第15話 祭りの準備

 次の日の朝、子供達とブルーは早速、竜神の写し身作りに取り掛かる。

 裕福な家や熱心な家では新品の布や木で作った立派な写し身が飾られるが、レイナ達の孤児院には材料を用意する余裕はない。そのため、毎年近隣の家や店から不要な資材を譲ってもらっていた。

 そしてこの日は、急用で行けなくなったレイナの代わりに、ブルーが三人の子供達を引率することになっていた。


「やっぱりついていこうか?」


 心配そうなレイナにブルーは自信たっぷりに応える。


「大丈夫、心配しないで! ボクには子供達がついているから!」

「うん、どうしよう、これ以上ないくらい心配だよ」


***


 レイナの懸念通り、フラフラといろいろなものに気を取られるブルーを子供達はなんとか引っ張り、やっとの思いで最初の店に辿り着くことができた。

 ここは数年前から老婆が一人で切り盛りしている店で、主に仕立てる前の布などを扱っていた。しかし棚に乱雑に並んだ布にはかなりの埃が積もっており、とても開店しているようには見えない。


「あぁ……あんた達か、話は聞いているよ。裏にある布切れなら持っていっていいよ」


 店の奥から顔を出した老婆が元気なく呟く。老婆は福音のない子供達に対して悪感情は抱いていなかったが、その対応はそっけないものであった。

 子供達もそんな老婆の邪魔にならないようにお礼を言ってそそくさと出て行こうとする。必要以上に関わらない、いつしかこの孤児院の周りでは大人も子供もそれが当たり前になっていた。

 しかしそれは昨日までの話。



「お婆さん、こんにちは! これはもしかして布ってやつ!? すごい綺麗だね!! ぶふぁっ、でもすごい埃っ」


 ブルーは店の中にあった埃まみれの布を手に取り、そして盛大にむせた。


「ぶ、ブルーちゃん、ダメだよ、お店のものを勝手に触っちゃ!」

「な、なにしてんだい、アンタ!」


 子供達と老婆に同時に注意されるブルー。


「ごめんなさい……」


 項垂れるブルーを子供達が慰める。


「次からはお店の人に聞いてからにしようね? ていうかご迷惑だし、早く行こ?」

「ま、まぁ触っちゃいけないわけじゃないんだがね。そんなことより用事が済んだんなら、さっさと帰んな」


 引き攣った顔をする老婆も子供たちに同調する。

 

「でもお返ししないと……」


 ブルーは、ローズがかつて教えてくれた「お返しは大事」という言葉を思い出していた。その時たしかローズはこう言っていたはずだ――。


「やられたら、何倍にもしてやり返すのが礼儀なんでしょ?」

「「……」」


 子供達と老婆は奇怪な魔物にでも出くわしたかのような顔をしてブルーの方を見る。


 ――あれ、ボクなんか間違えてる?


 ブルーはなんとなく居た堪れない気持ちになり、自身の行動を振り返る。


(ブルー、あなたは間違っていないわ!)


 が、妙に元気なローズの言葉を聞いて、自信を取り戻す。


「いっぱい布もらうんだから、何か返さなきゃ!」


「い、いや確かにそうなんだけど……」

「気持ちはありがたいが、必要ないよ。ありゃただのゴミだからね」


 子供達も老婆も、眉を八の字にして困惑する。


「いや、そうはいかないよ! お返しは大事だってローズも言ってたし」


 ブルーは埃だらけの店内を見回し、そして思いつく。


「そうだっ! お店のお手伝いをしようよ! まずはお掃除からだねっ! お掃除道具はどこかな〜」


 ドッシャン! ガッシャン!


 ブルーの認識では掃除道具を探して棚に手を伸ばしただけであったが、なぜか棚の一部が崩れたことにブルーは驚く。そして、慌てて直そうと手を触手のごとく突き出して、木製の棚を真っ二つにした。


「お、おい! 何してんだい!」

「ぎゃー! 待って! お願い待ってブルーちゃん!」

(ふふっ、えらいわね、ブルー!)


 確信犯約一名を除いて皆でブルーを必死に止める。それでも、どうしてもお返しがしたかったブルーは涙目になりながら懇願し、最終的には老婆の指示の元、子供達が店先の掃除をすることになった。無論ブルーは見学である。


