第11話 再会

 その街の門には、大きな竜が描かれていた。門を守る兵の鎧にも竜があしらわれている。竜が護る国アルカディア、その最大の都市、ドラゴ。この街に入るための条件は一つだけ、竜の加護を得ること。その加護を得ると、体のどこかに一枚の竜の鱗が現れる。これを持つ者は、無条件でこの街に入ることができる。ただし鱗を持たない者も、一通りの審査を受けた後、特殊な魔道具を身につけることで、街に入ることが許される。


 そして今、門の前に辿り着いたブルーに、ローズは最低限のことしか伝えなかった。

 

(そこで適当に受け答えをしたらいいわ)

 

 笑いをこらえている様な妙に平坦なローズの声を疑問に思いつつも、ブルーは軽い足取りで門の前に進む。


「おまえさん、この辺では見ない格好だが……福音はあるか?」


 順番が来たブルーに対して、門番の男が質問する。

 

「福音?」

「竜神様の鱗のことだ。ないのか?」

「えっと鱗はないかな。全体的につるつるな感じだから」


 ブルーはつるつるで、ぷにぷにタイプのスライムである。


「そ、そうか、肌が綺麗なのだな……。旅人か? 竜神祭を見に来たのか?」

「えと、うん旅人だよ。ダンジョンから来たの」


 当然ながらブルーは手ぶらである。ダンジョンからやってきた手ぶらの旅人。男の眉間にしわが寄り、声が固くなる。


「…………どこのダンジョンだ?」 

「うぇ? えっと、どこかはよくわからないけど、んーと、青いスライムがいて、ほとんど洞窟のとこかな」


 というか青いスライムしかいない。


「青の洞窟ダンジョンか!? あそこは、かなり難易度が高かったはずだが……何をしていたのだ?」

「なにって、普通に生きていただけだよ」

「武器も持たずにか?」

「武器なんて持っていても分解されちゃうから、意味がないと思うんだけど……」


 この男が何を不思議がっているのかがわからないブルーが困惑する。


「そ、そんな恐ろしい敵と対峙してきたのか!?」

「退治? えっと退治って感じじゃなくて、なんていうか、苦しませずに終わらせてあげたって感じかな、手でびゅっと。なるべく一撃で」

「す、素手で一撃だと!! 凄まじいな」


 ブルーにはこの男が何に驚いているのかもわからない。それでも奇跡的に会話が噛み合ったことで、男の表情が柔らかくなる。ブルーを見て何かを認めるようにうんうんと頷く。なんとなく男が勘違いしているような気がしてきたブルーは慌てて言い訳をする。


「いやボクなんて全然強くないからね!?」

「しかも奢らぬか。素晴らしい心がけだな。きっと竜神様も気にいるはずだ! よし通っていいぞ! あぁ、この魔道具は付けておくように。規則だからな」

「あ、うん、ありがとう」



(…………)



 ブルーは無事に門を抜けることができた。



(なんで普通に通れてんのよー!!!?)



 頭に響くローズの大声に思わずブルーがビクッとする。


(え、入れちゃダメなの!?)


 周りの人間に怪しまれないようにブルーは念話でローズに聞き返す。

 

(ダメじゃないわ! むしろ、よくやったと褒めてあげる。でもコレじゃない感がすごいの!)

(コレじゃない感!? よくわかんないけど、あの人、ボクがいたダンジョンのこと知ってたね!?)

(あれは奇跡的に会話が噛み合っただけで、断じてあのダンジョンのことではないわよ)



「そうなの!!!?」



 衝撃の事実に、今度はブルーが思わず大きな声をあげる。周りの人間がビクッとしてブルーを見るが、ブルーは全く気にせずスタスタと歩いて行く。


(それにあの感じ、おそらくあなたのダンジョンのことは知らないわね。門番の兵が知らないってことは、そもそも見つかっていないか、あるいは秘匿されているかね。まぁ十中八九後者ね)


「隠されているってこと? なんで?」


(それをこれから調べるんじゃない! まずはパンをくれた子を探しましょう。あの子は何か知っているはずよ)


「わかった……で、どこに行けばいいの?」


(ここでしばらく待ってなさい。私の勘が正しければ、すぐに会えるわ……あなたは見つけやすいから)


