第9話 竜の意思を継ぐ者

 ブルーの元から全力で逃げ去った少女、レイナは、自分の部屋に篭って先ほどの邂逅を思い返していた。


――どう考えてもやばいよね。毒草食べながら、普通に会話してたし。というかあれは会話だったの? 一方的に殺人の罪を告白してきたんだけど……


 ブルーが食べていたのは、この辺りに最近紛れるようになった毒草であった。魔素が多く含まれており、家畜が食べると体を壊してしまうため問題になっていた。普通の人間であれば、すぐに体が拒否反応を示し、吐き出すようなものである。それを平然と食べていたことも理解不能だったが、さらにブルーの見た目が驚くほど美しかったこともレイナの混乱に追い打ちをかけた。草を喰む美少女、おまけに言っていることも意味不明かつ物騒であり、これ以上関わりたくないと思うのは自然であった。


――だけどイヤな感じはしなかった……


 レイナは生まれつき相手の心を少しだけ覗くことができた。全ては見通せないが、相手が何を考えているか、その表層部分を知ることができる。そしてその能力によってブルーに敵意や害意がないことは分かっていた。むしろ、ブルーから感じたのは安堵や喜びといった温かな感情であった。だからこそ、あれほど不審な行動をしていたブルーに話しかけることができた。それに、そもそもレイナは偶然あの場所に居合わせた訳でない。


「あの……やっぱりあの人が持っているのでしょうか?」


 自分しか居ないはずの部屋で、レイナは声に出して質問を投げかける。


(あぁ、間違いあるまい)


 厳かな返事が思念として返ってくる。それはレイナの中に存在する別の意思。レイナはこの声に導かれてあの場所に赴いたのだ。



***


 

 レイナの中に何かの意思が宿ったのは、今からおよそ二年前。自分の中に、自分ではない存在を認識すると共に、突然大きな力が沸いてきた。しかし、その大いなる力の源から伝わる感情は、ひどく悲しいものであった。「護れなかった、救えなかった」という後悔。そして「力を使わないでくれ」という懇願。流れてくるのは漠然とした感情だけであり、レイナには詳しい事情は理解できなかった。ただ、その必死な思いだけは伝わった。だから、これまでなるべく力を隠して生きてきた。

 状況に大きな変化が現れたのは数日前であった。自室にて就寝しようとしていた時に、眩い光とともに紅い宝石のカケラが目の前に現れたのだ。恐る恐るそれに触れると、自分の中から声が聞こえた。


(繋がったのか?)


「へっ?」


(信じられん、その石の力なのか?)


 それは間違いなく自分の中にある別の何かの声。これまでは一方向に感情のみが伝わってきたが、今はどういうわけか、はっきりと言葉が聞こえる。しかも相手は自分と同じように困惑している。レイナは思い切って口に出して応えてみる。


「い、石とは、このキレイな宝石のことでしょうか?」

 

(あぁ、本当に聞こえるのだな。よかった、やっと伝えられる! 我が意思を継ぐ者よ)


 それはこの地に眠る伝説の存在、竜の声。ここは竜が守護する国、アルカディア。少女は竜の意思、その最後のカケラを継ぐ者であった。



***



 竜神。この国では竜は神として崇められている。レイナは自分の中に存在する何かが、この竜神の意思である可能性には気付いていた。そしてそれが異常であることも。この国では竜神の意思は何よりも尊重される。故に、竜神の意思を継ぐ者が、この国を支えてきた。言い換えれば、王家に連なる者に竜神の意思は受け継がれてきた。それは間違ってもレイナのような街娘に宿るものではない。


「あ、あの……失礼ですが、竜神様でありゃせられますでしょうか?」


 緊張しておかしな言葉遣いになるレイナに、竜神は落ち着いた声で返す。

 

(うむ。この国では、そのように呼ばれておるな)

「その、いろいろ分からないのですが、どうして私のような者に、竜神様のお声が聞こえるのでしょうか?」


(何から話せばいいのか……まず、そなたに我が意志が宿ったのは必然だ。我の意思は我と共に民を護らんとする誇り高き魂に宿る。これは我の意志というよりも、古き契りに従い、その時代と状況に合わせて、自動的に選ばれるのだ)

「し、しかし……」


 竜神の言葉を聞いても尚、レイナにはなぜ自分が選ばれたのかがわからない。


(そなたの言いたいことはわかる。なぜ王家の者でないのか? であろう)

「はい……」


 竜神はレイナの疑問は当然とばかりに先回りして答える。それはまるで、この質問が何度も繰り返されてきたかのようであった。


(結論からから言えば、わからぬ。今の我は記憶が曖昧でな。だが時代の節目には、そういったこともあり得る。何よりも重要なことは、そなたが誇り高き魂を有した適合者であるということだ)

「は、はぁ」

 

 レイナはなんとなく誤魔化されたような気がしたが、相手が相手なので曖昧に頷く。

 竜神もそれ以上の説明をする気はないのか、次の話を始める。


(そしてさっきも言ったが、我とそなたがこのように話せるようになったのは、おそらくその石の影響だ)

「……突然、目の前に現れました」


(あぁ、正直、我にもこれがなんの目的で、どこから来たのかはわからぬ。だが、こうして適合者と言葉が交わせるなど奇跡なのだ。これはあるいは何かしらの導きなのかもしれん)

「導き、ですか?」


(そうだ。この状況を打破する一手になるやもしれん。レイナよ、いろいろと混乱するのは分かるが、頼む、しばらくは我に協力してほしい)


 打破も何もこの状況についていけないレイナであったが、竜神に「頼む」とまで言われれば、断るという選択肢はなかった。


「はい! 私なんかが力になれるかわかりませんが、できる限り協力させていただきます」

(うむ、助かる。では早速なのだが、これと同じ石をもう一つ手に入れてほしいのだ)


「もう一つ、ですか?」

(そうだ。一瞬だが街の外で同じ波動を感じたのだ——)


 こうして竜神に導かれるままレイナは挙動不審な美少女——ブルーとの出会いを果たし、そして逃げ帰ったのであった。


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