこと? それはいい女の条件ってやつ?」
「い、いい女!? 違うけど! 普通に見せたくないだけだよ」
「そっか。じゃあ服の上からでもいいや。回復魔法かけていい?」
「え? いやすぐ治るから必要ないけど。というかブルーさんって回復魔法使えるの?」
この国では竜神の加護により、ほぼ全ての人間が何かしらの魔法適性を持っていた。ただし回復魔法となると神官や一部の兵に限られ、それなりに珍しくはあった。そんな魔法を使えるというのはレイナからすると少し意外であった。
「実はすっごく得意なんだ! これしかできないと言っても過言ではないよ! まぁ他の人に使って成功したことはないけど」
「それほんとに得意なの!? えっ、私、実験台にされようとしてない?」
「ちょっとだけ、服の上からちょっと触るだけだから! ね? お願い!」
「い、イヤっ! なんかイヤっ!」
その後も嫌がるレイナにブルーが迫る不毛な応酬が続き、最終的にはレイナが折れた。
「はぁはぁ、ほんとに大丈夫なんだよね!?」
「うん、失敗しても治らないだけだよ」
「い、一回だけだよ!?」
「いいの!?」
「一回だけだからねっ!」
念を押すレイナにブルーが破顔する。
「やったー! ありがとう」
そしてブルーの雰囲気が変わる。それまでのふざけた気配がなくなり、一呼吸おいて集中すると、緊張した面持ちで椅子に座るレイナの太ももに手を翳す。そこからゆっくりと手を動かし、そっとズボンの上から傷に触れる。
「っ!」
一瞬、傷と布が擦れて声が出そうになるのをレイナが我慢する。
「ごめんね、でも……うん、大丈夫」
ブルーが力強く頷くと傷口が暖かい光に包まれる。光が収まるとそれまで感じていた鈍い痛みが消えていた。
「えっ?」
レイナは驚いて、ズボンをまくり傷口を確かめる。そこには傷一つない元の健康的な肌が見えていた。
「すごい!」
興奮するレイナはブルーにお礼を言おうとして固まる。
「……ブルーさん?」
ブルーの目からは涙が溢れていた。
「ど、どうしたの?」
慌てるレイナに対して、ブルーは涙を拭い、なんとか笑顔を作ろうとして失敗する。
「……ごめんね……初めてうまくいったからびっくりしちゃって……ごめんね」
レイナは突然泣き出したブルーに、なんと言葉をかけていいのか分からず、しばしオロオロしていた。やがてブルーが少し落ち着きを取り戻したところで、レイナは優しく語りかける。
「ありがとう、ブルーさんのおかげで怪我が治ったよ」
その言葉にブルーの瞳がまた潤みだす。
「うん、よかった……本当によかった」
レイナはいつも孤児院の子供達にしているようにブルーが落ち着くまで背中をさすってあげた。しばらくしてブルーが顔を上げる。
「ありがとう、レイナ。もう大丈夫」
「ううん、こちらこそありがとう。さぁ、もう遅いから部屋に戻ろう? 明日も早いからね」
「そうだね……あっ、そうだ!」
最後についでとばかりにブルーが爆弾を落とす。
「ローズが心臓のカケラはしばらく持ってていいって! なんかの役に立つかもだってさ。あと困ったことがあったらボクにも頼ってね、今のボクはちょっと無敵っぽいからね。じゃあまた明日! おやすみー」
「…………オ、オヤスミナサイ」
ブルーが出ていったドアの前でレイナは固まる。ちゃんと挨拶返せて偉かったな私、と場違いなことを思いながら。
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