 途中から念話を忘れていたブルーは、元気に独り言を発する怪しい少女として、非常に目立っていた。



***



(レイナよ、あの者が街に入った、正門だ)


「やっぱり行かなきゃダメ、ですよね?」


(説明したであろう、おそらくあの者はレイナが持つ石と同じものを持っておる。あれをなんとか交渉して譲ってもらうのだ。あの力を使えれば、まだなんとかなるかもしれん)


「……わかりました」


 レイナは渋々ながらも門の前に向かった。そして目的の人物を見つけてため息を吐く。


「はぁ、なんであんな門の真ん前で突っ立てるのよ? めちゃくちゃ目立ってるじゃない……」


 ローズをベースにしているブルーは端的に言えば美少女である。青く透き通る髪と、ブルーダイヤの瞳は神秘的であり、ローズがデザインし、ブルーが具現化した黒のロングケープは、中性的でどこか侵し難い静謐さを纏っていた。そんなただでさえ目立つ人物が、あろうことか、周りの人間に無差別に声をかけていた。


「あのー! すみません! パンの子、知りませんか? 黒いカチカチのパン配ってる親切な女の子なんだけど……」


 顔を真っ赤にしたパンの子、もといレイナは急いでブルーの手を引き、人通りから離れた。


「よかった、本当にまた会えたよ! えっと……パンのお嬢さん? お姉さん? さっきはありがとう!」

「……レイナ。私の名前」


 少し戸惑いながらレイナが名前を告げる。


「レイナ……? そっか、ありがとうレイナ! パン美味しかったよ!」


 あんなカビがはえたパンが美味しいわけがないと思うが、どうやら本当に心から感謝していることがわかり、レイナは困惑する。


「……どういたしまして」

「それで、さっきは実はいろいろ混乱していたところがあって、だからあれは全部嘘です」

「全部!?」

「あ、でも嘘だとわかっちゃうのか。じゃあ全部本当です」

「どっち!?」

「とりあえず全部忘れてほしいなって」

「いや、むりでしょ!」

「あと紅いキレイな石知らない?」

「うへっ!?」


 不意打ちで核心を突かれたレイナから、変な声が出る。


「こういうやつなんだけど」


――本当に持ってた!! というかこの子も探してるの!?


「し、知らない、かなぁ……ははは」

「…………そっかぁ」


――めちゃくちゃしょんぼりしちゃったよ! 心が痛むんだけど!


 レイナは、見るからにしょんぼりしてしまったブルーに心を痛めつつも、情報を探る。


「そ、それはあなたの大切なものなのかな?」

「ボクっていうか、ローズの大切なものなんだ。ローズの心臓のカケラなんだって」

「へ、へぇ」


――心臓ってなに!?


「あっ、そっか、ローズのことは秘密にした方がいいんだね? じゃあローズのことは忘れて!」

「はいぃ!?」

「それで、えっと、このキレイな石は、めちゃくちゃすごくて、かっこいい魔王様の心臓のカケラで、ボクとローズは今それを探して旅をしているの!」


 どうやら自分が手にしているものは、ローズという名のめちゃくちゃすごくて、かっこいい魔王様の心臓のカケラらしい。そしてそれを探しているという本人から、譲ってもらわなければならないらしい。荒唐無稽な話だが、ブルーと名乗るこの少女は嘘をついていない、今回。それが分かるレイナは思考を放棄した。


「あ、うん、頑張ってね」


(待て待てレイナ、気持ちは分かるが、彼奴を引き止めよ!)


 が、竜神に現実に戻される。


「ご、ごめん、待って! えっと、そう! あなた旅をしてるんでしょ? だったら泊まるところとかあるの?」

「泊まる? ってなに?」


(体を休めるところね、人間には休息が必要なのよ。今のあなたにも必要なはずよ)


「あぁ、なるほど、そういうことなら、泊まるところないです!」


 質問しておいて、一人納得して元気に答えるブルーにレイナは小さくため息をつく。


「何がなるほどなのかわからないけど、えっと、じゃあうちに来る? うちっていうか、孤児院なんだけど。手伝いしてくれるなら、一応ご飯、というかあんなパンしかないけど、出せると思うし」


(あら、いいじゃない!)


「うん、お願いしたいな!」

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