第10話 街へ

 レイナが走り去った方向を見つめて、ブルーは呆然としていた。


「…………行っちゃったね」


(……行っちゃったわね)


 なんとも言えない気まずい沈黙が、二人の間に流れる。


(まぁ会話としては酷かったけど、そこまで落ち込むことはないわ。たぶん、あの子には意味がわからなかったでしょうし。それにあの子、あなたの心を読んでいたから、どうせ嘘を言っても誤魔化せなかったでしょうしね)


 ローズはブルーを慰めながら、走り去った少女、レイナの特殊性について説明する。


「そんなことできるの? すごいね」

(特殊な能力であることは間違いないわね。それが本人にとって、幸せかはわからないけど)


 相手のちょっとした表情や仕草に含まれる情報から、感情を理解する。そんな誰もが無意識でやっていることの延長線上に、レイナの能力はあるという。彼女は知覚として得られる情報に加え、周囲の魔素を介して、半自動的に感情に付随する情報を受信している。ローズは魔素の流れから、そのことにすぐに気づいていたらしい。


(似たようなことは、魔法でも再現できるわね。逆に魔法を使えば嘘の情報を与えることもできるから、注意が必要ね)

「嘘の心を読ませるってこと? なんだか、めんどくさいね」


 ブルーには、そこまでして何がしたいのかが分からない。


(そうね。そういう魔法は悪魔が得意なんだけど……あの種族に面倒なのが多いのは事実ね)

「ローズは悪魔が嫌いなの?」


 ローズの珍しくゲンナリとした言い方をブルーは不思議に思う。


(嫌いというわけではないのだけれど……ちょっと面倒なのと知り合いだったのよ。まぁ、アレは悪魔の中でも異端でしょうけど)


 ローズにしては歯切れの悪い言い方に、ブルーは逆に興味を覚える。廃棄ダンジョンの中では、ローズが外の世界でどんな風に生きてきたかに意識を向ける余裕はなかった。またローズ自身も、それほど自分のことを語ろうとはしなかった。だけど、この外の世界では、この先ローズと縁があった者達にも出会うかもしれない。そうすればもっと、ローズのことを知ることができる。そのことに思い至り、ブルーは一人ワクワクしていた。


(……なんで嬉しそうにしているのよ)

「えへへ、内緒! それで……どうしよっか、このあと」

(とりあえず、起き上がったら?)


 いまだに草原に寝そべってニヤニヤするブルーに、ローズが的確なアドバイスを送る。


(あの子が、走り去った方向に行けばきっと街があるはずよ。それに、いろいろ置いていってくれたみたいね)


 ブルーが倒れていた場所から少し離れた場所に、小さな包みが残されており、中にパンのかけらと水の入った筒が入っていた。喋ることに夢中だったブルーは気づいていなかったが、レイナは去り際に素早くこれを自分の鞄から出してその場に残していた。コレあげるからこっち来ないで、そんな警戒心丸出しの思いと共に。


「これは人間の食べ物?」

(そうね。あなたが草なんか食べているから、心配して置いていってくれたんだと思うわよ……たぶん)

「すごく親切だね!?」

(……)


 純粋な親切を喜ぶブルーに対して、なぜかローズは気まずげな沈黙で返す。


(まぁでも、彼女も偶然ここにいたわけじゃないのでしょうし、これはありがたくもらっておきましょうか)

「??」


 偶然ではない。ローズのその言葉を疑問に思うブルーであったが、ローズにはそれ以上の説明をする気は無さそうであった。


(とりあえずほら、せっかく貰ったのだから、初めての食事を楽しみましょう!)

「そうだね!」


 ブルーは面倒になって考えるのをやめる。というより目の前の初めて見る食べ物に興味が移っていた。


 レイナが置いていったのは硬そうなパンのカケラで、ところどころカビでできた白い斑点が見られた。

「これがパンってやつ?」

(そうね、この世界における一般的な食事になるのかしら。あの子の格好……文化レベルからすると、ちょっとチグハグな感じがするわね。もしかしたら、食料が貴重なのかもしれないわね)

 

 貴重だといわれたパンを見つめ、ブルーはごくりと喉を鳴らす。そしてスライムらしく、豪快に丸呑みしようとする。


(きちんと噛みなさい)

「ふぁふぁっふぁ(わかった)」

(食べながら喋らない方がいいわね)

「ふぁーい(はーい)」

(……)


 ごっくん。最後の一口を飲み込んだブルーが目を見開く。


「すごいすごいすごい! 土とも草とも全然違う!! なんていうか、元気が出てくる感じがするよ!」

(ふふ、それが食事よ。まぁ草や土を食べる生物もいるから、あなたのさっきの行動が完全に間違っているわけじゃないわ。でもさっきも言った通り、あなたを人間に近づけてあるから、人間が食べる物の方がその体には相性がいいのよ)

「これが、おいしいってこと?」

(どうかしらね。食べて幸せを感じるのなら、おいしいってことかもしれないわね)

「じゃあ、これはおいしいだね! この飲み物もおいしい、すごく元気が出るよ」



 興奮しながら「おいしい」を繰り返すブルーに、ローズも嬉しくなる。何かを食べてエネルギーにする。全てが分解されるあのダンジョンでは、そんな当たり前のことさえできなかった。だからローズの目的の一つは、そんなたくさんの初めてをブルーに経験させてあげること。そしてもう一つ。それはダンジョンで手に入れた遺品を返したいという、ブルーの願いを叶えること。そのための鍵は、やはり先ほどの少女であることをローズは理解していた。


――まさか向こうからやってくるとは思わなかったわね……


ローズの心臓のカケラは非常に高度な隠蔽がかけられてあり、そう簡単に見つかるものではない。それがこんなにも早い段階で、カケラの持ち主から接触してくるとは思ってもみなかったのだ。ローズはこの時点でかなり上位の存在が介入していることを確信していた。


――それにしては強い力を感じなかったわね……


(まぁいいわ! そのうちわかるでしょ! さぁブルー、さっきの子を探してお礼を言いに行きましょう? きっと彼女もあなたを探しているはずよ)


 廃棄ダンジョンとこの世界の繋がりを求めて、二人は街へと向かう。

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