第13話 計略

「まだ見つからないのか!?」


 イライラした声が王の間に響き渡る。ここはドラゴの中心にある宮殿。


「はっ、申し訳ありません、クライス様。未だそれらしき者は、見つかっておりません!」


 

***

 

 

「くそっ!」


 自室に戻ったクライスは悪態をつく。


「どうかしたのですか、兄さん?」


 クライスの私室から、弟、つまり現国王であるフォルテの心配そうな声が聞こえる。


「やめろ、気持ち悪い。ここであの愚図の真似はするな」


 途端にフォルテの顔が、下品な笑顔で歪む。

 

「なんだよ、ひでぇなぁ!」


 態度が豹変したフォルテは、豪華な椅子にどかりと座り直すと、ワインをボトルごと呷る。


「最後の竜神のカケラ、その持ち主が、まだ見つからん……」


 クライスは、フォルテの下品な態度を気にする様子もなく、自身も対面の椅子に座る。


「そう慌てんなって! そのうちひょっこり出てくんだろ」

「もう二年だぞ! お前らとは時間の感覚が違うのだ」

「まぁまぁ、酒でも飲んで落ち着けよ?」


 そう言ってフォルテは、自分が飲んでいたワインを、クライスのグラスに乱暴に注ぐ。


「ちっ、悪魔に酌をされるとはな」


 吐き捨てるように言いながらも、ワインを呷るクライスに、国王の皮を被った悪魔は大笑いする。


「ぷはっ! いまさら何言ってんだ! てめぇと俺は一連托生、血の契約を結んだ仲じゃねぇか!」

「……ったく、貴様は状況を理解しているのか?」


 この信用ならないふざけた悪魔の態度も気に食わないが、クライスにはもっと深刻な問題があった。

 

「竜神の意思を継ぐ者、その最後の一人は未だ見つからず、しかも廃棄ダンジョンの入口が消えたんだぞ!」

「んあぁ、あのダンジョンに関しちゃ正直俺も予想外だった。しかもありゃ消えたというより……っとこれは余計な情報だな。まぁ使えなくなったって今更問題ねぇよ。なんせ竜の意思、そのカケラはあと一つなんだからな」


「それが見つからないのだろうが!」


 クライスが声を荒げる。


「かっかすんじゃねぇよ、ハゲるぞ? そっちも問題ねぇよ、俺の勘が正しけりゃじきに姿を現すはずだ」


「……竜の契約か?」


「あぁそうだ。あの竜はなぁ、人間てもんをまるで理解してねぇんだわ。だから街が荒んでくりゃ勝手に姿を現す、民を守るためにな。それが奴の契約だ。悪魔からしてみりゃ、全く笑えるくらい穴だらけの契約だぜっ! 今は殊勝にも宿主を守ろうと、コソコソ力を抑えてんだろうよ」


 食糧不足と治安の悪化。これらを直接または間接的に引き起こしてきたのはクライスとフォルテであった。彼らは民の不満が自分達に向かわないように巧妙に調節しながら、徐々に街を荒らしていった。全ては竜神の意思を持つ適合者を誘き出すために。


「だが、肝心の廃棄ダンジョンがなければ竜の意思を完全に消すことはできんではないか!?」

「そいつも問題ねーよ。最後の一つは俺が喰らってやるよ」


 悪魔の言葉にクライスは怪訝な顔をする。


「……できるのか?」

「普通はできねぇな。喰えばこちらが汚染される。だがここまで小さくなっちまえば、工夫次第でなんとかなるんだわ」


「工夫だと?」


 悪魔は残りのワインを飲み干すと、口元を拭いながらニヤリと笑う。


「そうだ。工夫、あるいは味付けだな。簡単なことだ、竜の心を折っちまえばいいんだよ。民を護らんとするその意思が折れれば、魂は堕落する。そこを俺がぺろっと美味しく頂くわけだ。そしたら竜とこの地の契約は晴れて終了! そしてこの地に眠る竜の力、つまりは神の兵器が、クライス、お前のものだ!」


 その言葉を聞いて、ようやく落ち着きを取り戻したクライスは、残りのワインを飲み干し乱暴に口元を拭う。その口元は悪魔と同じく醜く歪んでいた。

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