第14話 それぞれの想い
「竜神祭?」
夕食の後にブルーは、レイナから竜神祭についての説明を受けていた。レイナはブルーになんとか仕事をさせようと、頭を悩ませているようであった。
「そう。年に一度、竜神様に感謝を捧げる、この国で最も大きなお祭りなの」
もちろん参加したことはないが、ローズからお祭りという存在を聞いたことがあったブルーにとって、その響きは非常に魅力的であった。
「お祭り!? 楽しみ! 何するの!?」
興奮するブルーに、レイナは苦笑いする。
「ブルーさんはこの街に来たばかりだもんね。最近は少し元気がないけど、出店なんかもいっぱいあって、すごく盛り上がるんだよ。それに町中にみんなで竜神様の写し身を飾るの」
「写し身?」
「竜神様は眠ってるでしょ? だけどこの日だけは感謝を伝えて、街で楽しく過ごして頂くために、竜神様の写し身、まぁ木とかでできた張子なんだけどね、それを作っておもてなしをするの」
(いわゆる偶像崇拝の一種かしらね)
レイナの説明にローズが付け足す。
「偶像崇拝?」
「あっうん。なんかブルーさんって知識の偏りがすごいね……。ただ偶像っていうか、本当に写し身なんだよね。この日は竜神様の魂がこの写し身に宿るって言われていて、だからこの写し身を通して感謝や祈りを捧げるの」
「へー、竜神様はすごいんだね!」
「そう、だね……。でも、だからこそなのかな、最近はみんな竜神様に頼りすぎていて……悪いことが起こると竜神様の力が弱くなったせいだって。そんなはずないのに」
レイナは少しだけ暗い顔をする。
「レイナ?」
心配になるブルーに対して、レイナは慌てて手を振り笑顔を作る。
「ううん! ごめんなさい、ブルーさんには関係ない話だよね! そう、それで竜神祭なんだけど、うちの孤児院も毎年、子供達が竜神様の写し身を作っていて、それをブルーさんにも手伝ってもらおうと思って」
ブルーはレイナの様子が気になりつつも、竜神の張子作りという楽しそうな行事に、心を奪われる。
「わかった! かっこいい竜神様を作っちゃうね!」
はしゃぐブルーを見て、レイナにも笑顔が戻る。ただその笑顔はやはりどこか無理をしているようにも見えた。
***
その夜、ブルーを屋根裏部屋に案内し、自分の部屋に戻ってきたレイナはベッドの上で少し緊張しながら、自分の中の存在に話しかける。
「すみません、ご本人の前で勝手にいろいろ説明してしまって」
(竜神祭のことか? 構わぬぞ、だいたいあっておるからな。今の我は最近の記憶が曖昧になってしまっているが、昔はよく写し身を通して民の暮らしを見させてもらったものだ。まぁ我にとっての娯楽だな。だが今の子らにとっては、負担になってしまっておるようだな……)
「その、そんな風に思っている人はいない……と思いたいのですが……」
言葉を濁すレイナに竜神がため息混じりに応える。
(そんなに気を使わんでよいぞ。これだけ世の中が荒れてしまうと、負担と感じても仕方あるまい……早くこの状況をなんとかせねばならん)
「……そのために竜神様の御力を取り戻さなければいけないと」
(そうだ。まずは原因を知らねばならん。なぜこれほどまでに我の力が弱まっているのかを……)
「わかりました。できる限り協力させていただきます」
レイナは決意を新たにするが、紅い石のことだけは気がかりであった。ブルーが探しているという紅い石のことを黙っていることに心が苦しくなってきたのだ。
「それで、この石のことなんですけど……」
(うむ。そなたの気持ちはよくわかる。しかし、この石がなくては、我はそなたと言葉を交わすこともできんのだ。すまぬがもう少しだけ、借りておいてくれんか)
「……はい。全てが終わったら返そうと思います。……その、ブルーさんが持っているものはもう必要ないのですか?」
(これほどの力だ、無論あればありがたい。だが近くで見た限り、おそらく今の我では御しきれん)
「そ、そんなにすごいものなのですか?」
(初めは純粋な魔素が込められた結晶かと思っていたが、もっと複雑な術式が編み込んである。我がレイナとこうして言葉を介して意思疎通できるのは、その力のほんの一部にすぎん)
「そうなのですね……」
(これでも単なるカケラだと言うのだから恐ろしいな。まさか下界の者で、これほどの力を持つ者が現れるとはな)
「魔王様の心臓だってブルーさんが言っていましたが……」
(うむ。魔王とは破壊を司るもの。もちろん、下界の者にとっては強大な存在ではあるのだが、これは常軌を逸しておる。いったい何を破壊すればここまでの力が得られるのか、全く想像がつかんわ)
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
(なに、問題ないわ。その石が直接そなたを害することはないからな。それは、そなたも分かっておるだろ?)