「はぁはぁ、なんだってんだいまったく。こんなの聞いてないよ」

「はぁはぁ、ほんとにごめんなさい」


 老婆も子供達も必要以上に疲れている様子であったが、店先は見違えるほど綺麗になった。


「すっごく綺麗になったね! ねえ他にボクにできることあるかな!?」


「「何もしないで(おくれ)!」」


 子供達と老婆の声が重なる。ブルーには心なしか老婆と子供達の仲が良くなっているようにみえて、それがなぜだか嬉しく思えた。


「あんた達も、大変だったね……なんか思ってた大変さとは違ったがね」

「はい、私たちもここまで大変だとは思っていませんでした……」

「??」


 子供たちと老婆が仲良く話しているのをブルーがニコニコ眺めていると、老婆がブルーの方を見てあることに気づく。


「あんた、ここんとこ破けちまってるじゃないか」


 老婆の視線の先ではブルーのロングケープの裾が少しだけ破れていた。


「あれ? ほんとだ、おかしいな」


 ブルーの衣服はローズに教えてもらった変化の魔法を使っているため、元々はブルーのスライムボディでできている。そのため本来であればこの程度で破けるものではない。


(固定の効果ね。あなたの姿を固定した際に衣服もより本物に近づいたのね。だから今のその服はあなたの本来の体と魔素をベースにした魔道具に近いわね。おそらく魔法的に修復することもできるでしょうけど、ちょっと練習が必要ね。ちなみに破れた箇所はあなたの魔素に還元されているわ)


「ほへー、なんか回復できないみたい!」


「なに言ってんだい、当たり前じゃないか、ほらこっちに来な」


 老婆はブルーの言葉を流して、手招きをすると、破れた箇所を確認する。


「傷は大したことないけど、このまま詰めると少しバランスが悪くなっちまうね。それにしてもいい生地だね……こんなにいい服着てあんなに暴れてたあんたが、あたしゃ怖いよ」


「へへっ」


 服を褒められて照れるブルーに老婆はなんとも言えない表情を見せる。


「……なんで照れてんだい。まぁいいよ、うちじゃ簡単な補修しかできないからね、後でちゃんと仕立てた所で直してもらうんだよ」


 そう言いながら老婆は慣れた手つきで針と糸を使い、破れた箇所の補修をする。傷を覆うように縫い付けられた同系色の布はそれだけだと浮いていたが、老婆はそこに細い銀色の糸で刺繍を施す。それは繊細な銀色の羽で、元々のデザインを邪魔せず見事に補修箇所を目立たなくしていた。

 ブルーは子供達と一緒に目を輝かせてその作業を見守る。


「すごいすごい!! これも魔法なの!?」


 ブルーの言葉に子供達も頷く。

 

「ほんとっ! 魔法みたい!」


「……大袈裟だよ」


 少しだけ顔を赤くした老婆が小声で呟く。


(素敵ね。これは技術、人が編み出し継承してきた叡智。魔法とは違うけれど、極めるには魔法にも負けないくらい努力が必要よ)


「うん、本当にすごいよ! お婆さん、ボク、これずっと大事にするね!」


「いや、だからちゃんとしたところで直してもらいなって」


「ダメだよ! これには人の叡智が詰まってるもん!」


「そんなもん詰まっててたまるかいっ! まったく大袈裟なんだよ。だがまぁ喜んで貰えてよかったよ。……ついでだ、あんた達の服も直したげるよ」


 そう言って老婆は子供達を手招きする。古くなり所々ほつれた服を着ていた子供達の目には期待の色が浮かんでいた。


「その、なんだ……あんなんでよければ刺繍も入れてやるけど、いるかい?」


 少し照れながら言う老婆に子供達が一生懸命うなずき返す。それを見て老婆は柔らかな笑顔を見せ作業を始める。全てが終わった頃には夕暮れ時になっていた。


「さぁ今日はもう帰んな、予定にゃなかったけど、あんた達のおかげで店を整理できたからね。もう少し布も分けてやれるだろうから、明日またおいで」


 当初の目的は果たせなかったが、老婆も子供達もすっかり打ち解けて笑顔になっていた。


「竜神様も楽しんでくれるといいな……」


 その様子を見て呟いたブルーの独り言を老婆が拾う。


「なんだい、そりゃ?」


「え? えっと……自分でもよく分からないんだけど、みんなが楽しそうだとボクも楽しい気持ちになれるんだよね。だから竜神様も同じだといいなって……ほら、竜神祭は竜神様に楽しんでもらうお祭りなんでしょ?」

 

 その言葉に老婆はしばし放心する。


「……そうだったね、あんたの言う通りだ。あたしゃそんな当たり前のことも忘れちまってのかい……」


 そして目に決意の色が浮かぶ。


「予定変更だ。あんた達、布はあたしが持っていく、他の材料も心配しなくていい。孤児院で待ってな! さぁ今日は帰った帰った! 忙しくなるよ!」


 突然のことに呆然とするブルーと子供達に老婆が最後に声をかける。


「あぁそれと、あんた達! あたしのことはお婆さんじゃなくて、ミリーって呼んどくれよ」





 ――ミリー?




 知っている。

 その名前は知っている。

 いや、その名前知っている。


 それは消えゆく誰かが何度も叫んだ名前。


 それは終わりゆく誰かが最期に呼んだ名前。


 ブルーは僅かに震える指先で、ミリーが施した刺繍にそっと触れる。

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