確かにレイナはこの石から嫌な印象を受けることはなく、むしろ温かさを感じていた。
(脱線してしまったな。そなたはあまり心配することはない。我がなんとかしなければならない問題なのだ……)
言い聞かせるような竜神の言葉に、レイナは一抹の寂しさを覚える。
***
同じとき、ブルーもローズと今日のことを振り返っていた。
「今日は楽しかったね、ローズ。見るもの触るもの、全てが新鮮で、おもしろかったな」
(よかったわね、ブルー)
「うん、ありがとね、ローズ。それでローズの心臓のカケラなんだけど……」
そこでブルーは少し言い淀む。
「…………レイナが持っているんだよね?」
(……もう気づいていたの?)
「うん、何か違う気配が混じっていて自信がなかったんだけど、やっぱりそうだよね? ローズは最初から分かっていたの?」
(そうね。でも気づいていたのに、どうしてレイナに何も聞かなかったの?)
「んー、なんかレイナにも事情がありそうだったし、ローズも何も言わないし、どうしていいか分からなくて」
ブルーにとって、消えゆく誰かではなく、今を生きる誰かのことで悩んだのはこれが初めてであった。
(たくさん悩んだらいいわ。せっかくの旅なんだから、心臓のことも急がなくてもいいわよ)
こういうとき、ローズはあまり具体的なアドバイスはくれない。なによりもブルー自身の想いを大切にして欲しい、そしてそれは自分の心臓よりも大事なことだと言う。
「急がなくていいの?」
(ええ、体がなくても私は私。問題ないわ)
その言葉にブルーはまた少しだけ寂しさがつのる。
「……そっか。でもまた本当の姿のローズに会いたいな」
楽しいことが積もるほど、ブルーはローズが恋しくなっていた。贅沢だと分かっていても同じ経験を共有したくなる。
(そんな風に言われると嬉しいわね。だけど安心しなさい、その辺もちゃんと考えてあるわ!)
「えっ、なになに!?」
(今は秘密)
「えー、ローズは秘密が多いんだよなぁ。いい女の条件だっけ? ちっともわからないよ」
拗ねたような口調になってしまったブルーに、ローズは苦笑いする。
(不貞腐れないの。それより今後のことを考えましょう?)
「今後? えっと、明日は竜神様の写し身を作るって言ってたね」
(そうね。そしてきっとこれからいろんなことが起こるわ。だから私から一つだけアドバイスしといてあげる。ブルー、あなたは、あなたのやりたいことをしなさい。あのダンジョンでできなかった、あなたが本当にやりたかったことを)
それはどこか予言めいた言い方であった。
「……本当にやりたかったこと?」
(そう、今のあなたにはそれが出来るはずよ。だけど、どうしても力が足りない時は私が手伝ってあげる。だから好きなようにやりなさい)
「よくわからないけど、うん! 頑張る! ありがとう、ローズ!」
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